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    <title>かけはしアーカイブズ - 将棋を世界に広める会: 1996年発行</title>
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        <title>北京滞在日記(9号、1998.12.31)</title>
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        <published>2004-07-30T21:25:00+09:00</published>
        <updated>2009-07-27T15:17:46+09:00</updated>
        <summary>　 去年北京少年宮の子供達を日本に招待した時から、こちらからの北京訪問が懸案事項...</summary>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　 去年北京少年宮の子供達を日本に招待した時から、こちらからの北京訪問が懸案事項だった。少年宮という制度にも興味があったし、そこでの将棋教室の様子も見たかった。短い時間とはいえ、日本で積んだ研修がどのように実を結んだかも確認しておきたかった。(<strong>山田禎一</strong>）</p><p><strong>寒いぞ－</strong>
　</p>

<p>　７月になってそれが実現しそうになってきた。ＪＴＢの協力を得て、ツアーが組めるかもしれないというのだ。いくつかの日程案をＪＴＢからもらったが、費用的に無理のないところだと１１月の終わりになるという。ちょっと寒いらしいが、雪の北京も乙な物、とここに決定。
　決めた途端に、北海道並みに寒いのだと脅かす人が現れる。決めたんだからいいの！とばかり雑音は無視することにして、参加者の募集方法を検討する。かけはしへの掲載は基本。他のメディアはどうするか？週刊将棋紙には頼んでみよう。将棋ペンクラブ会報にも載せてもらえるようだ。将棋ペンクラブとＩＳＰＳはメンバー的に重なりがある。会員同士の交流会としてもちょうどいい企画だ、ということで、両者の共同企画にすることになった。そこからツアーの団長には原田先生にお願いできないか、という話になり、これも快諾頂く。企画が充実してきた。
　後は実際の応募者を待つだけ、いざとなったら親戚・友人に声をかけて人数をそろえようという腹だ。締め切り日を早めに設定しておき、そこでの応募状況を見ることにした。もし少ないようでも対策の時間が充分にある。北京に将棋を指しに行くなんてツアーは誰もやったことがないのでどう転ぶか見当もつかない。ＪＴＢの尾沢さんもどの位集まるか不安顔だ。
　どきどきしながら締め切り日を迎えてみると、予定の８割ほどの人数の申し込みがあった。その他にも迷っているという人が眞田代表の友人を中心に何人か。これならいける。ほっとした。尾沢さんの目が輝いている。「ＪＴＢの将棋部から何人か参加させようかと思ってたんですよ、よかったですね」とニコニコ顔。</p>

<p><strong>少年宮の様子<br /></strong> 　北京にもＩＳＰＳの会員がいる。少年宮の李民生先生、それと三菱電機の庄司政義さんだ。庄司さんは少年宮に頻繁に通い、将棋クラスの指南役となっている。李先生が講義を、庄司さんが実戦を担当と分担されているとか。
庄司さんたちが中心となって、北京の日本人学校と少年宮の将棋の対抗戦も開催されたそうだ。その時の様子を庄司さんにまとめていただいたので紹介することにする。
　それではツアーを振り返ってみたい。参加者からのコメントを囲み記事にしてあるのでそちらもご覧頂きたい。ツアーの雰囲気が感じ取れると思う。

<br /><strong><br />１１月２６日<br /></strong> 　朝成田空港へ。集合場所が判らなかったが、ライターの湯川博士さんが原田先生と話しているのを見つけた。少年宮へのおみやげで湯川さんの荷物が重い。普通は帰りの方が重くなるのだが、行きからこれでは大変だ。全員揃ったところで定刻通り出発。北京の気温は零度とのこと、尾沢さんに用意してもらった使い捨てカイロが役に立ちそう。そう言えば寒さに備えて全員重装備で、空港では暑い暑いと口をそろえていた。
　北京に着くと道端には雪が残っている。見るからに寒そうだが、出迎えに来ていただいた庄司さん、開口一番「暖かくなってよかったです」と言う。雪が降ったのは先週のことで、昨日今日は気温が上がっているそうだ。日本はかなりの暖冬だったので感覚がずれている。</p> <p><strong>中国棋院へ<br /><br /></strong> 　ツアー一行の内から５名だけ別行動、庄司さんが手配してくれたバンに乗って中国棋院へ向う。中国にも囲碁のプロがいて日中対抗戦などで活躍しているが、その元締めが中国棋院。囲碁だけでなくシャンチーとチェスを合わせて３種目を統括している。中国ではチェスは国際将棋と言い、囲碁は囲棋と書く。シャンチーとは中国将棋のことなので、全部棋類である。
　少年宮の子供達が上達し、国際大会を開くようなことになれば、中国棋院の協力が必要になる。いい機会なので原田先生と眞田代表が表敬訪問することになっていたのだ。
　中国棋院のトップは陳祖徳氏。元は囲碁の選手で中国囲碁界を世界レベルに引き上げた功労者だ。その人が日本将棋に興味を持っているのは頼もしい。竜王戦の北京対局があった時、立会人を務めたので正座させられて難儀したとか。その時陳先生は原田九段にも会っていたらしい。
　中国は書の国だが、書といえば原田九段も負けない。直筆の色紙、扇子などを寄贈して初日から熱烈歓迎ムードで会談は進む。中国棋院の中でも将棋(しょうぎ)を楽しむ人が現れつつあるらしい。　今後、将棋(しょうぎ)に関して北京で何かある時は中国棋院将棋(シャンチー)部が窓口ということになるらしい。
　秘書の王氏の案内で中国棋院を見学した後、ホテルに戻って全体と合流。一服してからバスでレストランへ。店内に舞台があり、中国風ＢＧＭの生演奏を聞きながら料理を楽しむ。曲目も客層（つまり我々）向けだし、料理も日本人の口にも合ってうまい。早速老酒を堪能する人もいる。食後は舞台の京劇とか曲芸とかを観劇。字幕もないので台詞がさっぱり判らないが見るだけでも面白かった。

<strong>１１月２７日</strong>
　この日はほぼ全員が参加して観光。北京に来たからには万里の長城に登らずには帰れない。いくつもある登り口の中から今回は八達嶺に挑戦。駐車場近くには毛皮の帽子売りの女の子が待ち構えている。バスから降りた途端に群がってくる売り子をかき分けて登城口にたどり着く。向って右手が女坂、左手が男坂、女坂の方が景色がいいです、とのガイドさんの意見に従い、女坂に挑戦することにした。朝ホテルを出る時の曇天はどこへやら、快晴の青空の中に城郭がどこまでも伸びている。一番奥を目指して城壁の上を延々歩くも途中で挫折して引き返す。端まで歩いたら日が暮れていただろう。
　絶景を目の当たりにして、ツアーの女性軍団も写真撮影に余念がない。眞田代表は土産物売りのおじさんをからかって楽しんでいるようだ。定陵という巨大古墳も見物した。立派な建物と感心していたらそれは古墳の前庭で、背後の山と思っていた部分が古墳だという。そのスケールにびっくり。
ホテルに戻る途中で団体客用の土産物屋に寄る。漢方薬みたいのが多い。昼食の時にでたミニボトルの焼酎をみつけた。１本１０元（１７０円）と缶ジュース並みだ。早速１本購入。その晩に消費。</p> <p><strong>１１月２８日<br /></strong> 　いよいよメインイベントの日である。北京崇文区少年宮での交流親善交流将棋大会に参加したのはツアーの中から合計１６名。少年宮からは数十人出てくるので２面とか３面指しで楽しもう、ということだけ事前に決めてあった。行ってみると中国人の熱烈歓迎ぶりに驚いた。人数が多いので講堂でやる、というのは聞いていたが、そこにはひな壇がしつらえてある。開会式の間、北京側のお偉いさんと並んで我々もひな壇の飾り物である。
　歓迎の挨拶に応えて、原田九段も挨拶。「駒で良くないのは眠休遊怠死、適材適所が大事です」という言葉に日本人も納得。
　日本から持参のお土産を贈呈し、その倍くらいのお土産を頂いて友好ムードが盛り上がる。非売品の日中友好バッチなどは滅多に見ない貴重品だ。一体どこで準備したのやら。幹事の６人には少年宮招聘書が渡された。これからは少年宮顧問ですな。
　いざ対局となると子供たちの目が光り始める。原田九段は別室で指導対局、他は講堂での対局。長机を四角く並べて日本人が内側に入る。これで逃げられないという訳だ。いやになる程将棋を指す覚悟を決める。
　人数が余りにもアンバランスなので全員２～３面指し。アマでも強豪クラスは指導将棋に慣れているから多面指しも上手を持つのも問題はないが並のアマチュアは未経験の対局形式になる。まあ見落とすこと、見落とすこと。３面指しだと特にひどい。負けるのがいやという訳ではないが、ポカであっさり終わっては申し訳ない。半分は意地で、粘っているといつの間にか形勢は怪しくなり逆転していくという将棋が多かった。</p> <p><strong>一番真剣なのは<br /></strong> <br />　一局終わると普通は感想戦だが、ここでの感想戦は通訳の負担が大き過ぎる。急所の感想を一言だけ伝えるようにしたが、子供よりも背後の両親に話しているような気がした。まるで進学相談のような真剣な表情でこちらの言葉を待っている。子供の方は負けて残念とか勝って嬉しいとか、とにかく表情が単純なのだが、親はそうではない。これで身を立てられるか教えてくれと言わんばかりだ。考えてみるとここの子供達は全員一人っ子なのだ。
　その表情に相応しくて、なおかつ当たり障りのない言葉を捻り出していると、今対局を終えたばかりの子供がノートを片手にやってくる。サインしてくれ、と言う。最初意味が判らなかったが、どうもプロにサインをせがむ感覚ようだ。こちらをプロに近い存在と思っているわけだ。駒落ち、多面指し、親の目つき、サイン。やたらとこちらにプレッシャーをかけてくるもんだと思いつつ周りを見てみると、みんなサインをねだられている。心なしか顔つきがにやけている。プロの気分を味わっているのだ。ま、悪くないね。

</p>

<p><strong>少年宮のシステム<br /></strong><br /> 　ところで、少年宮とは何だろうか。ここは学校ではなく、放課後に子供達が集まってくる場所だ。いろいろなクラスがあって、自分の好みに応じてアコーディオンを引いたりジャズドラムを叩いたり、あるいは歌を唄い、絵を描いたりする。以前は何を習うかは先生が決めていたようだが、今は子供が好きに選べる。その分、親の費用負担も大きくなったらしい。
　地区毎にある（我々が尋ねたのは崇文区少年宮）が学区とは一致していないので他校の子供とも友人ができる。幼稚園から高校までの子がいるがメインは小中学生で、中国式英才教育の現場がここにあるのだろう。各教室を見学させてもらったが、かなりなレベルだ。廊下に張り出してある習字なんて、大人が書いたものと変わらない。もっとも、幼稚園の子供は習い事はしなくて、専らお遊戯にいそしんでいた。
　そんな中に将棋(しょうぎ)教室がある訳だが、母体は将棋(シャンチー)教室である。李先生自体が将棋(シャンチー)の教師で、見込みのある生徒を将棋(しょうぎ)の方に引っ張ってきているのだ。このシステムの中で鍛えられればかなりの進歩が見込める。指導体制の確立が急がれるところだ。

</p>

<p><strong>勝つか負けるか<br /><br /></strong> 　さて、対局に戻ろう。日本側も実力のばらつきはかなりあり、一番上が原田九段、もう１人指導棋士六段の前田さんが参加されていた。この辺になると、勝つときは勝つ、緩めるときは緩めるで自由自在だが、アマの中にはむきになって負かしにかかる人もいて面白い。本当は相手の性格を見て、負かした方が伸びるタイプと飴を舐めさせた方が伸びるタイプを判断したりするのがいいのだろうが、今会ったばかりの子供の性格までは判らない。こちらとしても勝負にこだわった方が子供のためになると思いながら指していた。
　ところが前田さんによるとある程度態度で、見分けがつくそうである。勝ちが見えた時に表情が緩む子は厳しく指すようにした方がいいらしい。どちらにしても、私のレベルではそんな調整などできないので、全力で勝ちに行くだけである。
　しかし、元が駒落ち、すぐに局面は不利になる。思わず「しゃあねぇなぁ」と呟いたところ、相手の子も「シャーネーナー」と声を合わせる。これには意表を突かれた。言われてみると何だか中国語っぽく聞こえてくる。しかし、意味のある言葉なのだろうか？
　ひょいとその子の顔を見ると喜色満面、ニコニコしている。もう勝った、と顔が言っている。前田さんの言ではないが、これは負けるわけにはいかない。むきになって、持ち駒をべたべた自陣に貼り付けて粘りに出、最後は引っくり返してしまった。大人気なかったかな？
　ここでちょっと初級中国語講座。先生という中国語は英語はではミスター。～さんにあたる表現だ。それでは日本語の先生を中国語では何と言うのかというと老師と呼ぶ。老は尊敬の意味を示す言葉だから年齢は関係ない。若くても老師である。それで原田先生は原田老師と呼ばれることになるが、この呼び方、原田九段にはぴったりくると思いませんか？
　別室の原田老師はずっと２面指しで指導。李鵬宇君が果敢にも飛車落ちで挑んだ以外は全て２枚落ち。こちらの部屋には新聞社の取材が入っていたらしい。後日の棋牌周報と中国科協報に記事が出た。写真に付いていたコメントが如何にも老師らしくて面白い。
「なかなか強い。中には五段くらいの手もあったが、私も６０年も将棋を指していますのでそのくらいの手では負けません」
　結局１２～１３盤指導され、１局を除いて全勝とのことだが、楽しみな子もいました、との講評もあった。次ページに４局ほど棋譜を載せる。
　夕方５時に全対局終了。ここら辺の時間が正確なのはお国柄。子供達はニコニコして帰り、こちらはくたくたになって、ホテルに戻った。会員同士で指せるように、対局できる部屋を用意してもらうようホテルに予め頼んであった。さすがに今日は使わないだろうと思ったが、この夜も満員御礼となったのでした。お疲れの老師も快く参加して下さり、北京には一日中駒音が響いていたのでした。

</p>

<p><strong>１１月２９日<br /><br /></strong> 　帰国の日。なのだが、幹事６名は延泊することになっていた。一日だけじゃもったいないという中国側の意見によるものだ。ツアーの皆さんは市内観光と買い物に行って空港に直行するので、我々とはホテルでお別れ。後は尾沢さんにお願いして、幹事６名は再び少年宮へ。
　今度はこちらの人数も少ないので前日控え室として使っていた会議室でまたまた対局する。この日の対局は午前中だけの予定だったので最初から気合充分、全員殆ど負けてないはずだ。
　午後は２枚落ち定跡の講義と模範対局。李鵬宇君の下手に眞田代表が上手。ちょっと上手にきつい条件で、李君が模範的に勝ち切った。対局には大盤解説が付き、次の一手名人戦をやってみた。子供達が喜んで、大いに盛り上がる。最後に勝ち抜いた２人には扇子を進呈。
　なごりは惜しいが日も暮れた。少年宮を後にして夜はパーティー会場に向かう。中国棋院将棋(シャンチー)部長胡海波氏が主催してくれたもので、普段公開していない特別の会場に招待された。ちょっとびびりそうなくらい立派なところだった。

</p>

<p><strong>１１月３０日<br /><br /></strong> 　前日帰国組も無事成田についたらしい。居残り組も今日帰国。

かなり端折りながらの報告でしたが、紙数が尽きてしまいました。撮ってきた写真も山ほどあります。いつかご紹介することをお約束して北京日記は一旦おしまい。


（以下の４局はいずれも1998年11月28日に行われた）
<img height="401" border="0" width="513" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/harada-ryu.JPG" alt="harada-ryu.JPG" />

<img height="263" border="0" width="508" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/harada-lihouu.JPG" alt="harada-lihouu.JPG" />

<img height="263" border="0" width="508" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/harada-likou.JPG" alt="harada-likou.JPG" />

<img height="255" border="0" width="502" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/harada-kaiseki.JPG" alt="harada-kaiseki.JPG" />
</p></div>
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        <title>西サモア将棋教室(3号,1996.11.1)</title>
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        <published>2004-07-25T15:38:20+09:00</published>
        <updated>2009-07-01T20:43:22+09:00</updated>
        <summary>　私は青年海外協力隊員として西サモアで数学教師をしております清水と申します。西サ...</summary>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　私は青年海外協力隊員として西サモアで数学教師をしております清水と申します。西サモアという国は南太平洋に浮かぶ島国で、人口は約17万人の大変小さな国です。豊かな自然に囲まれ人々はみな素朴で大変良い国です。私はこの国で毎週土曜日に将棋の指導をしております。毎週２人の小学生の兄弟と数名の協力隊員で楽しく将棋を指しております。小学生の兄弟は日本人とサモア人のハーフです。父親（サモア人）も将棋を覚えて、家庭でもよく将棋を指して楽しんでいるようです。以前から家庭でチェスをやっていたせいか、将棋の覚えも大変早く、驚いています。(<b>清水幹雄</b>）</p><p>　この国に将棋を広めるに当たって、最大の問題となっているのが生徒集めです。昨年の９月頃サモアで将棋教室を開こうと思い立ち、新聞に生徒募集の記事を載せてもらいましたが、思いのほか反響がなく、将棋を習いたいと言ってきたのはわずかに１名のクック人（南太平洋のクック諸島出身）のみでした。そして、彼と２、３名の協力隊員でスタートしました。しかし、彼もやがてサモアを去ってしまい、とうとう日本人だけの将棋教室になってしまいました。時には日本人も誰も来ず、私一人で棋譜並ベをすることもありました。これではいけないと思い、今年の５月に再度新聞に記事を載せてもらい、同時に街中にポスターを貼ったところ、やっと前述の兄弟が現れるに至ったわけです。努力した割に生徒がたったの２人だけとは、と虚しい気持ちになったりしました。サモア人は将棋やチェスのような知的ゲームにはほとんど興味を示さないようです。また、サモア人に将棋のことを「ジャパニーズ・チェス」といって説明してもほとんどの人がチェスを知らないため判ってもらえないのも難点です。また、やっと教室に来てくれた人でも、駒の動かし方を教えているうちにあまりの複雑さにイヤになってしまい、すぐ帰ってしまうこともあります。やはり、チェス経験者だと駒の動かし方を覚えるのも楽なので、抵抗なく将棋に入っていけるようです。（しかし、金と銀の動かし方はよく間違います）やはりチェス経験者をターゲットに活動を進めていくのが近道と思います。<br />
　 もう一つの大きな問題点は、私の英語力です。英語で将棋を教えるのは想像以上に難しく、うまく説明できずに判ってもらえないことが多いです。英語で将棋を教えるのにはかなりの英語力が必要と思われます。もっともっと英語のレベルアップをしていかなければならないと思っております。ＩＳＰＳの会員の皆様も少しづつでも英語（その他の言語でも）の勉強をされるとよいと思います。これからの活動にきっと役立つと思います。<br />
　私の任期は多分来年の８月までになると思います。残された１年弱の期間で１人でも多くの将棋ファンをサモアに誕生させるべく活動を続けていこうと思います。地道に努力を続けていけば必ず報われるでしょう。この記事を読んでサモアに興味を持たれた方は是非１度サモアにいらして下さい。</p></div>
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        <title>ワシントン将棋クラブと国際化(3号、1996.11.1)</title>
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        <published>2004-07-25T15:20:09+09:00</published>
        <updated>2009-07-01T20:43:22+09:00</updated>
        <summary>「日本将棋のどこが面白いのか」 「取った駒が、そのままのグレード（階級）で使える...</summary>
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        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="北米" />
        
        
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>「日本将棋のどこが面白いのか」<br />
「取った駒が、そのままのグレード（階級）で使える事。それにプロモーション（成駒）だ。チェスより、かなり複雑だ。」<br />
「メンバーにはチェスをやっていた者が多いのか。」<br />
「全員がそうだ。それより一つ教えて欲しい。取った駒が再使用出来るのは日本将棋だけだが、どうして、そのようなルールになったのか。」<br />
（<b>東京新聞編集委員　林茂雄</b>(現名古屋外国語大学教授 - Webmaster 註))</p><p>「うーん、どうしてかな。多分日本人は平和愛好民族なので捕虜を殺さないからではないか。」<br />
「捕虜に自軍を攻撃させるのは捕虜虐待ではないのか。」<br />
「･･･････？」</p>

<p>　今から15年前の1981年（昭和56年）、私は中日新聞・東京新聞のワシントン支局長を勤めていた｡ある夜のパーティで「ワシントンにアメリカ人だけの日本将棋クラブがある」との話を聞いた｡<br />
　運営責任者はラリー・カウフマン氏で、有段者が2､3人いる、とのことだった。月に一回カウフマン氏宅で例会を開いているというので、取材に訪れた。その時の問答が珍妙ともいうべき前記のやり取りだ。<br />
　インドで生まれた将棋の原形が西に伝わってチェスになり、東に伝わって中国将棋になりった。中国将棋が遣唐使により日本に伝わり、幾度かの改革後に、現在の形（駒数が四十枚）ととった駒が使えるようにルール改正されたのは室町時代末期の後奈良天皇（在位1526-57年）の時だという。（平凡社・大百科事典）いずれにせよ、取った駒が同じ戦力で使えるのが日本将棋最大の特色であり、今後将棋を世界に広める上でのセールスポイントにすべきだと思う。</p>

<p><b>カウフマン氏の功績</b><br />
　ワシントン将棋クラブ・メンバーの実力は私が想像していたより、はるかに強かった｡これは全員にチェスの下地がある上に、カウフマン氏の熱心な指導があるからだ｡同氏は1947年生まれ。本職は証券会社に勤めるコンピュータ・プログラマー。チェスの最高位は全米ランキング25位。日本将棋に転じてからは長期休暇を取って来日。新宿将棋道場で研修した経歴があり、当時５段の免状を持っていた。以来ワシントン在勤中は時折例会に参加させていただいた。カウフマン５段には私の棋力（三段格・東京外語大将棋部主将）では平手では歯が立たず、角を落としてもらい指し分けの結果だった。同氏はロンドンで開かれた第一回将棋国際選手権で準優勝していたが、後日にロンドン国際トーナメントで優勝ね1988年のアマ竜王戦に招待選手として出場している。<br />
　私の好敵手はコナーズ三段、フェルナンデス二段（いずれも当時）らで、勝ったり負けたりの成績だった。カウフマン氏はメンバー全員の対戦成績をお得意のコンピュータにインプットし、ポイントの開き具合で手合いを駒落ち将棋にしていた。カウフマン五段はメリーランド大学チェス・クラブのメンバーに日本将棋の指し方をおしえていたが、「みんな興味を持ってくれる｣と話していた。<br />
　その後、カウフマン氏が職務の都合でフロリダ州パークランドに移住し、月例会がなくなったので私も足遠くなった。三年間の東京勤務を挟んで、1987年に再度ワシントン勤務になった。ワシントン将棋クラブはコナーズ氏を中心に活動を続けていた。時折「トーナメントを開くから出席しないか」と誘いがかかったが、何かと多忙で二、三回しか顔を出さなかった。1987、88年にワシントン将棋クラブとニューヨーク日本人会との将棋対抗戦を行った。大学先輩の米国日経新聞社長の大原進氏の”挑戦”を受けたものだが、二回ともワシントンが敗れた。カウフマン氏不在のワシントンで選手七人を揃えるのは容易ではなかったからだ。</p>

<p><b>国際化への提案</b><br />
　さて、将棋を世界に広める方策だが、やはり国際的な広がりを持っているチェス・クラブを基礎にするのが妥当だと思う。囲碁もそうだが、将棋はルールさえ知っていれば言葉を 発しなくても対局できるのは大きなメリットだ。そのためには、ワシントン将棋クラブのカウフマン氏のような外国人指導者の”核”を作るのが早道だと思う。具体的には、日本将棋に関心を持つ者を日本に集めて、混載将棋研修会を開催するのがよいのではないか。そして各国から参加した者を支部長に任命して、とにかく”核”になる将棋クラブを世界各地に発足させてしまうことだ。将棋のルールと初歩的な指し方だけは母国語で説明できる者がいなくては、国際化は無理だと思う。<br />
　私自身の経験で言えることだが、将棋の終局後の感想戦を外国語で行なうことほど難しいものはない。対局は無言であるが、指導・解説となればどうしても言葉は必要だ。ワシントン将棋クラブでアメリカ人と感想戦をしていて、どのように英語で説明すればよいのか言葉に詰まったことが何回もある。例えば、「桂馬のふんどし」「居玉」「ひねり飛車」「腰掛け銀」など、無理に英語にすると訳が判らないものになる。<br />
　カウフマン五段がどのようにアメリカ人に説明していたかというと、特殊な将棋専門用語はそのまま日本語を使用していた。例えば、「ヤグラ」「ミノ」「アナグマ」などの囲い方、「ボーギン」「フリビシャ」「ツギフ」などの攻め方はそのまま日本語だった。「ナリカク」「トキン」「スヌキ」なども、そのまま使っていた。私はこれは将棋を国際的に広める上でヒントになると思う。<br />
　考えてみれば、麻雀用語はすべて中国語そのままだ。結構難しい役の名前まで原語で覚えてしまう。柔道の技の名前も日本語のままで国際的に通用している。かけはしにオランダ人のグリムベルゲン四段が「英語で将棋（Translating Shogi)」を連載しているが、私は将棋用語を無理に英語に訳すのは国際普及の本筋ではないと思う。なぜならば麻雀が中国文化であるように、将棋は日本文化そのものであるからだ。<br />
　そこで提案だが、世界に広めるに際しては、駒の名前も含めて、専門用語はすべて日本語をそのまま使用することほ原則にすればどうだろうか。説明ではチェスのルールを比較・活用するが、チェスとは異なる日本独特の知的スポーツであることを強調するためにも専門用語は日本語を使用するべきだと思う。<br />
　真にナショナル（民俗的）なものがインターナショナル（国際的）になることが多い。将棋も例外ではないと思う。</p></div>
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        <title>フランス親善将棋顛末記(3号,1996.11.1)</title>
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        <published>2004-07-25T14:45:44+09:00</published>
        <updated>2009-07-01T20:43:22+09:00</updated>
        <summary>ジョン・ホール先生 　最近、海外での将棋の普及は目覚しい。５、６年前より竜王戦の...</summary>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p><b>ジョン・ホール先生</b><br />
　最近、海外での将棋の普及は目覚しい。５、６年前より竜王戦の初戦が必ず海外で行われていることが、将棋の普及に大変役立っていることは間違いない。フランスでも10年以上前から将棋クラブが結成され、すでにフランス語の機関紙が発行されている。(<b>鈴木 良尚</b>)</p><p>初版はＢ５判で20ページそこそこの小さなものだったが、その後Ａ４判に変わり、フランス棋界のために寄与している。<br />
　その中心人物は我が愛するジョン。本当はイギリス人だが、フランスを愛しフランス人と結婚して、フランスで英語を教えている語学の先生だ。職業柄フランスの地方の方言まで全て頭に入っており、フランス人同士でさえ通じない時に、通訳ができるほどフランス人になりきっている。（日本でも山形の人と沖縄の人とでは日本語が通じないように、フランスでもノルマンジーの人とマルセイユの人とでは通じないことがある。）外人にしては珍しく背が低く小太りで、何しろ底抜けに明るいのが楽しい。勿論よくしゃべるし人を引き付ける魅力は最高だ。将棋の実力は２段の腕前。もう歳なのでピークは過ぎたと本人は嘆いているがなかなかどうして。でもそう言えば何時だったかフランクフルトでの大会の成績はあまり良くなかったようだ。<br />
　住んでいるところはパリではなく、パリから北へ汽車で２時間、リーラ(Lile)というベルギー国境に近い町である。したがって、将棋のフランス本部はリーラにある。勿論パリにもクラブはあるが、人数が断然違う。リーラでは大学の若い学生を集めて大学のクラブよろしく活躍している。６年前、つまり1990年度のフランスオープン選手権はここで開かれた。トータル65名の参加者があり、当時オランダに駐在していた谷川俊昭氏(ご存知谷川浩司九段の賢兄)がこれに参加し、見事(当然？)優勝の誉に輝いた。谷川さんが将棋界の大きな看板として、ヨーロッパの将棋の普及にも役立っていることは嬉しいことである。</p>

<p><b>リーラ市訪問</b><br />
　1991年５月のこと、予めジョンに手紙を出しておき、或るウィークエンドに久しぶりにリーラを訪れた。勿論、大歓迎との返事を貰っていたのだが、ちょうど金曜日からフランス国鉄のストライキが行われ、ダイヤが乱れて土曜日に行けるかどうか判らなくなってしまった。すると、前夜パリのホテルにジョンから電話があり、明日は午前中に１本だけ列車が動くらしいが、出発時間は不明とのこと。リーラ行きはいつも１日に何本かあるのだが、そのうちどれが動くのか判らないという。到着予定時刻には駅に迎えに出るが、午前中大学で講義があるので、もし到着が早くなってしまった場合、ドウニー君という学生に電話して迎えにきてもらえというアドバイス。そうすれば駅でボケっと待っていなくてもすむという訳だ。ジョンはいつもこういう気配りをしてくれる。<br />
　そこで、土曜日の朝、前に利用したことのある午前10時発の列車に照準を合わせて、予定より１時間半早めにパリ北駅に来てみると、幸運なことに丁度その列車が動くらしい。しかも既に入線しており、結果的に１時間半前から汽車に乗り込んで出発を待つ羽目になった。汽車はストライキにも関わらず結構空いていた。フランス人は日本人と違って、無理やりスケジュールを強行するようなことはしないのかもしれない。リーラに到着するとまずジョンの家で昼食。奥さんより２つ年下の奥さんの妹さん(美人！)とドウニー君も来ていて、美味しい手料理をご馳走になった。その後すぐクラブへ出発。</p>

<p><b>将棋七面指し</b><br />
　クラブはカフェのような店の奥の一室で、椅子とテーブルで対局する。そこには20歳前後の６人の学生が待ち受けていて、何とジョンを含めて７人と多面指しをせよとの御宣託。こちとら単なるアマチュア３段(当時)で多面指しなど、こちらがしてもらった経験はあるが、自分でしたことなどは一度もない。しかも相手は７人だ。予め言ってくれれば多少の覚悟はしてきたのだが、何しろ突然である。聞いてみると日本人と指す機会などめったにないので、どうしても今日集まった全員がやりたいのだそうだ。そうとなれば最早引くことはできない。ジョンの指定するままに、平手３人、２枚落ち３人、４枚落ち１人という手合いで試合は始まった。<br />
　ところで、７面指しというのをやってみて、面白いことに気がついた。相手を座らせ、自分だけ立って忙しく右から左に動いて指すというのは、相手を上から見下ろすせいか意外と偉くなったような気分になって、すごく気持ちのよいものなのである。なるほど、プロの先生方はいつもこういう気分で指導されているのかと、とんだところでとんだ感覚を味わったものである。</p>

<p><b>その結果は</b><br />
　２枚落ちで指した相手に１人強いのがいて、定跡どおり上手必敗の形勢。下手側の４筋から攻め込まれて４二歩と受けさせられた。ところが何手か進むと、自分で打ったその歩を忘れて、４七歩と打ってしまった。隣のジョンが気がついて、二歩だと指摘。これで上手の即負けだが、何しろ親善将棋。ここで終わっては相手も途中で拍子抜け、もっと続けたいというアピールがあり、恥ずかしながら待ったをさせてもらった。というのにその後またまた４七歩と打ちそうになって、あわてて手を引っ込めたりした挙げ句、とうとう４七歩の代わりに４七銀とおごって打ち、この将棋を勝ってしまった。申し訳なし。<br />
　もう１人、平手で指したリシャー君という学生はチェスの名手とのこと。自分からは攻めに出ず、お手並み拝見とばかりに徹底的に攻め筋を封じて待つ姿勢。１筋から９筋まで全部四列目と六列目に歩が対峙して、ニッチもサッチも行かなくなってしまった。多面指しの悲しさで、こちらは考慮時間がほとんどないため、無難な手を選んで指した結果がこうなったのだが、かくてはならじと無理矢理打開したら案の定、形勢不利。この将棋だけが最後まで残ってしまい、日本人に一泡吹かせてやろうというリシャー君の気迫物凄く、やたら長時間考える。<br />
　いつまでも先生が立ったまま指すのも疲れるだろうからと、椅子を勧めてくれて、さぁ１対１で勝負という趣きだ。これでは何時まで経っても終わりそうにないのでとうとうじっと観戦していたジョンもしびれを切らし、あと10分で夕食の時間だから秒読みにしたいとの申し入れ。こうなるとリシャー君の経験不足は覆いがたく、持駒の金を打ってくると上手側が難しくなるところを、盤上の銀が進んできたので、あっさり逆転してしまった。この金打ちを後で指摘すると、チェスの場合は取った駒を使わないので金打ちの発想が浮かばなかったという、半分言い訳で半分本当らしい答えが返ってきた。彼はきっと強くなるだろう。彼とは次の機会には必ずチェスをやろうという約束をして別れた。<br />
　結局二歩の将棋を待ったで許してもらったので７局全部勝ってしまったが、とにかく実際に指す機会を増やすということが将棋の普及につながる。皆さんもフランスに行くときは是非リーラを訪れて親善将棋を指してきてください。大歓迎されることは請け合いです。</p></div>
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        <title>Translating Shogi-3(3号、1996.11.1)</title>
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        <published>2004-07-25T14:25:44+09:00</published>
        <updated>2009-07-01T20:43:22+09:00</updated>
        <summary>相撲と将棋 　私は将棋以外にも日本の伝統スポーツである相撲に興味があります。茨城...</summary>
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<content type="html" xml:base="http://isps.lekumo.biz/kakehashi/">
<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p><b>相撲と将棋</b><br />
　私は将棋以外にも日本の伝統スポーツである相撲に興味があります。茨城県在住なので当然<br />
武双山に注目していますが、皆さんがこの記事を読む頃には魁皇が大関に昇進して、二子山勢<br />
の独走を打破してくれると期待しています。(<b>Reijer Grimbergen ライエル　グリンベルゲン</b>）</p><p>　相撲と将棋はある意味で似ています。どちらも最近まで日本人だけのものでしたし、海外に向けての普及にも力を入れています。用語の翻訳方法も似ているだろうと思えますが、実際には相撲と将棋では全く違う戦略をとってきました。<br />
　相撲の場合、ヨコヅナ、バンヅケ、ヘヤといったおなじみの単語だけでなく、リキシ、ヨリキリ、ドヒョウ、トリクミなどといった外人にとってあまり耳慣れない単語も英語の文章にそのまま使われています。これらの単語を英語に直すと、相撲にとって大事な要素である日本文化の一部が失われるかもしれないと恐れてきたためだと思います。<br />
　この方法の不便な点は、相撲に興味を感じ始めた外人たちにとって、その単語の意味を理解することが非常に難しいということです。それは日本語の後ろに英語で説明を入れても大差ありません。<br />
　将棋の場合、初期の段階から、別の方法がとられてきました。青野９段の著書 "Better Moves　for Better Shogi" と、"A Guide to Shogi Openings"ではできるだけ多くの日本語を英語に直す努力がされました。例外はあるものの、このとき使われた単語が依然海外で使われていて、ヨコフトリのような一般的な用語さえほとんどの外人選手にはサイドポーンと訳さないと通じないほどです。<br />
　今回は良く使われる将棋用語とその訳語をみましょう。同時に、訳されずに残った用語にも触れます。それは英語に適当な言いかえが無かったケースもありますし、外人にとっても日本語の方が使いやすかったケースもあります。例を挙げるとプロモーテッド・ポーンよりもトキンの方がよく使われるということは連載の中で触れた通りです。</p>

<p><b>ルールの翻訳</b><br />
　駒の名前は既に紹介済みですので、ルールに移りましょう。将棋はブラック（先手）とホワイト（後手）が交互に指します。ここには日本文化への譲歩が見られます。というのはチェスの場合最初に動かすほうをホワイトと呼ぶからです。<br />
　どちらが先手かはフリゴマによって決められます。これは当てはまる言葉がチェスになく、そのまま使われる例のひとつでもあります。海外でも普通に使われていますが、たまにポーン・トスも使われることがあります。２人のプレーヤー（選手）は王がメイト（詰み）になるかリザイン（投了）するまで交互にムーヴ（手）を指します。ゲーム（対局）は、二フ（ダブルポーンとも言います）のようなイリーガルムーヴ（反則）によって終了することもあります。玉にチェック（王手）が掛かっている時、何らかのディフェンス（防御）が必要で、それが不可能ならゲームは終了です。<br />
　他の終わり方としては、ジショウギつまり両方がエンタリングキング（入玉）した時か、センニチテの時があります。持将棋はインパス、千日手はレピティッション・ムーヴとも訳されますが、日本語のほうが普通です。チェスにもいわゆる持ち時間制度はありますが、いわゆる切れ負け制なので秒読みはありません。そのためビョウヨミという言葉もそのまま使われています。またヨーロッパやアメリカにも持ち点によるレーティング制度がありますが、ダンやキュウによるグレード（段級位）分けも行われています。</p>

<p><b>戦法の翻訳</b><br />
　もっとも普及している将棋用語はオープニング（序盤）のものでしょう。将棋の序盤は大きく分けてスタティック・ルーク（居飛車）とレインジング・ルーク（振飛車）に分かれます。<br />
　居飛車にはサイド・ポーン（横歩取り）、ビショップ・エクスチェンジ（角換わり）、ツイスティング・ルーク（ヒネリ飛車）、アイガカリ、ヤグラなどがあります。相掛かりはダブル・ウィング・アタック、矢倉はフォートレスと訳すこともまれにあります。矢倉の序盤ではクライミング・シルバー（棒銀）、スピアリング・ザ・スパロウ（雀刺し）などのストラテジー（戦法が）あります。角換わりでは棒銀の他にはリクライニング・シルバー（腰掛銀）を忘れることはできません。<br />
　振り飛車にはセントラル・ルーク（中飛車）、フォース・ファイル・ルーク（四間飛車）、サードファイル・ルーク（三間飛車）、オポウジング・ルーク（向い飛車）があります。振り飛車では玉の囲いはミノ・キャッスル（美濃囲い）が普通で、それからハイ・ミノ・キャッスル（高美濃囲い）やシルバークラウン（銀冠）に変化できます。対振飛車の囲いはボート・キャッスル（船囲い）ですが、ベア・イン・ザ・ホール（穴熊）もよく採用されます。（大半の外人はアナグマと呼ぶことのほうを好みます）<br />
　対振飛車ではキングズ・ヘッド・ヴァンガード・ポーン（玉頭位取り）やセントラル・ヴァンガード・ポーン（5筋位取り）にすることもあります。</p>

<p><b>手筋の翻訳</b><br />
　ジョウセキも大事ですが、何か狙いを持った上級者や全くの初心者はシッティング・キング（居玉）で指すこともあります。しかし、シッティング・キング・イズ・シッティング・ダック（居玉は避けよ）ということわざも覚えておくといいでしょう。<br />
　対局がミドルゲームに（中盤）に差し掛かると多くのテスジ（または英語でコンビネーション）が役に立ちます。例えばジョイニング・ポーン・アタック（継ぎ歩）攻め、タングリング・ポーン（垂れ歩）、エッジ・アタック（端攻め）などです。フォーカルポイント（焦点）を攻めること、玉と飛車がビショップス・ダイアゴナル（角筋）に入らないこと、オウテビシャを狙うことなどには常に注意を払うべきでしょう。ムーヴ・ウィズ・グッド。アジ（味のいい手）やメイジャーピース（大駒）のサバキを狙いましょう。王手飛車はファミリー・チェックということもありますが、サバキやアジはうまく英語に訳すことができません。<br />
　一局の将棋がエンドゲームに（終盤）に近づいた時、ツメ（詰み）が一番いいのは確かですが、ヒッシを掛けることも役に立ちます。ツメの代わりにメイトという言葉もよく使いますが、大半の外人選手はチェスはメイト、将棋はツメと使い分けているようです。<br />
　将棋においてもっとも恐ろしく、また、嬉しい言葉はギャクテンという言葉ではないでしょうか。（優劣どちらかを持っているかで評価は変わりますが）。これもまた英語に訳すことが難しい単語です。面白いことに、適当な英訳もないにもかかわらず、日本語をよく知らない外人選手にとってもギャクテンという言葉の感触だけは感じ取ることができるようです。翻訳のミステリーというものでしょうか。<br />
　ではこの辺で終わりにしましょう。今回出てきた単語のつづりは次号でまとめることにします。<br />
（翻訳　山田禎一）</p></div>
]]>
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    </entry>
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        <title>香港将棋支部短訪記(3号,1996.11.1)</title>
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        <published>2004-07-25T11:44:10+09:00</published>
        <updated>2009-07-27T15:17:46+09:00</updated>
        <summary>〜1996年9月6日〜 銅鑼灣（トンローワン；コーズウェイベイ）は香港島最大の繁...</summary>
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        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="中国・香港・台湾" />
        
        
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p><b>〜1996年9月6日〜</b><br />
<b>銅鑼灣</b>（トンローワン；コーズウェイベイ）は香港島最大の繁華街といわれています。ここにはそごう、三越、大丸、松坂屋と日系のデパートも軒を連ねており、さすがにこの狭い国（？）に2万人からの日本人が暮らしているというだけのことはあります。その一角の瀟洒なビルの高層階に立派な日本人クラブがあり、香港将棋クラブもここの一室を会場に盛んに活動されています。(<b>藤本信義</b>)</p><p>　聞けば週２回という頻度で例会を実施しているとのこと、日本でも月１回ほどしか道場にいかない私などよりよっぽど実戦経験を重ねた猛者たちが集っているようです。香港旅行での最後の夕刻、私は地下鉄銅鑼灣駅で香港将棋支部の石田さんと待ち合わせていました。</p>

<p>　<b>香港将棋支部</b>には岩倉さんという方がおられて、将棋ペンクラブやインターネットで盛んに活動しています。その方から香港将棋支部では中国の方なども活動されていると聞いていたので、香港を訪ねる機会にぜひ訪問してみようと思ったのです。あいにく岩倉氏は出張で不在でしたが、幹事の石田さんが案内してくれることになりました。これらは事前に電子メールで大まかのことは段取りができました。インターネットの発達のおかげで、行く先々で将棋ファンとの交流が広がります。<br />
まずは手始めにということで、早速石田さんと一番を戦うことになりました。先手石田さんの４間飛車に対して私はこれしか知らない右銀急戦。<br />
<img alt="H-1.gif" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/H-1.gif" width="250" height="230" border="0" /><br />
第１図は  △７五歩  まで<br />
けれども「羽生の頭脳」を後で読んだら、後手番ではうまくないとちゃんと書いてありました。これを知らずに局面はこの後一気に苦しくなっていきました。</p>

<p>　<b>香港将棋支部</b>には現在アクティブな会員が20名弱いるそうで、毎回の例会も賑わっているそうです。私の訪問した日には残念ながら少し少なく８名ほどが夕方７時頃から集まってきました。来る人毎に「初めまして」と挨拶していたのですが、香港人の方も参加されていて、「彼は広東語じゃないとだめだよ」聞けば今は師範格の方に飛車香落ちですが実力急上昇中とのこと、ゆっくりではありますが、将棋の広がりを見せていただき、感激でした。</p>

<p>　<b>香港</b>といえばやっぱり中国象棋です。大内九段の香港での中国将棋の冒険旅行などを読んでわくわくしたこともあるので、是非街頭の縁台象棋を見物してあわよくば挑戦などと考え、ガイドブックに香港の人が将棋を指したりしている、と紹介されていた公園などを散策してみました。しかしながら、やっているのはドミノや何かの札を使ったギャンブルばかり、ちょっと観光客の風体では立ち寄りがたい物ばかりでした、やっと石の台の上で象棋を戦っているおばちゃんとおじいさんを見かけましたが、物憂げに終局近くの駒を動かしていました。ちょっとばかり心残りのまま、そこを立ち去ることにしました。<br />
　さて、将棋の方は私の中盤マジック（いわゆるごまかし）が功を奏し、いつの間にか逆転模様です。<br />
<img alt="H-2.gif" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/H-2.gif" width="250" height="230" border="0" /><br />
第２図は  △６五歩  まで<br />
ついに勝利間近、しかしこの△６五歩と、続く△６六歩が秒読みの中とはいえ連続のココセ、△３三歩か△６八飛成だったでしょうか、勝利の女神は噂通り後ろ髪がありません。このスキを見逃す石田氏ではありません。見事に討ち取られてしまいました。この後、別の方と香落ち戦を楽しんで、名残を惜しみながらも、香港将棋クラブを後にしました。<br />
<img alt="H-3.gif" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/H-3.gif" width="250" height="230" border="0" /><br />
投了図は  ▲２三金  まで</p>

<p>　<b>香港</b>は今とっても熱いです、返還前の不安のせいもあるでしょう。人々のテンションが恐ろしく高いのです。無人の岩山を巡る領土争いや、そのための犠牲者を出すなど、悲しい事件が起きてしまったのは、そういった環境にもよると思います。将棋は争いのゲームではありますがその本質はルールに則った上での対話であるとも言われます。お互い将棋と象棋、見かけは少し違いますが、同じような文化をはぐくんできたのですから、これらをとおしても理解を深めていきたいものです。</p>

<p>　<b>近くて遠い国香港</b>は、来年に大きな変革を迎えます。でも香港に住む人はそう簡単には変わらないでしょう。香港を訪ねたならば、夕方のほんの二、三時間をさいてこのクラブを訪問することをお勧めします。きっと新しい出会いがあることでしょう。<br />
　なお、採譜は香港将棋部の方がしてくださり、後日電子メールで送っていただきました。<br />
<img alt="ishida_fujimoto.gif" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/ishida_fujimoto.gif" width="358" height="386" border="0" /></p></div>
]]>
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        <title>ベルギーの状況とニーズ(前編)(3号、1996.11.1)</title>
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        <published>2004-07-25T11:07:18+09:00</published>
        <updated>2009-07-01T20:43:22+09:00</updated>
        <summary>ベルギーで将棋再発見 92年の秋頃のこと、当時私は三和銀行のブラッセル支店に勤務...</summary>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p><b>ベルギーで将棋再発見</b><br />
  92年の秋頃のこと、当時私は三和銀行のブラッセル支店に勤務していた。仕事も結構立て込んでおり将棋とは無縁の生活を送っていたが、あるとき同じ業界の関係から知遇を得た東洋信託銀行現地法人の田部井社長や東海銀行の大久保所長と将棋の話になり一番指してみようかということになった。実際にやってみるといい勝負で結構楽しめたのだが、そうした関わりの中で、「ベルギー人にも将棋愛好家がおり日本人と手合わせを希望している。日本人有志で週一回ベルギー人の例会に加わることにしたのでついては参加しないか」というお誘いがきた。毎回日本人参加メンバーには若干の移動があるようで、トーメンなど商社やメーカーの方も混じっているとのことであった。(<b>海宝明</b>）</p><p>　ヨーロッパ人で将棋をやる人がそんなにいるとは知らず、最初は興味半分に参加した次第である。正直なところどうせ初心者であろうとたかをくくっていたが、予想していたような初心者では全くなく、指し手が実に鋭い。ブランクでこちらの腕前が落ちていたせいもあろうが、とんだ相手に出会ったと感じて焦っている内に、初戦は全くいいところの無いひどい負け方をしてしまった。名前を忘れてしまったが最初の相手はベルギー大蔵省の人ということでヨーロッパの強豪の１人だという。実際に指した印象では３段ぐらいの力だと思った。結局その日は情けなくも３人と指して３連敗。<br />
　こんなはずはということで、その後少しカンを取り戻すべく努力するようになり、帰国してからも興味が持続しているのもベルギーでの将棋再発見の効用といえるかもしれない。</p>

<p><b>中心はウォルター氏</b><br />
　若干当時の将棋普及状況について触れると、ベルギーで連盟メンバーとなっている愛好者の数は20人ほどのようである。中心になっているのはウォルター氏（ファーストネーム。姓がフレールトブルーゲンと長いので、最初からウォルターと呼んでほしいということだった）である。ベルギー将棋連盟書記官といかめしい肩書きの日本語の名刺も持っているけれども、非常に礼儀正しく控えめな紳士である。将棋から派生して日本語も勉強されており、その後日本に帰ってきてからやりとりする手紙の中には英文の中に漢字で「遅き日のつもりて遠き昔哉」などと蕪村の句が入っていたりする。後で人から聞くと高校の倫理学の先生だそうだ。<br />
　彼を事務局とするグループで毎週首都ブラッセルとベルギー第二の都市であるゲントで交互に例会をしているという。我々日本人有志もこれに参加した訳である。公民館みたいな場所を借り、巻いて持ち運びのできるビニール製の盤を使って試合を行う。一回に集まる人間は７〜８人といったところで、その中に日本人駐在員が２〜３人加わる構成である。公民館といっても日本のイメージとはずいぶん違い、ヨーロッパらしい石造りの古めかしい建物である。集まるのは夜で、照明のやや暗い階下のホールではダンスの練習をやってたりして建物の雰囲気に合っている。そこで将棋をやっているとなにか妙な感じがする。<br />
　ベルギー人の皆さんは実に熱心で夜８時ぐらいに集まり、終わるのはだいたい12時位となった。彼らの会報に載せたいという事で棋譜を採りながら指すときもあった。終了後はめいめいが車を運転して静まり返った夜の市街を帰ってゆくのである。</p>

<p><b>将棋から広がる交流</b><br />
　実力的には例会の中核メンバーで初段から１級といったところである。さすがにカンを取り戻すとまず負けなくなったが、勝負は別に振り返ってみると何よりもウォルター氏やその親戚という若いエディ君などメンバーとの交流が生まれたことが最大の財産であった。何年滞在していても仕事関係以外で当地の人たちとつきあう機会は余りないものである。そのためにはやはり共通の関心が必要であるが、将棋がその役に立つとは思ってもいなかった。この経験から、柔道のようにＳＨＯＧＩも世界の共通言語になる可能性があると感じる次第である。今後当会の活動も夢を大きく持てるものだと思う。<br />
　話が飛ぶが、もともとは貴族階級やインテリ層が中心であったチェスの影響かとも思うけれども、将棋に対する彼らの接し方が実に丁寧かつ礼儀正しく、これを大切なものと考えている姿勢が感じられた。日本の道場で割とよくある荒っぽい手つきや駒の並べ方を見たら驚くかもしれない。こうした点も棋譜だけでは分からない部分であって、その民族や文化毎に発達してきたしぐさの文化的相違を反映しているのではと余計な方に連想が発展してゆく。<br />
　彼らは定跡をよく勉強しようとしているし、感想戦も行う。「この飛車はここに打った方がもっとactiveだった」とか述べる。なるほど英語ではそういう表現をするのか、と妙に感心する一方、彼らも「日本人の将棋は定跡と違って変化するから面白い」と感じてくれたようである。彼らは主に本で勉強しているからきれいなパターンが中心で、日本人の素人腕自慢によくある定跡知らずの力将棋がかえって新鮮に映るようでもある。</p>

<p><b>ウォルター氏の手紙</b><br />
　ウォルター氏とは帰国してからも手紙のやりとりを行うようになった。その手紙の中に「日本の『将棋世界』を購読しているのであるが、日本語は難しく、情報の宝庫であるのに内容がよく分かるのは詰め将棋ぐらいしかないのがきわめて残念である」とか、「親しかった人がみんな帰国して日本人の相手が少なくなり困っている」というようなことを書いてきたりして、少々心配していたところ、最近の手紙の中で高橋和女流初段のヨーロッパ訪問シリーズの一環として『将棋世界』にベルギーのメンバーが登場すると記されていた。<br />
　「女流プロがヨーロッパに来るのは初めてで実に歴史的なことである」とややオーバーな表現であり、非常によろこび張り切っている様子がよくわかる。どんな具合だったのか10月号で見るとともに直接感想を聞きたいものだと思っている。<br />
  ＩＳＰＳに小生が参加させていただいているのもこうした海外滞在の経緯からだが、ベルギーへの手紙にヨーロッパに於ける将棋普及にはどういうことが必要かと入れたところ、メンバー全員でディスカッションしてポイントをまとめて返信してきてくれた。ＩＳＰＳの会合でその内容を出席者にお配りしたが、かけはしの次号でも内容を紹介し幅広くご意見を伺いたいと考えている。（続く）</p></div>
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        <title>遊びとしての将棋(2号,1996.7.7)</title>
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        <published>2004-07-24T13:42:00+09:00</published>
        <updated>2009-07-27T15:17:46+09:00</updated>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>将棋の面白さ

私にとって「将棋」という文字は、子供の時から日本の「しょうぎ」と韓国の「チャンギ」の両方を表す漢字でした。（<strong>（社）韓国将棋（チャンギ）協会　東京支部長　宋　正彬</strong>　webmaster 註：役職は現在のもの、また、（社）は日本のものではなく韓国内の社団法人）
-----
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どちらがより好きかというよりも、両者の違いを理解・発見することで、その面白みが平行
したり、交わったりする魅力があります。しょうぎとチャンギは、ルールは違いますが、共通
する面もあります。自作の２つの図を御覧ください。

<img height="151" border="0" width="282" alt="Sou-j.GIF" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/Sou-j.GIF" />
<img height="288" border="0" width="428" alt="kakehashi-8years-ago.jpg" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/kakehashi-8years-ago.jpg" />

（しょうぎの図：▲４一飛成△同銀▲６二金まで。チャンギの図：81漢車51打士将　41楚将51打車　1漢車31打士将　まで）

　これらから私が感じるのは両者の詰め上りまでの手筋の類似性と相違性の不思議な魅力、「似ているようで違うようで、しかし、両方ともなんとまー面白いことぞ。」ということなのです。そしてそれは、例えばつりやサッカーの面白みを追求していった人々の言う面白さと、同じ意味なわけです。逆に、受け入れを拒絶している人に「ねー、面白いからしょうぎやろうよー、とってもすばらしい遊びなんだよー」と迫っても、普及どころか、その人を尊重していない失礼な押し付け、迷惑にしかなりません。

<strong>普及の心</strong>
チェス、中国象棋、タイのマックルック、ミャンマーのシベイン、インドのシャトランジなどなど、今日も誰かが駒を動かして楽しんでいるだろう、その中には私の知らない面白いこともたくさんあるだろう、しかし私も今チャンギとしょうぎに熱中しているし、私のたくさんの友もそれぞれの現実をがんばって生きている、このことをいつも自覚し大切な心の支えとする。これが私の思うところの普及の心です。これさえ忘れねば、小さなトラブルはすぐに解消します。
　いくら熱心に「しようぎもチャンギ同様、あるいはそれ以上に面白いかもしれませんよー。なんつったって敵の駒取ったらまた使えるんですぜー、やりましょ、やりましょ。」と誘っても、「ウーム、とりあえずサッカー見てからな。」なんて言われたら仕方がありません。これはお誘いするタイミングの悪さだけのことなので、その日のテレビ番組をチェックしていれば避けられたし、時間をずらせば何の問題もないことでした。そして、一緒にサッカーの中継に夢中になって過ごすのだってやはり面白いことなのです。

<strong>素直な気持ちで</strong>
　要するに、相手を理解する努力をした上で、何かの遊びの面白みを追求している人同士なら、興味を持って理解しあえるし、逆に教わることもたくさんあると信じることが、出会いから友へのステップになって行くと私は思います。
　互いの歩調が合わないことが、ややもすると誤解やすれ違いを生みがちですが、ここら辺は異国の人同士によくあるナイーブなしんどい部分で、多少は仕方のないところであります。そしてそれが単なる習慣の相違から始まって、相互の国の人々の背景や関係という大きな捉え方へと拡大することもよくあることです。
　しかし「遊ぶ時には楽しさを一緒に追求することに集中して、遊ぶのだー、じゃないと互いの人生の時間とこの出会いがもったいないぞー」と素直に考えて、互いが必要以上に意識せずに出会えた時に、日本でのチャンギも、韓国でのしょうぎも、新しい友を作る道具となると確信します。振り返ってみれば、多くの私の良き「将棋」の友は、すべて最初はこのような出会いでしたし、一人残らず忘れられない人々です。
　最後に、しょうぎの海外普及を熱心になさっている方々のお話を『かけはし』で知ること
はとても良い勉強となりますことを感謝し、これからもいろいろなアドバイスなど頂きたく存じます。そして時には、チャンギもやりましょう、ねー、ねー。
<a href="http://www.h2.dion.ne.jp/~janggi">（社）韓国将棋（チャンギ）協会　東京支部</a>
〒166-0004　東京都　杉並区　阿佐谷南　3-38-30　℡＆Fax 03-3220-5450</p></div>
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        <title>Translating Shogi-2(2号、1996.7.7)</title>
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        <published>2004-07-23T19:07:47+09:00</published>
        <updated>2009-07-27T15:17:46+09:00</updated>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p><b>意見はさまざま</b><br />
　私が日本に来てから今日までの半年ちょっとの間に、英語で棋譜をどのように表すべきか、何人もの人と多くの議論を（時には過熱気味に）繰り返してきました。外国の将棋ファンに棋譜や将棋の本を簡単に読んでもらえるようにするためには漢字を使わない表記法が必要だという点は一致してますが、具体的にどのように書くべきかということになると人によって意見がさまざまです。ここではこのような論争には踏み込みません。私の立場は一貫して「現実第一主義」です。重要なことは、棋譜がどうあるべきか、ではなくてどうすれば多くの人に理解してもらえるか、です。(<b>ライエル　グリンベルゲン　Reijer Grimbergen</b>)</p><p>  青野九段の著書Better moves for better Shogi とフェアベアン氏の著書 Shogi for Beginners の出版以来、国際的に通用する表記体系がすでに普及しています。現在、日本語以外の言語で書かれる出版物は殆どがこの国際表記に準じています。もともと、漢字表記を翻訳したというよりチェスの表記法を拝借した、といったほうが早いような表記体系なので、漢字表記との間には幾つかの大きな違いがあります。連載２回目は、この国際表記体系について説明していきたいと思います。</p>

<p><b>駒の呼び方</b><br />
前回紹介しましたように、海外では升目の呼び方も日本とは違います。一・・九の代わりにa・・i が使われます。例えば７七は７g 、４二は４b で<br />
す。駒の名前も次のようになります。<br />
玉　　king<br />
飛　　rook<br />
竜　　promoted rook/dragon<br />
角　　bishop<br />
馬　　promoted bishop/horse<br />
金　　gold<br />
銀　　silver<br />
桂　　knight<br />
香　　lance<br />
歩　　pawn<br />
と 　　promoted pawn/tokin</p>

<p>　漢字なら１文字でも英語では最大６文字も必要で、駒の名前をフルネームで書くのは手間がかかることです。幸いほとんどの駒は違うアルファベットで始まっていますので、頭文字だけで区別できます。（駒をローマ字で書くとそうはいかないことに注意して下さい。Kで始まる駒が４種類もあるのです。）<br />
KING と KNIGHT だけは頭文字が同じですが、これはチェスでも同じことなので、解決は簡単です。KNIGHTの発音はナイトで、NIGHT[夜]　と同じ発音です。そこでチェスではKの代わりにNを使っていますので、将棋でも同じようにすればいいのです。<br />
　駒と升目の表記を決めただけではまだ棋譜は書けません。駒が特別な動きをするケースがいくつかあり、それをどう記述するか決める必要があります。最初のケースは成り駒です。国際表記では「成」に対応する記号は “＋” です。例えば成桂は＋N と書きます。ただ、竜・馬・とに関しては、D ・ H ・T と書いてもいいのですが、普通はそうしないで＋R ・ +B ・＋P と書いています。また、駒が成る時は手の後ろに “+ ” を付けます。一例を挙げると、２三歩成はP−2ｃ＋ となります。この例から、漢字記法と国際記法の違いをもう２つ知ることができます。１つは駒を升目より先に書くことです。これはチェスの記法と同じで、明らかにそれを流用しています。２つ目の違いは、駒と升目の間に“− （ハイフン）” を入れることです。棋譜を読み易くするための工夫だろうと思いますが、チェスの場合も普通の（短縮形の）記法ではハイフンは使いませんので、将棋の場合にこれが使われる本当の理由はよく判りません。実際、ヨーロッパの出版物では省略されることの方が多くなっています。</p>

<p><b>打ったり寄ったり</b><br />
　次に考えなければいけないのは駒を打つケースです。<br />
Better moves for better Shogiと Shogi for beginners では打に対応して＊を使っていますが、’が使われることもよくあります。N*4e もN'４e も４五桂打のことです。これについてはもう１つ重要なことがあります。漢字記法では紛らわしい時にだけ打をつけ、駒を打ったことが明確な場合には省略していますが、国際記法では駒を打つ場合には必ず＊（または ’）をつけます。省略されることはありません。 　<br />
　３番目のケースは駒を取る時です。漢字記法では、すぐに取り返した時だけ普通の手と違う書き方（例えば同歩）をしますが、そうでない時は特に明記しません。国際記法では、駒を取る場合は必ず小文字のxをつけます。x がつく時はハイフンはつけません。<br />
　最後に、漢字記法にせよ国際記法にせよ駒の動かし方が何通りかある場合でもちゃんと区別できないといけません。言いかえれば、１つの升に行ける駒が複数ある場合にどう書き分けるか、ということです。漢字記法では幾つかの特別な表現（右、左、寄、行、引）を使っています。国際記法ではその代わりに、駒がもといた場所をハイフンの前に書くようにしています。図１で言うと５八金右は４九（４ i ）の金 （G） が５八（５h ）に移動したので、G４ i - ５ h と表されます。５八金左なら同様にG ６ i - ５ hです。</p>

<p><b>棋譜の実例</b><br />
<img alt="Reijer_vol2.jpg" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/Reijer_vol2.jpg" width="206" height="253" border="0" /><br />
　それでは今回のまとめです。棋譜の実例として、相振り飛車の出だしの部分を２つの記法で書いてみましょう。将棋では▲・△で先手・後手を示しますが、チェスでは両方の手を一組にして一手と数えますので、そのような記号は使いません。次号では将棋用語を紹介します。将棋用語にもいろいろありますが、適切な翻訳がなくて海外でも日本語のまま使われているものもあれば、うまく英語で表現されているものもあります。次回は将棋用語がどのように英語になっていったかを幾つかの例を挙げて説明しましょう。<br />
（翻訳　山田　禎一）<br />
<img alt="kifu.jpg" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/kifu.jpg" width="503" height="338" border="0" /></p>

<p><img alt="Jp_eng.jif.JPG" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/Jp_eng.jif.JPG" width="473" height="291" border="0" /></p></div>
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        <title>ワシントンDC将棋クラブ(2号、1996.7.7)</title>
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        <published>2004-07-22T18:51:37+09:00</published>
        <updated>2009-07-01T20:43:22+09:00</updated>
        <summary>燃える東海岸 　ニューヨーク（以下NY)、ワシントンDC(以下DC)、フロリダと...</summary>
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        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="北米" />
        
        
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p><b>燃える東海岸</b><br />
　ニューヨーク（以下NY)、ワシントンDC(以下DC)、フロリダと言うとアメリカ東海岸の有名都市ですが、これらは将棋が強いプレイヤーが揃っている都市でもあります。(<b>編集長　山田禎一</b>)</p><p>　NYは日本人が主ですが、フロリダはラリー・カウフマンさん、DCはジョージ・フェルナンデスさんという現地の方が中心です。<br />
　今年、第１回全米将棋選手権の決勝はNYの渡辺さんとDCの三五さんとの間で争われ、またアメリカ人の最高成績はカウフマンさん、２位はフェルナンデスさんでした。今年に関して言えば、西海岸側は少し分が悪かったようです。フェルナンデスさんはかけはし創刊号の中で山田彰さんに紹介して頂いたので、覚えている方も多いはず。私もアトランタまで行くついでに、ちょっと足を伸ばしてDCを訪ねることにしました。<br />
　NY将棋クラブとDC将棋クラブは定期的に対抗戦を開いており、いいライバル関係にあります。さらにカウフマンさんはかってDCに住んでいたこともある、という具合に、東海岸は一体となって将棋を楽しんでいるのです。</p>

<p><b>駒落ち大会</b><br />
　DC将棋クラブには１５級から五段まで、３０名以上のメンバーがいます。一番下が１５級というのは段位認定が結構きついと思いますが、どんなレベルの人も楽しめるよう、いろいろな形のトーナメントを実施しています。私が行った時も、予定を合わせて駒落ちトーナメントを開いてくれました。ここの駒落ち手合いは上手にとってかなり厳しくなるように決めています。例えば、初段の私と四段の三五さんとの試合では何と２枚落ちです。これはフェルナンデスさんの哲学によるもので、「上手の勝率が５割になるのが正しい手合い。」ごもっともです。確かに、力の差がはっきりしている場合、少し駒を落としたくらいでは差が埋まらないことが多いものです。最後は力が強い方が勝つのでしょうが、そこを勝率５割に持ち込むために上手にたっぷり駒を落とさせる、これがDC流駒落ちの心得です。<br />
　その代わり、トーナメントでなくても勝負は真剣です。駒落ちだから指導対局なんてことは全くありません。ましてやトーナメント、私も２枚も落としてもらいながら、きっちり負かされてしまいました。</p>

<p><b>もう一つの楽しみ</b><br />
　いくら駒落ちでも下級者が上級者に真剣に指されて勝ちきるのは容易ではありません。優勝を争ったのはやはり三五さんとフェルナンデスさんの二人の四段でした。<br />
　でも下級者にも楽しみが残っています。総合優勝以外にもクラス優勝というのを用意してあるところがDC将棋クラブのいいところ。私もベスト初段というトロフィーを頂いてしまいました。</p>

<p><b>桜祭りに出店</b><br />
　自分たちで将棋を楽しむばかりでなく、新しく将棋ファンを増やす努力も欠かせません。ポトマックリバーの河畔に植えられた桜の木、これは日本からの贈り物です。これにちなんだ桜祭りがDCで毎年４月に催されています。桜祭りには観光客も大勢来ます。人で賑わう中にDC将棋クラブもコーナーを設けて、展示と勧誘をしています。今年はクラブのメンバーが３０秒将棋の実演をやって、観客の目を引き付け、クラブの行事予定表とパンフレットを数十部配布、そのうちの何人かはクラブに名前を登録して帰ったそうです。クラブメンバーは年間２５ドルの会費をはらってますが、たまにしか参加できない人は年会費を払わずに１日３ドルで遊ぶこともできます。また初めて参加した人からは何ももらいません。３回目からは１日３ドルですが、１回目と２回目はただで将棋を楽しむことができます。このようにして将棋に知り合うきっかけを増やそうとしているのもDC将棋クラブの特徴です。<br />
　こんな風にアメリカにしっかり将棋が根付いた姿を見て、気持ちを新たにして帰って来たのでした。</p></div>
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