私は自称「さすらいのギャンブラー」と称する将棋好きの一弁護士です。10年位前から遊び兼仕事で豪州を訪問すること54回ですが、大内延介九段とブリスベーン在住の日本人弁護士との双方の筋からの紹介で、ゴールドコースト在住の作家、林秀彦先生(*注)と6、7年前に知遇を得ました。(佐藤利雄)
その後はオーストラリアに出掛けた際は必ずと言って良い程林先生邸を訪問し、同先生の秘書のケン・ベラミーさん、その他のオーストラリア人と将棋を指したり、ギャンブルに興じたりしておりました。
林先生は日本に居られる頃からプロ棋士との交流が深く、羽生、森内、森下、先崎らの若手、中原、森(雞)らのベテランも林邸を訪問されたことがあり、且って米長、中原の名人戦ではどちらもフアンで、どっちを応援してよいか困惑していたことがあったそうです。2年前には私自身、泉六段と同道したことがあり、また、昨年には森(雞)九段も来豪してカジノに興じられ、林邸で将棋の指導をなされた由聞いております。
林邸は総面積8万3千坪、高度450メートルの山のうえに在り、ゴールドコーストと湖を一望できる正に絶景の場所にメインハウス、露天風呂、テニスコート、プール、サブハウス等を配し、行かれた方はみな感動する豪邸です。
実は昨年の8月、ふとしたことから佐伯昌優八段と共に、林邸を訪問する機会を得、秘書のケン対佐伯八段との国際対局が実現する運びとなりました。これまで何回もプロ棋士が訪問されていますが、棋譜を残したのは今回が初めてではないかと思います。対局者であるケンは当年32才、米国のアンバサダー大学で経済学を学んだインテリで、敬虔なクリスチャンでもあり、6、7年前に林先生に将棋を学び、林先生と深夜に及ぶまで将棋を指す熱心な将棋フアンでもあります。
対局は二枚落で、日本流に5回だけ下手が林先生と私とに相談できるというハンディをつけていたのですが、1回目の対局においては、西欧人共通の「相談して助力を受けるのは潔ぎ良しとしない」という気概からうまく機能せず、本局はこれを踏まえての2局目でした。結局2回ほど強引に私がケンを別室に呼び、上手の予想指手を教授しましたが、それ以外はケンの実力で指し、ケンが勝つことが出来ました。総評としては、佐伯八段も言って居られましたが、非常に慎重で素直な棋風で、アマチュアの常として終盤が弱いというものです。
以下、棋譜を添えますが、驚いたことにケンは二枚落にも拘らず、自分から先に▲7六歩と角道を開けて涼しい顔。これはどうやら「弱い方が先に駒を動かす」というケンの固定観念によるもののようですが、対する佐伯先生も鷹揚に構え△6二金と応じたため、世にも珍しい下手方先手二枚落の棋譜が出来上がりました。下手終盤の▲2三銀及び続いての▲4二成桂がケンの実力を示した好手でした。オーストラリアのレベルが、ヨーロッパ、アメリカに迫るのはいつのことでしょうか?
*注)林先生の著作「鳩子の海」「若者たち」は著名。また、「新潮45」の平成7年1月号、7月号「日本に帰りたいが私は帰らない−移住8年オーストラリアより愛と憎悪をこめて」、「中央公論」平成8年1月号、6月号「ジャパンザビューティフル」もあります。現在、ブリスベーンにて将棋連盟海外支部を発足させるため奔走中で、本年秋に設立の見込みです。