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    <title>かけはしアーカイブズ - 将棋を世界に広める会: 2001年発行</title>
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        <title>第2回東京・北京小学生将棋交流大会(18号、2001.12.20)</title>
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        <published>2004-10-04T15:57:00+09:00</published>
        <updated>2009-07-02T10:55:51+09:00</updated>
        <summary>「夢」実現のための計画 　7月に第1回の大会を開催した時点ではまだ第2回の具体的...</summary>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p><strong>「夢」実現のための計画</strong><br /> 　7月に第1回の大会を開催した時点ではまだ第2回の具体的な計画はできていませんでした。第1回がうまく行けば、来年は何とかなるだろう。兎に角やりたい、是非やろう、と、こんな感じでした。去年の経験から大会までの準備期間が6ケ月以内では短いということがわかりましたので、今年は中国側ともよく打合せしながら基礎になる企画案をこしらえました。(<strong>眞田尚裕</strong>)</p><p><strong>☆第2回東京北京小学生将棋交流大会案☆<br /></strong> (1)期日　2002年7月下旬(24水又は25木）
<br /> (2)場所　北京市崇分区少年宮(予定）<br /> (3)参加者　東京側　予選(6月23日予定)を行い８名選出<br />　
　　　　　北京側　北京で予選を行い８名選出<br /> (4)競技方法　変則トーナメント(予定）<br /> (5)主催　将棋を世界に広める会
　　　　北京市崇分区少年宮<br /> (6)後援予定　外務省　東京都　ＮＨＫ
　　　　　　日本将棋連盟　
　　　　　　囲碁将棋チャンネル
　　　　　　北京市　中国棋院<br /> (7)協賛　㈱御蔵
　　　　　　　　　　　　　　<br />以上<br /> &lt;備考&gt;　同時に東京北京小学生将棋交流大会応援ツアー(日程７／23～２７予定）を行う。参加者、選手８名の他に審判長・プロ棋士１名、引率責任者・ＩＳＰＳ理事１名及び補欠選手数名と応援（父兄他）合計５５名（予定）
　現時点で未定の部分も多くありますが凡その予定は上記の通りです。　会員の皆さんの中で子供達の応援方々北京に行こうかと思われる方はツアーの募集以前でもかまいませんのでお申込みください。　又、自分では行かないが資金的援助をしたいという方は下記により寄付を募集中ですので応援のほどよろしくお願いします。

</p></div>
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        <title>かまくら国際交流フェスティバル(18号、2001.12.20)</title>
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        <published>2004-10-04T15:36:54+09:00</published>
        <updated>2009-07-01T20:43:28+09:00</updated>
        <summary>　秋晴れの１１月１１日に、鎌倉の高徳院（大仏様）の境内で「かまくら国際交流フェス...</summary>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　秋晴れの１１月１１日に、鎌倉の高徳院（大仏様）の境内で「かまくら国際交流フェスティバル２００１」が開催され、将棋を世界に広める会も参加した。このフェスティバルは、鎌倉市が主催するもので、国際協力や国際交流に関わる市民団体が集まって日ごろの活動などを大仏様に参詣に来る観光客や鎌倉市民にアピールするという趣旨の催しである。(<b>山田彰</b>）</p><p>　９時過ぎに大仏様の境内につくと、大仏様を取り巻く回廊に各団体のブロックが設けられ、準備が進んでいた。ＩＳＰＳの机には、既に真田理事長がパンフレットや棋書を並べて待っている。回廊の柱に、外国人にも目立つように作ったポスターを貼って準備を整える。１０時頃に鎌倉市長も現れ、フェスティバルの開会式が行われた。<br />
　この日は快晴で観光客は多いが、鎌倉在住の理事長に言わせると、外国人の観光客は意外に少ないようだ。ＩＳＰＳのブースを覗き込む外国人に声をかけて説明をする。「将棋をご存知ですか。将棋は世界で数多く存在するチェス・ゲームの一つですが、唯一取った敵の駒を再度盤上で使えるというルールを持っています。このため、終盤になるとチェスとは比べものにならないほど、複雑で興味深い展開が見られ・・・・・」興味を覚えた彼は、英文のルール説明と紙製の盤駒がセットになった将棋連盟作成の英文パンフを持っていった。外国人のための将棋教室開講中という掲示もしていたが、時間のない観光客にとっては、椅子に座ってじっくり将棋を教わるというわけにはいかないようだ。<br />
　まもなく伊藤理事も登場し、その後ピノー理事も御夫人同伴で姿を見せる。ピノーさんがサクラ役になって将棋を指しているところを見せて、外国人にＩＳＰＳブースに来てもらおうということで、ピノー・伊藤戦の対局が始まった。<br />
　午後に入って、座って将棋を指そうという人もぼちぼちと出てきた。在京英国大使館の館員と大使館から民間会社に出向中の方、インターナショナルスクールに通う小学生（どこの国籍かは聞き漏らしてしまった）、日本に半年ほど住んでいるというイタリア人、時々ため息を漏らしながら真剣に将棋盤に向かう謎の？トルコ美人などが席に座って、将棋を教わった。<br />
　ＩＳＰＳ会員の清水さんも参加して、外国人に将棋を教えていた。清水さんは、週末に池袋でボランティアとして外国人に将棋を教えているということだ。鎌倉在住の青柳さんという方は、フランス人のお婿さんのためにフランス語の将棋入門のパンフレットはないかとわざわざＩＳＰＳのブースを訪ねてこられた。その場には持ち合わせがなかったが、後日理事長よりフランス語のパンフレットをお送りした。一人、フランスの将棋愛好家が生まれることを期待したい。この他、日本人で、当日のＮＨＫ将棋番組で出た懸賞詰将棋の回答を教えて下さいと言う人やグループでやってきて久しぶりに将棋でも指してみたいという若い人もブースの机に座ったが、いつのまにか午後３時となり、大仏参詣の人の波は途切れなかったが、フェスティバルはお開きの時間になった。<br />
　用意していた英文の棋書や携帯用布製将棋盤は売れなかったが、無料の英文パンフレットはすべて捌けてしまった。席に座って将棋を指した外国人は８、９人であったろうか。<br />
　フェスティバルには、鎌倉周辺で活動するアムネスティの支部やユニセフ協会などの団体がブースを出していたが、当日の活動の中心は会の日ごろの活動を知ってもらうよりバザーで資金集めというところが多いようであった。評論家的に言えば、鎌倉市の方もフェスティバルにどういう意義を持たせようとしているか、誰が訴求ターゲットなのかなど、コンセプトがはっきりしていないという感じである。翌週の国際将棋交流会でも感じたことだが、ＩＳＰＳ自身も日本にいる外国人に如何に将棋を知ってもらい、指してもらえるようになるか、もっと工夫が必要であると感じた。<br />
　ともあれ、すばらしい天気に恵まれ、のんびり将棋を普及した一日であった。』</p></div>
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        <title>日本から一番近いヨーロッパで(17号、2001.9.15)</title>
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        <published>2004-10-04T09:30:58+09:00</published>
        <updated>2009-07-27T15:17:45+09:00</updated>
        <summary>☆2001年7月初旬 　今年の夏休みは、Finlandに行こう。8月1日から始ま...</summary>
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        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="北欧（スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランド）" />
        
        
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p><b>☆2001年7月初旬</b><br />
　今年の夏休みは、Finlandに行こう。8月1日から始まる夏休みへの準備はここから始まった。航空券の手配、ホテル予約、、、、ついでにインターネットのShogi-Lへの投稿を忘れない。<br />
「8月1〜12日、Finland(特にOulu)にてVacation予定。将棋大会の情報求む」という旨を英語で発信。(<b>まりこま</b>）</p><p>☆その翌日<br />
　さっそく、私信もふくめて3通の返事が来た。あまりのレスポンスに驚くとともに単純に喜ぶ。結局、後日連絡をくれた方、Stockholmなら近いよ、という情報をくれた方も含めて５人の方から連絡があった。本当にありがとうございました。<br />
　その中で、Oulu在住のJouniさんから、「我々のシャンチー、将棋、チェスのクラブに遊びに来ないか？」というものがあり、２つ返事で決める。<br />
　Oulu….ご存知の方はご存知であろう、北欧最先端のIT都市、あのNOKIAのMobile研究所のある町。しかし10万都市である。日本の「将棋」を趣味にしているFinland人がいる、、、それだけでもう感激物。</p>

<p><b>☆7月下旬</b><br />
　お土産は何にしようか、、、、色々考えて「週刊将棋」の最新号と阪田流向飛車の本にするJouni氏は将棋の勉強のため、日本語の勉強を始めたらしい。</p>

<p><b>☆8月某日（対局）</b><br />
　ようやく、、、、Jouniさん達との将棋の日。正午にホテルまで迎えに来てもらう。<br />
　Jouni Tolonenさん39才、Oulu大学でコンピュータを専攻するデュプロマ。チェスは公式Ratingで2150持つという、、、、さっそく、公民館のようなところでJouniさんと対局。イギリスで買ったという盤は青いゴム製。駒は簡易文字ではあるが浅掘り。<br />
　実は、ChessのRating等は後から知った話で、実際対局が始まるときには、どの程度強い方なのかわからない、、、。図１は、後手の筆者が５四歩と追い返したところ。<br />
<img alt="17_marikoma_1.JPG" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/17_marikoma_1.JPG" width="207" height="224" border="0" /><br />
　銀を６六に引く。この手の善悪を論じられるほど筆者の棋力はないのだが、一歩を<br />
手に四枚矢倉に組もうという構想に「これは、僕より強い！」<br />
<img alt="17_marikoma_2.JPG" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/17_marikoma_2.JPG" width="207" height="224" border="0" /><br />
　図2は、終盤への入り口。この直前に筆者の悪手があり、的確に咎められ、、、、ここでの４二角成は驚き。ChessPlayerが成り捨て！Jouni氏の実力はどの程度であろうか？</p>

<p><b>☆８月某日（その後）</b><br />
　対局を終え、感想戦も花が咲き、、、としているところに、Kim氏登場。もう２０年以上前からFin国にて仕事をしている日本人。結局、Kim氏の御厚意で御自宅にお邪魔する。Kim氏の将棋は相当のもの。そして、、、、Kimさんの奥様、Leenaさんは、最近、将棋を覚え始め、マグネット盤で特訓の毎日！だという！！そのLeenaさんの手料理を戴き、Finlandの夜は更けていく。</p>

<p><b>☆ホテルに戻って</b><br />
　Jouni氏は、将棋をFinlandに広めることに非常に熱心な方である。僕と将棋を指した翌週には、近隣の方へ将棋Tutorial　＆　将棋大会、を企画運営実行し、講師もすれば、大会では優勝してしまう、という熱の入れよう。今年10月にも、Mind Sportsのイベントを計画している。故大山名人との比較は意味がないだろうが、まさにそういう感じであった。<br />
　Jouni氏からは、フィンランド語で書かれた将棋入門書（Leaflet）のコピーを戴いた。これはすばらしいお土産である。１９９１年に書かれた、Finland語での将棋入門、、、、次回、Finlandに行くときまでにそれを読めるように、、、なれればよいな、と密かに勉強中である。Finlandと日本は直行便で９時間。一番近い、ヨーロッパなのだから、もっともっと、仲良くしたい。</p>

<p><b>☆8月某日（帰国後）</b><br />
　来年も８月に将棋大会を企画しているというメールを貰う。来年も行かねば。。。</p></div>
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        <title>東京北京小学生交流大会第2回大会を北京で開催する夢(2001.9.15)</title>
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        <published>2004-10-04T09:22:31+09:00</published>
        <updated>2009-07-01T20:43:27+09:00</updated>
        <summary>　第二回大会を北京で開催する夢 　東京と北京の小学生の将棋交流会を、定期的に行お...</summary>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　第二回大会を北京で開催する夢<br />
　東京と北京の小学生の将棋交流会を、定期的に行おうという企画の第一回は、7月31日に、ほぼ計画どうりに実現されました。本号はその特集号としてかなり詳しく様子をお知らせすることができたと思います。(<b>眞田尚裕</b>)</p><p>　小なりと言えどもNPOとなったISPSを、沢山の個人・団体が支援してくださいました。後援団体だけでも外務省、東京都、NHK、日本将棋連盟など7団体を数え、ミニスポンサーとして寄付をお寄せくださった方々は50名に達しました。内容的に反省点はいくつかあるにしても、何もないところから兎にも角にも第一回目の大会を実施することができたのは支援して下さった方々のお陰と感謝して居ります。<br />
　かけはし15号の「ISPS夢と計画」でもお話したように、この催しは初めから1回限りのものでなく長期的、計画的に行うことを目指しています。そこで大切なことは、第2回大会をいかに成功させるかです。タイトルは「第2回北京・東京小学生将棋交流大会」にしようかと考えています。<br />
　ISPSの財政が豊かでも、貧弱でも、来年は東京の小学生を北京へ連れて行って第2回大会を実現させようと夢見ています。実行計画はこれからですが又、大勢の方々のご理解とご支援とを求めることになりますが、よろしくご協力ください。<br />
　第1回の時よりはやりやすい条件が、整っています。第一に、来年は日中国交正常化30周年記念の年ということで、中国側でも、主催の北京市崇文区少年宮は勿論、中国棋院、北京市などもこの種のイベントが北京で開催されることを望んでいると聞いています。又、NHKインターナショナルからは国交正常化30年記念特別番組の中にこの小学生の将棋交流の様子を取り入れたいので共同企画にしてほしいとの申し入れも受けています。NHKと共同ということになれば企画は三倍ぐらいに膨らむかも知れません。スポンサーも「ミニ」だけでなく、大スポンサーがつく可能性もあります。予算があれば、同時に上海の小学生を北京に呼ぶことが出来るかも知れません。<br />
　「夢はできるだけ大きく、やる事は着実に一歩ずつ」がISPSのモットーです。<br />
　今、第二回の企画立案を前にして、夢を広げています。</p></div>
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        <title>東京・北京小学生交流大会観戦記(17号、2001.9.30)</title>
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        <published>2004-10-04T09:16:12+09:00</published>
        <updated>2009-07-27T15:17:45+09:00</updated>
        <summary>　７月３１日午前１０時を少し回った、東京飯田橋セントラル･プラザ１０階の東京ボラ...</summary>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　７月３１日午前１０時を少し回った、東京飯田橋セントラル･プラザ１０階の東京ボランティア市民活動センター会議室。日本と中国の両国の子供たち､原田九段、大野六段、北島五段のプロ棋士の方々、将棋を世界に広める会（ＩＳＰＳ）の理事他会員の皆さん。全員が揃って､小学生将棋交流大会が予定通り始まった時は、正直なところほっとした。(<b>山田彰</b>)</p><p>　この大会が始まるまで、チャリティー将棋大会や大会の後援の取り付け、日本側の小学生選手選抜のための予選大会を開催したりした。途中、中国側とのコミュニケーションがなかなか難しく、いろいろな困難もあった。<br />
　さらには、この春以降教科書問題や靖国神社参拝問題が起こり､日中関係にも大きな影響が生じた。この将棋交流大会は､まさかこのような問題の影響を受けることはあるまいと思っていたが､メディアでは現に日韓や日中の文化交流行事が中止になったニュースを報じていた。ＩＳＰＳが北京から子供を招待するのは今回で３回目だが､中国から人を招待する際には､いつもビザの発給に苦労する。今回はその問題はなかったが、直前まで中国側が何人来るかもはっきりしないという状況であった。<br />
　日本側も、予選を勝ち抜いた子供たちが全員来られるかどうか。実際は､選手のうち１名が体調を崩して欠席となった。幸い､補欠を予定していた小学生の一人である宇内君が当日会場にやってきていて､めでたく彼は小学生将棋交流大会の日本側代表選手になった。<br />
　それやこれやはあったが、無事大会の開始にこぎつけたのである。大会の主催は、将棋を世界に広める会と北京市崇文区少年宮。後援は外務省、東京都、日本将棋連盟、ＮＨＫ、囲碁将棋チャンネル、北京市対外友好協会、中国棋院の多数から頂き、また、(株)御蔵から協賛を頂いた。</p>

<p><b>◇開会式</b></p>

<p>　何事につけ、式典というものは子供たちにとっては退屈なものだ。特に今回は、開会式の挨拶から中国語の通訳がつくので、時間が倍かかる。それでも、子供たちは静かに聞いていた。まず、日本側主催者を代表してＩＳＰＳ真田理事長、中国側より北京市崇文区少年宮の袁副主任が挨拶を行った。さらに、審判長の原田九段からは、交流大会の企画に祝意を述べるとともに、このような文化的行事に国家がもっと費用を負担するようになってほしいものだとの趣旨の挨拶を頂いた。日本将棋連盟を代表して理事の大野六段も大会の開催を祝う挨拶を行った。<br />
　最後にＩＳＰＳ轟理事より大会のルール説明が行われた。大会の方式は、なるべく日中対抗を多くする、第２戦以降は同星の選手と対戦、同じ相手には当てない、という形を取った。２敗すると失格で､プロ棋士との指導対局に回ったりすることになる。この形式だと､全勝者の優勝者が１名､３勝１敗の準優勝者が４名出ることになる。<br />
　また、記録を残すため、各選手が対局しながら棋譜を取るように、との指示が出された。子供たち、特に日本側の子供たちは対局しながらの棋譜取りには慣れていないので、ちょっと大変だったかもしれないが、対局後は全員が自分の指した対局の棋譜を相手が書いた分も合わせて手にすることができた。</p>

<p><b>◇対局開始</b></p>

<p>　全対局が日中対抗になった１回戦を駆け足で振り返ってみよう。<br />
　任君と山口さんは、山口さんのゴキゲン中飛車。早速角交換となるが、山口さんが着実にポイントを上げて駒組み勝ちとなった。後で、少年宮の李先生に聞くと、この一局を指して「日本の子供たちは、新しい定跡を知っていますね。中国にはなかなか新しい棋書は少ないので、ついていけないようでした。」と話していた。<br />
　杉本君の四間飛車穴熊に先手の徐君は棒銀に出たが、振り飛車に捌かれてしまい、杉本君が優位を保って勝ち切った。<br />
　李君と太田君は相横歩取り､先手７七桂型となり、乱戦に突入。後手の太田君の隙をつき､李君が馬を作り､優勢になったように思えた。自陣の弱点を補強して、馬を使えば優勢を維持できただろうが､後手は先手の弱点をゴリゴリ攻める展開となり､激しい攻め合いの後､最後は逆転した。<br />
　石橋君と解君の戦いは、横歩取り３三桂型になるが、双方とも慎重で時間を使ったため、最もゆっくりとした進行になった。激しい攻め合いの中、石橋君が一瞬優勢かと思えたが、解君の寄せを見落とし、石橋君の負けとなる。石橋君は、敗北に思わず涙。<br />
　伊藤さんは張君の四間飛車に棒銀を繰り出し、銀の捌きに成功、駒得を果たして、優位を確保した。終盤、張君も薄い伊藤玉によく喰らいついてもつれたが、最後は伊藤さんに凱歌が上がった。<br />
　丹下君と王君の一局は矢倉戦になったが、丹下君が矢倉崩しに成功し、快勝した。<br />
高艸君と潘君は、四間飛車の潘君がいきなり角交換を挑んで、乱戦模様となった。潘君は傍から見ても緊張が感じられる。局面は、潘君に錯覚があったようで、高艸君に両取りの角を打たれ、劣勢になった。高艸君は、その後も落ち着いて押し切った。<br />
　宇内君と雷君は､宇内君得意の筋違い角となり、雷君は桂損したが良く粘って､ねじりあいの将棋になる。最後は､一気に雷君が詰まして中国側に貴重な勝利をもたらした。<br />
　１回戦を終わったところで､日本側の６勝２敗。率直なところ､日本側の棋力のほうが少し上のようだ。それに､遠来の中国少年の方が日本の子供たちより緊張している。<br />
　原田九段は「立派な序盤で､羽生､谷川が指しているようだ。序盤は四､五段くらいは指せている子もいるね」とおっしゃる。<br />
　中国からは､小学生の選手のほかにも将棋を指す中学生などが訪日している。彼らは、北島五段と二枚落ち(四面指し)の対局をつけてもらった。結果は中国少年の３敗１指し分けで残念。でも、自分で取った棋譜にプロ棋士のサインをもらってよい記念になったと思う。</p>

<p><b>◇2回戦</b></p>

<p>　様々なメディアも取材に駆けつけた。ＮＨＫの囲碁・将棋ジャーナル、スカイパーフェクトＴＶの囲碁将棋チャンネル、近代将棋、週刊将棋などなど。将棋世界は､なんと田丸八段・編集長が自らデジカメを持って取材に現れた。<br />
　２回戦は、１勝同士、１敗同士の対局となる。日中対局は４局あったが、日本側の４戦全勝になってしまった。１勝同士の解・太田戦は、相横歩取りになった。日中対局は四間飛車と横歩取りが多かった。図１の△８八歩は、▲同金なら、△３五角か△７五角で馬を作る狙い。先手は、▲５七角から▲２四角と活用していったが、８九に作ったと金が、８八、７八と活躍し、太田君の勝利。</p>

<p><img alt="17_yamada_1.JPG" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/17_yamada_1.JPG" width="207" height="224" border="0" />	</p>

<p>子供たちの対局の合間に､中国側引率の少年宮の李民生先生とお話する。李先生とは､筆者が３年前に北京の少年宮を訪れて以来の再会だ。北京では､現在崇文区の少年宮のみならず､３つの小学校､２つの中学校で将棋のコースがあるそうだ。少年宮では､８０人くらいだが､全部で３００人かそれ以上とのことである。李先生に８人の選手の選び方を聞くと、少年宮で選抜対局を行って決めたらしい。ただ、一人７歳の子どもは勝ったけれども、小さいので、訪日の際には別の選手が選ばれた由である。李先生曰く「小さくても強い子供はいます。」<br />
　２回戦が終わって、昼食休憩に入った。日本側の子供たちに中国の少年の将棋について聞いてみた。「なかなか強いけど、緊張しているせいか、攻めたらいいときに受けに回っちゃうんだよね。もっと攻められたら、やられてしまったかもしれないのに。」これは、少し余裕のコメントか。「中国の子供たちは、遠くからきているから、集中力があって、日本の子供よりもっと真剣みたい。」<br />
　日本と中国の子供たちとが対局していると、良く似て見える。中国の子供は髪が短い子が多かったのが違っていただろうか。</p>

<p><b>◇　3回戦</b></p>

<p>　昼食後、３回戦に入る。２敗した子供たちは、原田九段から指導対局を受けた。山口さんは、ご両親と見えていたが、昼食休憩中に何とチャイナ・ドレスに衣替えしたので、びっくり。指導棋士の小田切秀人さんの教室から３人の子供がこの交流大会に出場しているが、山口さんはその一人。小田切さんが、「中国の子供たちが喜ぶからチャイナ・ドレスを着てみたら」と勧めたら、わざわざ会場に着替えの服を持ってきてくれたそうだ。チャイナ・ドレスは、良く似合って、とてもきれいでした。<br />
　その山口さんは、中国方最強と目される解析君との対局。後手の山口さんの四間飛車に、解君は棒銀戦法に出る。バランスの取れた良い戦いであったが、先手は飛車角交換から飛車を打ち込んでやや優勢になった。後手は、強引な攻めで打開しようとしたが不発、先手の解君が押し切った。解君の実力が良く出た一局だった。<br />
　その他の日中対局は、石橋君が任君に勝ち、丹下君も雷君に勝ち。中国側では張君が宇内君を下した。<br />
　２敗して、失格となった中国の子供たちは、原田九段に挑戦。手合いは二枚落、飛車落、角落、平手といろいろだった。対局を待つ子供たちも、指導対局を囲んで熱心に見守っていた。</p>

<p><b>◇優勝決定戦</b></p>

<p><img alt="17_yamada_2.JPG" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/17_yamada_2.JPG" width="207" height="224" border="0" /></p>

<p>　優勝決定のための４回戦は、太田君と高艸君の対局である。先手太田君は向かい飛車から早速飛車交換を実現。図２は、その直後に高艸君が△８ニ飛と自陣飛車を打ったところである。太田君は、▲８八飛と対抗した。これでも指せていると思うが、▲８七歩と飛車を手持ちにしたかった気もする。この後、△４五歩と角道を開けた後手に対し、▲７四歩、△同歩、▲８五歩、△８三歩、▲７七角、△４三銀、▲７六銀、△６四歩、▲６五歩、△同歩、▲８四歩、△同歩、▲６五銀（図３）と先手は動きを見せたが、これは動きすぎだったようだ。</p>

<p><img alt="17_yamada_3.JPG" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/17_yamada_3.JPG" width="207" height="224" border="0" /></p>

<p>　後手は落ち着いて△５ニ金右とし、▲８三歩、△６ニ飛、▲２ニ角成、△同玉、▲７七桂、△７三桂と相手の手に乗って捌き、先手の攻めに空を切らせる。以下も先手の攻めを完封して、高艸君が見事四戦全勝で栄えある第１回東京北京小学生将棋交流大会の優勝を飾った。太田君は、４人の準優勝者の一人となった。<br />
　また、４回戦では、解析君が相横歩取りの対局で伊藤さんを相手に鮮やかな寄せを見せて勝ち、３勝１敗で準優勝を勝ち取った。この他の準優勝者は、杉本君と丹下君だった。</p>

<p><b>◇表彰式・閉会式</b></p>

<p>　全対局を終えて、表彰式及び閉会式に移った。原田九段から、「大変和やかな会でした。これを契機に１０年、２０年と会が続いていくように望んでいます」と全体の講評があった。<br />
　表彰式では、優勝した高艸君に真田ＩＳＰＳ理事長から優勝カップが授与され、さらに、優勝者と準優勝者には（株）御蔵提供の黄楊駒が贈呈された。他の参加者にも全員参加賞として、磁石の将棋盤が贈られた。加えて、原田九段が自ら署名をした色紙に、大会参加者１６人全員の子供たちが名前を連ねたものを記念の品として一人一人に渡した。子供たちも１６回も自分の名前を書いたので、この色紙は思い出になるだろう。<br />
　少年宮の李先生が日本の招待、大会の運営に感謝の挨拶を述べられた後、真田理事長が閉会の挨拶を行い、来年は東京の子供が北京に行って将棋を指すという計画を発表した。この後、お土産品の交換、記念写真撮影があって、表彰式も無事終了した。通訳のセツさんは、開会式、閉会式を含め、ずっとすばらしい通訳でした。原田九段から将棋も教わっていたので、少しは強くなったでしょうか。<br />
　優勝した高艸君にインタビューしてみた。<br />
　「強い人が多かったので、優勝してびっくりしました。自信は無かったです。印象に残ったのは最後の４局目。中国の子供はまあまあ強いと思う。今は、将棋会館の道場で、四段で指していて、研修会にも入っています。来年はぜひ北京で将棋を指してみたい。」<br />
　高艸君には、お母さんが同行していたが、対局中ずっとビデオを回していた。不思議に思って聞くと、自分は棋譜を取れないから、ビデオを取っておけば後で再現できるからと思ってのことだそうだ。高艸君が優勝するとは全く思っていなかったそうなので、本当に驚いています、とおっしゃっておられた。</p>

<p><b>◇懇親会</b></p>

<p>　大会は終わったが、これだけではない。同じビルのレストランで、懇親会も開催された。日中の子供たちや日本の保護者の方々の有志も参加して、楽しい会になった。<br />
　何人かの人たちの言葉を拾ってみたい。<br />
　山口さんのお母さん。「言葉がわからなくても将棋ができるのをこの目で見て感動しました。感想戦も身振り手振りで大丈夫だったようで、ほほえましい感じでした。」<br />
　伊藤さんのお母さん。「見ているだけでドキドキしていました。棋譜をつけたことがなかったので心配でしたが、ひらがな交じりで何とか大丈夫だったようです。中国の子供たちと指すという本当に良い機会に恵まれました。プロになりたいと親には言ったことがないのですが、前回の予選のルポを読んで、『ああ､そうかな（プロになりたいのかな）』と思いました。」<br />
　伊藤さん本人は、「中国の人は強いと思っていたので、２勝で精一杯でした。相横歩取はあまりやったことがなかった。」<br />
　丹下君は、「準優勝で満足しています。今日は一人で来てお母さんが迎えにきたのですが、準優勝と聞くと、『すごいわ』と言われました。」<br />
　準優勝した解析君はおじいさんと訪日していた。解析君は１０歳で、将棋歴は３年半くらいで、今は月に４回くらい将棋を指しているし、家でも棋譜を並べているそうだ。解君にいろいろ聞こうとすると、はにかんで言葉は少ないが代わっておじいさんがいろいろ答えようとする。「解析は私の将棋の先生です。」きっと孫自慢なのだろう。おじいさんは「詰将棋、中原誠、中田章道」と筆者のノートに書き込んだ。解君は詰将棋の本も読んでいるらしい。<br />
　かって、北京駐在時代の休日に少年宮で将棋を教えていた庄司さんは「４、５年前は私に二枚落ちでも勝てる子は一人もいなかった。今は平手でも負かされてしまう子がたくさんいます。この進歩には驚きと感慨を覚えますね。」と話していた。<br />
　指導棋士の小田切さんには、中国の子供たちの実力を評してもらった。「解析君は、四段の実力はあるし、筋の良い将棋、本筋の手を指しますね。実力的には日本の子供よりむしろ上かもしれない。ただ、いわゆる勝負に辛い手がまだなかなかなので、実戦を多く指すともっと強くなるでしょう。雷君も結構指しますね。形がきれいです。去年１０月のすくすく王将杯の時は序盤がめちゃめちゃだったので格段の進歩です。」小田切さんは、李先生や中国の子供たちにもアドバイスしていた。「中国の子供たちは、序盤と終盤はしっかりしていますが、中盤が課題です。戦いが始まった時に経験が足りないという感じです。中盤の指導のためには、実戦と次の一手問題が良いでしょう。継ぎの一手問題は古くならないし、本を見て考えることができます。」<br />
　日中の子供たちも、セツさんと柴崎さんの通訳を介して、少しお話できたようだ。<br />
　名残は尽きないが、懇親会も終わり、子供たちも引き上げていった。<br />
　来年は、北京だ。<br />
　</p></div>
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        <title>将棋指導者海外派遣制度創設の夢(16号、2001.7.18)</title>
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        <published>2004-10-01T09:24:49+09:00</published>
        <updated>2009-07-01T20:43:27+09:00</updated>
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        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="コラム「夢と計画」" />
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　こんなことができるといいなあ、こんなものがあるといいのになあ、などと思うのが「夢」です。現実にはまだ何の形もありません。夢に描いたことを実現させる段取りの第一歩が計画です。<br />
　将棋を世界に広める会（ISPS）のモットーは「夢はできるだけ大きく、やることは確実に一歩ずつ」です。(眞田尚裕)</p><p>　さて、一昨年まで会が抱いていた夢の一つは「会の法人化」でした。これは、NPO法の成立という追風を受け、玄人の手を頼まずとも、会の内部の力で昨秋実現することができました。<br />
　法人化の次に会が描いた夢は、公的な組織の後押しがある日中の子供の将棋大会を、単発でなく継続的に行いたい、ということでした。これが形となったのが「第一回東京・北京小学生将棋交流大会」です。日本将棋連盟、NHK、東京都、外務省の後援を得て、6月には東京都の予選が行われ7月には中国の小学生を招いて本戦が行われます。（本戦の様子はかけはし17号でお知らせします。）この夢は更に広がって、来年は北京で、日中国交回復30周年記念行事の一環として、第二回大会を計画しょうという段階にまで達しています。１年毎に子供達が、東京へ来たり北京へ行ったりする将棋大会が続けて行われるようになったらさぞ、楽しいだろうな、という夢は現実のものとなりつつあります。</p>

<p>　会の力が以前より強くなってきた今、実現したい夢があります。「将棋指導者海外派遣制度」の創設です。<br />
　昨今中国、ロシア、スゥェ−デンなど日本の将棋の面白さに気づいて、これを普及させようとしている人がいる国が増えています。今後ますます多くなると思われます。<br />
　まだ全く将棋の知られていなかった国で、これを多くの人に広めようとする時に直面する問題点は、これまでの例からみても、（１）将棋の指導者の不足（２）その国の言葉で書いた将棋の本がない（英語で書かれた将棋の本も今まではごく少数でした。）（３）一般に盤・駒が入手しにくい、という3点です。<br />
　今までも将棋のプロの先生方が毎年外国へ行って将棋の指導をしています。又アマチュアでも有志の方が外国人に将棋の手ほどきをしています。パラグァイでは漢字の読めない現地の人のため特殊な駒を創案して教えたなどという例もあります。<br />
　しかし残念ながら、長期的な計画のもとで継続的に行われたことはほとんどありませんでした。そこで今ISPSが、将棋の指導者を渇望している外国の組織又は個人の要請に応えて、将棋の指導者を長期で、又は短期でも断続的に派遣できる制度を創れば効率的、効果的な将棋の国際普及に役立つことになると思います。<br />
　ここまでが、こんな制度があればいいなあ、という夢です。<br />
　具体的なことはまだ何も決まっていません。たとえば、人材をどう集めてどうプールするかとか、その人達をどこの国へどのくらいの期間派遣するのかとか、それらはどうやって決めるのか等々。<br />
　この夢を実現しようとする時には、いくつかのネックが当然予想されます。<br />
　一番大きな問題は、それに要する費用を誰が負担するのか、という点でしょう。<br />
　ISPSが金持ちの団体なら、理事会と総会の承認を得て直ちに計画実施することができるでしょうが、現実はまだ会にはそれ程の財力はありません。<br />
　それでも何とかしたいというのなら、考えられる方法はスポンサーをみつけることです。<br />
　将棋の国際普及を夢見ながら果たせなかった将棋の大ファンの方が巨万の財産遺贈して下さる、などという話は宝くじに当たるようなことで夢のまた夢ですがもっと現実味のある話もあります。<br />
　その一つは「神奈川県青年国際体験活動支援事業」へ相乗りできないかという話です。<br />
　この事業は青年が行う国際体験活動を県が支援しようというもので、県内に在住、在勤、在学する18歳以上30歳以下の人を対象とし（募集人員は10人）受入先を県が指定する体験活動と応募者が自ら内容と受入先を設定するものとがあり、期間は1ヶ月以上6ヶ月以下です。体験活動に必要な経費の半分（上限50万円）を県が助成します。<br />
　公の制度ですからいろいろな制約がありますが、神奈川県に住んでいて将棋の強い青年をISPSが見つけ出して外国へ、将棋の指導に行くために応募させることは不可能なことではなさそうです。例えば横浜と友好都市である上海へ小・中学生の将棋指導に行く体験活動の設定をします。この場合中国語ができる必要があるでしょう。経費の半分は県が出しますから残りをISPSがどれだけ支援出来るか、応募する個人がどれだけ出すかを決めます。<br />
100万円で上海にどれぐらいの期間滞在できるかを逆算して期間を設定します。<br />
　このようなことができればとりあえず指導者派遣ができます。その先継続してやれるかどうかは努力次第でしょう。<br />
　この他にも探せば他の自治体でも同じような制度があるかもしれませんし又国でも似たようなことをやっているかも知れません。そうした制度にうまく乗れば、会が出すお金が少しでも夢をかなえられるかも知れません。<br />
　<br />
　会員諸氏のお知恵を借りてできるところから計画実行していきたいと考えています。ご意見をお聞かせ下さい。</p></div>
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        <title>東京・北京将棋交流大会!(16号、2001.7.18)</title>
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        <published>2004-10-01T09:23:14+09:00</published>
        <updated>2009-07-27T15:17:45+09:00</updated>
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        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="中国・香港・台湾" />
        
        
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　将棋を世界に広める会は、これまでに中国における将棋普及のためにいろいろな支援を行ってきた。将棋を愛する中国の少年を日本に招待する企画もここ２年ほど実施してきたが、今年は7月31日に北京から中国の小学生８人を招いて第1回東京・北京小学生将棋交流大会を行うことを企画した。企画のコンセプトは「かけはし」の前号でも真田理事長が紹介しているとおりであるが、「第1回」と銘打ってあるように、姉妹都市である東京都と北京市の小学生が「定期的に」親善友好を図ることを目的としている。(<b>山田彰</b>)</p><p>　来年のことを言うと鬼が笑うが、日中国交回復30周年に当る2002年には日本の小学生が北京を訪れて交流大会を行うことが目標である。そのためもあり、大会の主催は、将棋を世界に広める会と北京崇文区少年宮の二団体となっている。さらに、外務省、東京都、ＮＨＫ、日本将棋連盟、囲碁将棋チャンネル（サテライトＴＶ）、北京市対外友好協会、中国棋院の後援を頂いた。<br />
　せっかくの交流大会であるので、東京の小学生の代表をしっかりとした形で選ばなければならない。ということで、交流大会の出場選手を決定する予選会を開催することにした。大会開催に当っては、インターネットを使っての告知や将棋道場等への協力依頼により、腕自慢の小学生の参加を募集し、32名の応募を受け付けた。</p>

<p>　６月２３日、梅雨の合間。どんよりした空模様だったが、飯田橋のセントラル・プラザ10階の会場には、受付時刻の１２時半を待ちきれずに子供たちが続々と集まってきた。<br />
　東京ボランティア・市民活動センター会議室を利用した会場には、将棋盤とチェス・クロックが並べられている。囲碁将棋チャンネル寄贈の看板も掲げられた。<br />
　予選会場に集まったのは３１名の小学生。出場を希望した小学生のうち１名だけが欠場となったが、まずは順調な集まりだ。このうち、女の子は２名。<br />
　３１名から８名の交流大会出場者を、限られた時間の中で、できるだけ公平に選ぶために、予選会では敗者復活有りのトーナメント形式を採用した。簡単にルールを紹介すると3連勝すれば予選を勝ち抜けし、交流大会に出場できる。途中で1敗しても、敗者復活戦に回って勝ち進めば、通常4勝1敗で予選勝ち抜き。要するに、2敗するとそこで失格という仕組みだ。<br />
　会場に集まった子供たちは午後1時の開会を待てずに、パチパチと練習対局を始めている。親御さんがついてきているところが多いが、お父さん、お母さんは、静かに座ってちょっと手持ち無沙汰だ。<br />
　1時になり、真田理事長より大会の趣旨を説明する挨拶が行われ、当日の審判長である轟理事よりルールの説明があった。1回戦の対局の持ち時間は10分、切れたら1手30秒だが、子供たちがチェス・クロックを上手に使えるかどうか、ちょっと心配だ。</p>

<p>　ルールの説明も終わり、一斉に対局開始！たちまち、高らかに駒音が響きだした。<br />
　集まってきた子供たちの棋力はばらばらのようだが、みんな駒を持つ手つきは大変よい。テレビドラマ「月下の棋士」の出演者もこれくらいの手つきはして欲しかったものだ。<br />
　ただ、チェス・クロックはやはり使い慣れていない子供が多かったのか、持ち時間１０分を使うどころか、対局開始後３分ぐらいで勝負がついてしまったところもかなりあった。子供は大体早指しなのが普通であるが、10分もしないうちに半数以上が終局という様子だ。<br />
　１回戦注目の一番は、抽選のいたずらで女の子同士の対戦となった山口さんと伊藤さんの対戦。この２人は、時間の使い方も慣れているようだし、受けるべき時には手を溜めて受けに回る技術もあるようで、熱戦が展開されたが、序盤のリードを保った山口さんが落ち着いた指し回しで勝利。筆者としてはせっかくの2人だけの女の子なのでどちらも勝ち抜いてほしいと思わず応援してしまう。<br />
　勝った子供は本戦２回戦へ、負けた子供は敗者復活戦に回る。本戦２回戦で注目したのは杉本君と井出君の対局。井出君の四間飛車穴熊に対し、杉本君は２０００年型トーチカ囲い（８九玉、８八銀、７九金、７八金、６八銀と固める）にがっちりと組み上げる。飛車先の歩を角で交換した杉本君に対し、井出君は２二飛と回り、飛車角交換の大立ち回りとなった。この時点での形勢判断は難しいところだったが、飛車側の桂をうまく捌いた杉本君が一気に攻めきった。<br />
　勝ち抜いていく子供はみんな有段の実力者と見受けられ、級位者の子供たちではちょっと歯が立たない。早々と2敗してしまう子供たちが出てくるのはやむを得ないが、また実力をつけてやってきてほしい。</p>

<p>　子供たちの指し振りは思っていたよりずっと早く、午後２時半ころには、まず本戦組から勝ち抜き者が出た。勝ち抜き第一号は、先ほど紹介した千駄ヶ谷小4年の山口恵梨子さん。<br />
　決定戦となった本戦３回戦は、やはり4年生の宇内君との対局。山口さんに誤算があったのか、宇内君に一方的に馬を成りこまれた上、大駒の捌きを抑えられて、宇内君の必勝形に見えた。ところが、ちょっと筆者が目を離したうちに、宇内君は受けるより一直線の攻め合いに出て、勇み足の寄せになったようで、玉の遠い山口さんが大逆転勝ちを収めた。終局後の山口さんの第一声は「ああ、良かったア。」本人も劣勢を認識していただけに大逆転での予選通過がよほどうれしかったようだ。一方の宇内君は、寸前で逃した代表の座に悔しさを隠しきれない様子だった。<br />
　勝ち抜き第１号の山口さんにインタビューを試みる。山口さんは、盤面を真剣ににらんでいるとちょっと怖いけど、笑うととてもかわいい『メガネの美少女』だ。将棋は１年生のころから四段のお父さんに習った。<br />
　将棋はどんなところが面白いの、との質問に対して「駒を取っていくと自分の宝物が増えて行くような感じがして面白い。」との返事。その答えは、とてもよく分かる。<br />
　将棋の腕前は三段で前回の小学生名人戦本戦にも出場したけれど、１回戦で負けましたと話してくれた。中国の小学生と将棋を指すのもとても楽しみにしているそうだ。<br />
　お父さんにもインタビュー。「プロにさせたいかどうかは、本人次第。自分を超えて、自分に勝ってくれるようになれば嬉しいです。以前は毎日のように将棋を指していたけれど、最近は親子で指すのは週に1回くらいです。」<br />
　<b>−　どうして対局の回数が減ったのですか？</b><br />
「以前は、子供はすごい早指しで、一局10分くらいで終わったのですが、最近はじっくり考えるようになって一局1時間くらいかかるようになったのです。そうするとこちらのほうもなかなか時間がなくて。」<br />
　<b>−　強くなって、良く考えるようになったわけですね。</b><br />
「日中小学生大会で、中国の友達ができるといいなと思います。」</p>

<p>　敗者復活戦組からも勝ち抜き者が出た。こちらも第1号は女の子の伊藤沙恵さん。まだ2年生だが、将棋連盟の道場では二段になったところで、研修会にも月2回通っているとのことだ。将棋を始めたのは、お兄さんに教わって去年の夏からということなので、1年足らずで二段の小学2年生とは将来が頼しみだ。<br />
　<b>−　将棋の面白いところは？</b><br />
「駒が戦うところが面白い。好きな戦法は居飛車舟囲いで、好きな棋士は屋敷さん。将来はプロになりたいです。」</p>

<p>　多摩川小4年の杉本君も勝ち抜いた。決勝の3回戦も玉を堅く囲い、巧妙な捌きで快勝。お父さんと一緒に話を聞いてみる。「5歳の時に始めて今はハマコーボーの道場で三段です。得意なのはトーチカ囲い。<br />
　<b>−　そうだね、2回戦を見て、わかったよ。</b><br />
「お父さんにも習ったけど、今は僕のほうが強いです。大きくなったらプロになりたいです。」<br />
　お父さんは、学生の頃将棋を指していて今は二段だそうだが、いろいろな将棋ソフトを持っていて、杉本君はそれで研究しているという。「プロの道もいいけど、大変厳しいですからね。子供の気持ちが続けば、と思いますが。」勝ち抜いた後の会場で親子は楽しそうに将棋を指していた。</p>

<p>　続々と勝ち抜き者が決まる。石橋君・5年生は連盟道場で三段、毎日のように道場に通っているということだ。<br />
　太田君・5年生は、５才のころお父さんに習って将棋を始めて、今は三、四段クラス。御徒町将棋センターで週に３、４回指しているという。好きな棋士は羽生五冠王。やはり大きくなったらプロになりたいそうだ。</p>

<p>　最後に残った対局は、高艸君（４年）と土屋君（５年）の対決だ。子供たちの対局は猛スピードで進んでいたので、棋譜を取る余裕はなかったが、最後の対局をほんの少し紹介しよう。<br />
　飛車・角が良く動く序盤から、図の場面では龍が成りこんだ先手の優勢だが、飛車成りを後手の高艸君はどう受けるか。</p>

<p><img alt="16_yamada_1.JPG" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/16_yamada_1.JPG" width="207" height="224" border="0" /></p>

<p><br />
△８三歩▲８五飛△２九龍▲３五飛<br />
△３二歩▲６五角△８二銀▲４三角成<br />
△４ニ香 ▲６五馬△１八龍▲３八歩<br />
△７ニ玉 ▲２ニ歩△４三桂▲３七飛<br />
△２ニ銀（以下略）</p>

<p>　△８三歩は、▲同飛成なら△８二香で龍を殺すことを見せる、落ち着いた一着。<br />
先手で飛車を追った後、悠々と桂馬を取って後手は優勢をはっきりさせた。▲２ニ歩など必死の手作りだが、後手は落ち着いて先手の攻め手を消し、その後も秒読みに慌てず落ち着いて押し切った。<br />
　高艸君も連盟の道場で三段として指しており、研修会ではＥ１クラスに所属している。２年生の秋に、お母さんから駒の動かし方を習ったということだ。</p>

<p>　すべての対局が終わり、８人の勝ち抜き者が決まった。ただ、栗尾君（６年）が７月末の交流大会にはどうやら出られないということで、敗者復活戦の決定戦で敗れた３勝者の４人がじゃんけんをして、勝った有村君が交流大会出場権を得た。じゃんけんに勝った有村君は、「やったー」と両手を上げて大喜びだ。</p>

<p>　勝ち抜き者は次の通り。<br />
<b>☆３連勝</b>　　　　　<br />
山口恵梨子（４年）、杉本和陽（４年）、太田和希（５年）、栗尾軍馬（６年、交流大会出場辞退）<br />
<b>☆敗者復活勝ち抜き</b><br />
伊藤沙恵（２年）、石橋峻士（５年）、丹下主一（５年）、高艸賢（４年）、<br />
<b>☆敗者復活成績優秀者＝３勝者</b>　　<br />
有村章宏（５年、交流大会出場）、土屋義孝（５年）、宇内駿（４年）、小浦吉登（６年）</p>

<p>　じゃんけんで負けてしまった、土屋君、宇内君、小浦君も補欠として交流大会に来てもらうようにしてもらった。交流大会にはプロの棋士の方も来られるので、大会そのものには出られなくても指導対局などを指してもらえるというわけである。</p>

<p>　勝ち抜き者には、真田理事長より交流大会参加認定証を授与し、みんなで記念写真を取って、予選会は無事終了した。<br />
　今回の予選会にはＩＳＰＳの理事を始め大勢の会員がボランティアとして会の運営を手伝った。また、７月の交流大会のために会員その他から寄付を頂いており、この場で感謝の意を表したい。<br />
　勝ち抜いた小学生は、いずれも三段クラスの強豪で、７月の交流大会では中国の小学生と、楽しく、堂々と腕を競ってくれるものと期待している。<br />
　　　　</p></div>
]]>
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        <title>東京−北京小学生交流将棋大会を主催しよう(15号、2001.3.15)</title>
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        <published>2004-10-01T08:58:36+09:00</published>
        <updated>2009-07-01T20:43:27+09:00</updated>
        <summary>　将棋が強くなった北京の小学生3名を『ISPS』が初めて日本へ招いたのは1997...</summary>
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        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="コラム「夢と計画」" />
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　将棋が強くなった北京の小学生3名を『ISPS』が初めて日本へ招いたのは1997年です。そのころは一般の中国の人が、国外へ出るのは簡単なことではなかった様です。それ以来4年、北京から、そして上海から小中学生が数名ずつ、毎年何回か将棋を指すために来日しました。昨今では海外渡航規制もかなり緩和されたと聞いています。（眞田尚裕)</p><p>　そこでこのあたりでそろそろ中国と日本との公の機関が後押しをする、定期的で継続的な"小学生による将棋の対抗戦"が催されてもよいのではないかと考えました。下記はその夢を実現するための企画書です。<br />
　この企画のポイントは、姉妹都市である中国の北京と日本の東京とを将棋で結ぼうというもので、今年1回だけの単発的な催しではなく、来年は北京で再来年はまた東京でという様に交互で定期的にと考えております。言葉の壁は懸念されますが、主役は小学生です。たとえ言葉は通じなくても将棋が指せれば心は通じます。この対抗戦が継続的に行われれば、心を通じ合わせた子供の数が毎年毎年増えていくはずです。<br />
　この催しの第1回目の大会を『ISPS』が主催して今年7月に実行するということになりました。都内の予選は5月か6月です。<br />
　実現に向けての一番の問題点は「経費」です。中国側が全額自己負担で来てくれれば大会の運営費だけですみます。将来はそうなるかも知れませんが、現時点では援助をしなければ、予定している10名の方が中国から来ることは不可能です。<br />
　今回の催しに必要な経費は105万円とします。これを捻出するために今いくつかの方法を考えています。<br />
◆1つの団体・企業で全額寄付して下さるところを探す。<br />
◆東京−北京小学生将棋交流大会を支援するためのチャリテイー将棋大会を開催する。<br />
（企画書別紙）<br />
◆ミニスポンサーを募集する。個人1口1万円、企業・団体1口10万円</p>

<p>　『ISPS』が主催ですからまずはISPS会員に呼びかけますが、もちろんそれ以外の一般個人・企業の応援も大歓迎です。もし寄付が予想以上に集まった時には来年以降のための基金にします。ISPS会員諸氏のの強力な応援をお願いします。</p></div>
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        <title>第4回日中子供将棋大会(15号、2001.3.31)</title>
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        <published>2004-10-01T08:55:46+09:00</published>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　12月2日（土）13:00〜16:00、北京日本人学校内の会場にて『第4回日中子供将棋大会』が開催され、予選を通過した北京崇文区少年宮24名、北京日本人学校24名合計48名が参加しました。(<b>森本幸男</b>)</p><p>　少年宮側は李民生先生が引率し、日本人学校側は茅野修校長、清水茂夫教頭、岡正純先生が世話役を、弘電社北京事務所の山田勝さんが司会、三菱電機の庄司政義さん、三菱電機北京事務所の王トンさん、王魏さん、弘電社北京事務所の王氷寧さんが進行役と審判員を務めてくださいました。<br />
　学年別に高学年、中学年、低学年の3グループに分かれて、前半は4人一組のリーグ戦を実施。後半はリーグ戦の成績により6組に分かれてトーナメントを行いました。<br />
子供たちは礼儀正しく、勝負が決まった時や、質問がある時はサッと挙手するなど、見ていてすがすがしい思いでした。中国側も日本側も子供たちがこの将棋大会を腕試しの場としてたいへん楽しみにしていることを肌で感じました。<br />
　優勝、準優勝および敢闘賞者には、盾そして米長先生御寄贈の色紙を授与・表彰しました。また、当会からは将棋駒を参加者および北京崇文区少年宮と北京日本人学校に贈呈しました。<br />
　今回で4回目となる本大会は、現地の関係者の熱意と尽力で実現しました。当会としましては、今後も中国における将棋の広まりとレベルの向上につながるような支援活動を推進していきたいと考えております。</p></div>
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        <title>『北京天田杯』開催！(15号、2001.3.15)</title>
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        <published>2004-10-01T08:53:00+09:00</published>
        <updated>2009-07-02T11:01:00+09:00</updated>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　約3年前、将棋の雑誌で中国、とくに北京と上海で日本の将棋が流行していることを知りました。私は職業柄、中国には毎年5～6回は出張していますが，訪問地のほとんどは北京と上海です。<br />　2年前のこと、北京の宗文区の少年宮で子供達が日本将棋を学んでいることを耳にしました。場所は私が勤めている、㈱アマダと同じく北京市の「北京天田」と言う現地法人から徒歩10分のところです。</p><p>　以前からこの国に個人としてなにか出来ることがないかと思っていたので、匿名で古い将棋雑誌を北京の友人経由で子供達に毎週送ることにいたしました。<br />　ある日、子供達に将棋を指導している、李老師が「北京天田」をたずねてきて、小生が北京に来たときに会いたいとのことでした。それからは出張時の休日を利用しては手土産をもって子供達と対局するようになりました。<br />　そのころは、北京に駐在されて熱心に指導されておられた森本氏が日本に帰任となり、子供達は寂しそうな時期でした。小生は森本氏のように中国語は堪能ではないのですが対局するぶんには何とかコミュニケ－ションがとれました。<br />　子供達の礼儀正しさと純粋さ、そして将棋にたいする情熱に感動すら覚えました。<br />　そのうち、李老師からなんらかの大会を開催したいと依頼があり会社の有志39名の寄付金と「北京天田」の賛助金によって&quot;北京天田杯&quot;を開催しようということになりました。<br />　12月6日から約100名の小学生の予選が始まり、16日の午後から準決勝と決勝が行われました。<br />　当日は北京テレビや北京日報などのマスコミが注目するなか、中国棋院、北京棋院、宗文区の教育委員会・体育委員会ほかの協力を得て大会は無事終了いたしました。<br />　優勝者は李君，準優勝者は任君、3位は解君のトリオでした。<br />　この3人は近代将棋社主催の『第20回すくすく王将杯』の全国大会で準優勝したメンバ-です。入賞者全員にトロフィ-、盾のほかに日本製の文房具を賞品とし、全員とてもうれしそうでした。<br />　大人たちにとってこの日は本当に久し振りにさわやかな一日でした。素晴らしい文化交流となるように毎年1回は開催しようと思っています。<br />　子供達の顔を見ているだけで幸せな気分になれますから。</p></div>
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