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    <title>かけはしアーカイブズ - 将棋を世界に広める会: 2003年発行</title>
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        <title>芽吹いたか？東欧にまいた将棋の種(26号、2003.12.20)</title>
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        <published>2004-10-27T14:35:28+09:00</published>
        <updated>2009-07-01T20:43:31+09:00</updated>
        <summary>　ウクライナ 　ウクライナ最強のキエフ在住のアルテム・コロミエツ三段から時々メー...</summary>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p><b>　ウクライナ</b><br />
　ウクライナ最強のキエフ在住のアルテム・コロミエツ三段から時々メールが届くようになりました。嬉しい事に、こんな便りがありました。<br />
　「私は将棋を友人や生徒に教え始めています。私と友人のチームが、第一回ウクライナ将棋チーム選手権で優勝しました。将棋だけではありません。私の生徒がキエフのチェス少年選手権で優勝し、私自身もキエフの最強のチェス選手権で優勝しました。将棋は思考力を高めてくれるようです。私共は将棋を指し続け、そして研究し続けます。」</p><p>　第一回ウクライナ将棋チーム選手権は、１０月１２日（日）にキエフで開催されました。１チーム４名。キエフからはコロミエツ三段のチームとあと２チーム、リフネ（ロブノ）からはウイクトル・シェヴチュック先生率いる１チーム合計４チームが参加しチームの総当たり戦となりました。持ち時間３０分その後は一手３０秒の秒読みです。その結果、コロミエツ三段のチーム（コロミエツ、ウラジミール・ラティシェフスキー、アナトリー・キリエンコ、セルジー・ニシチー）が３戦全勝で優勝。シェヴチュック先生のチーム（シェヴチュック、セルヒー・マリノフスキー、コスティヤンティン・ロパチュック、ミハイル・シェヴチュック）が２勝１敗で準優勝でした。<br />
　８月に訪問した際、リフネのウイクトル・シェヴチュック先生は初段の実力があると考え、帰国してから鈴木副理事長と相談して勝俣理事（日本将棋連盟指導員）に初段の認定をして貰いました。シェヴチュック先生からは、お礼のメールが届き、「近いうちに将棋はウクライナでチェス同様ポピュラーになると思っています。」と言ってきました。<br />
　また、シェヴチュック先生の協力者の、ユリー・エロシュキン氏から、第一回ウクライナ青少年将棋大会を、11月２９日（土）と３０日（日）にリフネで開催した旨連絡がありました。参加者はなんと３８名という多さ。３名がリフネ郊外のコストピル村からで、３５名はリフネから。一人７局。持ち時間３０分。後は３０秒の秒読み。優勝は７戦全勝のシェヴチュック先生の長男のミハイル君（２級）。準優勝はミハイル君に負けて６勝１敗になったコスティヤンティン・ロパチュック君（２級）。３位は５勝２敗のセルヒー・マリノフスキー君（１級）。このあたりが強くなって、皆を引っ張っていってくれると期待しています。また、キエフからは参加がなかったのは残念ですが、特急列車で片道６時間半もかかるのですからやむを得ないでしょう。むしろ、リフネ大会とせずに、ウクライナ大会としたのは、リフネを国の将棋の中心地にしようという考えのようで嬉しく思いました。<br />
　なお、現在、日本将棋連盟ウクライナ支部の加盟者は、キエフ在住者が３４名、これにリフネ在住のシェヴチュック先生が加わっているそうです。</p>

<p><b>ロシア</b><br />
　サンクトペテルブルグのユリー・シュピリョーフ氏から連絡がありました。<br />
　第一回ロシアオープン将棋選手権が１１月１５〜１６日にサンクトペテルブルグで開催されました。サンクトペテルブルグ、モスクワの他、ニジェノブゴロドとオネガの四都市からの合計１５名の参加がありました。持ち時間４０分、あとは３０秒の秒読み。対局は６局ずつ。<br />
　５勝１敗で３名が３すくみで並びましたが、対局者の持ち点の関係で、ニジェノブゴロドから来たビエロフ・セルゲイ二段が優勝、準優勝にユリー・シュピリョーフ１級が入り、ビクトル・ザパラ初段は３位になりました。ダニール・クリン１１級が３、４級を抑えて４勝２敗で４位に入りました。同君とは８月にウクライナで対戦しましたが、急速に力をつけてきているようです。同君の希望したビニール盤をISPSから送ってあげたのも役立ったのでしょうか。</p></div>
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        <title>「日韓将棋チャンギ交流大会」実施報告と今後の夢(26号、2003.12.20)</title>
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        <published>2004-10-27T14:28:00+09:00</published>
        <updated>2009-07-02T11:18:04+09:00</updated>
        <summary>　かけはし24号でお知らせした日韓の交流大会を実施しました。(眞田尚裕）</summary>
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        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="韓国" />
        
        
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　かけはし24号でお知らせした日韓の交流大会を実施しました。(<strong>眞田尚裕</strong>）</p><p>　　　　　　　　&nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp; ---- 第1回日韓将棋チャンギ交流大会実施報告 ----</p>

<p>&nbsp; &nbsp; 実施日　　&nbsp; &nbsp;2003年11月1日（土）・2日（日）<br />&nbsp; &nbsp; 実施場所　　ソウル特別市　韓国チャンギ協会<br />&nbsp; &nbsp; 参加者　　&nbsp; &nbsp;日本側　プロ棋士1名（所司和晴六段）を含むISPS会員22名<br />　　　　　　　&nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp; 韓国側　韓国チャンギ協会会員、将棋を学びたい小中学生<br />&nbsp; &nbsp; 交流会内容&nbsp; 第1日　チャンギの講習と実戦指導<br />　　　　　　　&nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp; 第2日　将棋の講習と実戦指導　自由対局<br />&nbsp; &nbsp; 主催　　　　将棋を世界に広める会　韓国将棋協会<br />&nbsp; &nbsp; 後援　　　　在大韓民国日本国大使館　<br />&nbsp; &nbsp; 助成　　　　国際交流基金アジアセンター</p>

<p>&nbsp; &nbsp;上記は「韓国チャンギ協会」と「将棋を世界に広める会」とが協力して今後継続的に行う日韓将棋チャンギ交流事業の第1回イベントとして行つたもので2004年には日本の将棋に強い関心をもった韓国の小学生を日本に招聘します。<br />　交流会は金応述会長を初め韓国チャンギ協会の皆さんのご尽力により実現しました。日本の参加者全員がチャンギを習いました｡日本の将棋とは少し違った味のなかなか面白いゲームです。チャンギの高段者や小学生達に将棋を教えました。チャンギの強い人はすぐにコツを理解し面白さも分ってくれたようでした。<br />　第1回大会の初期の目的は充分に達成できたと思っています。ご支援を頂いた韓国側日本側スタッフの皆さんに感謝します。<br />　この交流をたった一回限りのイベントに終わらせない為に今後の夢と計画が大切です。<br />まだ正式発表の段階ではありませんが一つグッドニュースがあります。<br />　現在㈱ワールド将棋（日本で言えば、韓国チャンギ協会の子会社です）が韓国に「日本<br />将棋指導者養成所」の創設を計画しています。2004年1月～2月に日本将棋の韓国人指導者100名を養成し、3月の新学期から各地の小学校（と幼稚園）で課外授業で将棋を教えようという遠大な話です｡これは今までどこの国にもなかった画期的なことです。ISPSとしては「日本将棋指導者」を特訓する講師2名（ISPS会員）を1月～2月に韓国へ派遣する予定です｡この件については日本将棋連盟も米長普及担当専務理事を中心に支援して下さる方向です｡また､国際交流基金ソウル日本文化センター（久保所長）のバックアップも頂ける見通しです。<br />　更にISPSは日韓将棋チャンギ交流事業の第二ステップとして将棋を習得した韓国の小学生を日本へ招いて「第二回日韓将棋チャンギ交流大会」を、2004年8月下旬に開催する計画です。今のところ資金的な目途が立っていないので招く小学生は2名（付き添いの大人１名）の予定ですが、二人では「大会」にならないという声もあり、今後資金集めの努力をして枠を広げた大きな会にしたいと思っています｡<br />　また日本側の受け皿として､韓国と将棋を通じて交流を持ちたいと考えておられる小学校を公募してはどうかなどという案もあります。<br />　会員の皆さんの知恵と力をお貸しください。</p></div>
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        <title>一口情報「光速の終盤術」の英訳開始</title>
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        <published>2004-10-27T14:24:34+09:00</published>
        <updated>2009-07-01T20:43:31+09:00</updated>
        <summary>　谷川浩司著「光速の終盤術」の翻訳が将棋好きでプロの日英翻訳家のイギリス人 Ri...</summary>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　谷川浩司著「光速の終盤術」の翻訳が将棋好きでプロの日英翻訳家のイギリス人 Richard Sams さんによって開始され、当会会員のReijer Grimbergenさん（佐賀大助教授（当時、現山形大学助教授）の<a href="http://gamelab.yz.yamagata-u.ac.jp/SHOGI/shogipage.html">ホームページ</a>で、第一章から三章までが既に公開されている。（<b>かけはし編集部</b>）</p><p>　日本語の将棋の本で定評のあるものがプロの翻訳家によって英訳されるのははじめてのケースとなる。今後毎月1-2章ずつ翻訳を進めていく予定のようだ。<br />
　将棋独特の術語がプロの手でどのように訳されていくのか要注目。</p></div>
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        <title>韓国のかけはし(26号、2003.12.20)</title>
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        <published>2004-10-27T14:17:37+09:00</published>
        <updated>2009-07-01T20:43:30+09:00</updated>
        <summary>　旅の前、ＪＴＢから送ってきたガイドブックの中の、１行に目が止まった。 　日本語...</summary>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　旅の前、ＪＴＢから送ってきたガイドブックの中の、１行に目が止まった。<br />
　日本語カフェ「カケハシ」とある。場所は延世大学のある街、新村（シンチョン）だ。旅の日程を見ると、三日目が自由観光とあるから、このときにでも行ってみようと思った。(<b>湯川博士</b>)</p><p>　幸いにも三日目のオプション観光は午後二時終了で、夕方五時半まで自由である。同室の有山さんを誘うと即ＯＫ。前夜盛場探訪した宇都宮さんもＯＫ。若手の清水君も一緒になり、四人で出発。もよりの地下鉄駅新村で少々迷ったが、店へ電話すると日本語で案内してくれた。地下鉄１番出口から現代百貨店前を通り現代自動車を右折し百米、左側ビル二階に「KAKEHASHI」という看板が見えた。<br />
　中はけっこう広く、日本好きの若者や日本の商社マン、留学生が常連らしい。若い店員は日本からの女子留学生だった。<br />
　さっそくそこに居た韓国の女子大生ら３人組に話かけると、乗ってきたので、私の将棋セットで日本将棋を教えることにした。<br />
　こうなると若い清水君の出番で、１人で３人相手に奮闘だ。我々中年３人は、その光景を見ながらお茶を飲み、楽しく歓談する。その間にも私は、女子店員から最新韓国事情を取材する。<br />
　最近の若い韓国人は、アニメ、ファッション、人気タレント、音楽などから日本への興味を深め、日本語の勉強をする人が多い。その日本ブームの最盛期は少し過ぎたところだが、本格的に学ぼうとする人はけっこう増えているそうだ。<br />
　帰る時に気が付いたのだが、店内には将棋のセットが２つもあった。<br />
　ここは若者のグループが安くパーティーをやる場所なので、将棋の催しをやってもいいかな、と思った。これから韓国へ行く方にはお薦めの場所です。<br />
（ソウル特別市西大門区倉川洞53ー11　TEL02・332・0505)</p></div>
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        <title>相手側の熱心さにタジタジ(26号、2003.12.20)</title>
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        <published>2004-10-27T14:14:28+09:00</published>
        <updated>2009-07-01T20:43:30+09:00</updated>
        <summary>　私は今年新入会員になったばかりですが、日韓交流の旅で、はじめてソウルに行きまし...</summary>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　私は今年新入会員になったばかりですが、日韓交流の旅で、はじめてソウルに行きました。<br />
　行く前に一度、チャンギの駒の動かし方を習いましたが、ソウルの協会で立派な日本語のテキストをいただき講習を受け、どうにか指せる様になりました。(<b>相徳千恵子</b>)</p><p>　講習会のあと、チャンギ六段の人が相手をしてくれましたが、回りにいた韓国の人達は見かねて私の手に口を出しはじめました。それでも我慢ができなくなり手まで出し、大騒ぎになりました。誰が指しているのかわからなくなりましたが、これこそ、最高の親睦交流だと実感しました。<br />
　翌日の日本将棋の講習は所司六段が講師でしたが、さすがに見事なもの、私には色々な意味で大変勉強になりました。<br />
　それにも増して韓国人の日本将棋に対する熱心さには驚かされました。子供たちに日本将棋を教えるための先生を養成したいので、講師派遣の依頼があったと聞きました。<br />
　将来、日本の将棋界でも、名人や竜王が韓国人という事になるかも知れません。<br />
　種をまいた「広める会」にとって、嬉しいような、怖いような複雑な思いです。<br />
　皆さま、楽しく有意義な旅をありがとうございました。<br />
　　</p></div>
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        <title>第一回韓国チャンギ・将棋交流の旅(26号,2003.12.20)</title>
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        <published>2004-10-27T14:05:23+09:00</published>
        <updated>2009-07-01T20:43:30+09:00</updated>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　今回の交流会への参加者は２２名。将棋を世界に広める会（以下ISPS)の会員はもとより、一般の方や、韓国将棋協会（以下チャンギ協会）日本支部からの参加もあった。（<b>細根雄治</b>)</p><p>　スケジュールに余裕がないため、ソウル到着後旅装も解かず、韓国チャンギ協会の交流会に臨みました。<br />
　チャンギ協会、ISPSの幹部紹介の後、金応述（キムウンスル）会長の挨拶から、交流会は始められた。　「韓国チャンギ愛好者１，０００万人、プロ棋士２２０名を代表して皆さんを心より熱烈歓迎します。韓国チャンギ協会設立５０周年に当たる年に、歴史的第一回交流会を持てた事を嬉しく思います。これを機に両国の交流が深まり発展出来ますよう祈っております。」<br />
　これに応えて、ISPS眞田理事長の謝辞。<br />
　「今春韓国の皆様にお約束したように、多くの将棋愛好家と一緒に来ました。韓国と日本は近くて遠い国と言われています。日本の将棋好きがチャンギを知らない。韓国のチャンギ好きが日本の将棋を知らない状態です。お互いに相手の国の将棋を教えて貰う形で民間交流を進めていきたい。今回の交流を第一歩として末永くおつき合いをお願いしたい。お招きいただいたことに感謝します。」<br />
　続いて、日本将棋連盟・所司六段の挨拶。<br />
　「私は今回初めて来韓しました。私は世界の将棋に興味を持っていて、韓国の人とチャンギを指せる事を喜んでいます。この世界もインターネットで国際的になって来ている。今後は外国人の将棋棋士誕生を望んでいます。囲碁の世界のように将棋でも韓国の方々との交流を広めていきたい。日本将棋連盟としてもお手伝いをしていきたいです。」<br />
　今後韓国の幼稚園・小学校に将棋を普及させる責任者の、朴（パク）副会長からは、日本語で現状の報告と、将棋の教師や資料が足りないというお話がありました。<br />
　今回の交流を通じて、お互いの悪い感情を無くすようにしたいということも、言っておられた。<br />
　日本からの一行は、李興相（イフンサン）研究院長・六段から一時間にわたって、チャンギの指導をしていただいた。<br />
　チャンギは、中国の劉邦と項羽の漢（ハン・赤）軍と楚（チャン・青）軍の戦いです。<br />
　駒はそれぞれ１６枚で、王である漢、楚以外の戦力は、車「チャ」二枚、包「ポ」二枚、馬「マ」二枚、象「サン」二枚、士「サ」二枚と、兵隊が五枚ずつありますが、漢軍は兵「ピョン」、楚軍は卒「チョル」です。<br />
　車は殆んど将棋の飛車ですが、包は一つの駒を飛び越えて進みます。馬は八方ケイマに、象は八方大ケイマに動きます。兵・卒は前横に一路ずつ、漢・楚・士は城内の線上を一路ずつ動きます。<br />
　配置は線の交差する線上に置き、横線が９で、縦線が１０あり、それぞれの中央下部の二枡にX線が引かれ、そこがお城で、漢・楚・士はその中しか動けません。<br />
　駒の動き方がダイナミックで、初心者には競技中どこから敵が飛んでくるか判らず、驚きますが、視覚的に明るく陽気な競技です。<br />
　二日目は午前中に所司六段からチャンギの強い人たち２〜３０人に日本将棋の講義が行われました。受講者は熱心で、質問も飛び交い、この際一気に覚えてしまおうという意気込みが感じられました。<br />
　午後はISPSの会員が、将棋を覚えたての韓国の人たちのお相手をしました。<br />
　皆さん、チャンギとの違いに戸惑っていましたが、物おじしない姿勢に、何年か後には対等に指せる人が出てくるという確信が持てました。<br />
　ISPSの会員同士は、ホテルでの余暇時間に、お土産にいただいたチャンギの盤を広げ、「チャングン」（王手）と声をあげていました。<br />
　韓国がすごく身近であること、それなのにお互いの文化について、殆んど知らなかったことを身をもって体験し、次の機会にはもっと和気あいあいと過ごせるよう、研鑚しておきたいと痛感しました。<br />
　三日目の市内観光も天気晴朗で、紅葉の美しいソウル市内の名所を巡り、どこで食べた食事もおいしくて、参加者全員が満足した三泊四日の旅行となりました。</p></div>
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        <title>「東京小学生将棋大会」ＳＡＲＳに負けるな、がんばれ北京(25号、2003.9.27)</title>
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        <published>2004-10-26T16:42:56+09:00</published>
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        <summary>　2003年の世界の十大ニュースをあげるとすれば、イラク戦争が第1位に来て、ＳＡ...</summary>
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<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　2003年の世界の十大ニュースをあげるとすれば、イラク戦争が第1位に来て、ＳＡＲＳの流行はきっと第２位か第3位にくるだろう。東アジアに猛威を振るった新型肺炎は、地域に社会、経済に大きな影響を及ぼした。特に、中国は患者数など最も影響が大きく、日中間の様々な交流も大きなダメージを受けた。(<b>山田彰</b>）</p><p>　将棋を世界に広める会では、2001年に第１回「東京北京小学生将棋大会」を東京で開催し、昨年は第２回大会を北京で開催した。この将棋大会により日中の子供たちが東京と北京で将棋を通じて交流した。今年も、第３回大会を東京で開催するべく準備していたが、春先からのＳＡＲＳの流行で、とてもそういう状況ではなくなった。北京の少年宮の人などに様子を聞くと、４月、５月の間は街中はマスクだらけで、小学校は休校が続き、とても人が集まって予選大会などを開くというどころではないということだった。<br />
　そこで、今年は東京北京の大会の開催はあきらめ、日本の小学生だけで「ＳＡＲＳに負けるな、がんばれ北京」と銘打って、将棋大会を開催することした。将棋大会の参加費の一部で盤駒を購入し、また大会の際に持ち寄ってもらった将棋の本などと一緒に北京に送り、北京の将棋好きの子供たちを励まそうという企画である。<br />
　８月３日（日）、東京港区の勤労福祉会館に集まった小学生は、１年生から６年生までの２３人で、女子生徒も２人参加した。開会式では、眞田理事長が大会の趣旨について話し、その後対局ルールの説明があった。<br />
大会では、スイス式トーナメント方式で各人が午前中に一局、午後に三局の計四局を戦う。指し手の早い子はあっという間に対局を終えてしまうこともあり、子供同士の練習対局に回る。<br />
　三回戦を終わって３連勝は三枚堂君、大橋君、大内君の３人だけとなった。組み合わせの結果、三枚堂君と大橋君が全勝対決をすることになった。三枚堂君は、これまでの東京北京小学生大会で勝ち抜いたこともあり、今回も毎局とても落ち着いた指し回しを見せていた。<br />
　第１図は、△５五歩に対して、三枚堂君が▲３七桂と跳ねたところ。<br />
<img alt="25_yamada_1.JPG" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/25_yamada_1.JPG" width="204" height="225" border="0" /><br />
先手は、玉もしっかり囲い、カウンターの体制ができあがっている。動きづらい後手は△５四金と上がったが、すかさず▲７五歩と桂頭を攻められ、以下△６三銀、▲７四歩、△同銀、▲７五歩、△６三銀とおさまったが、後手は桂頭に傷を作られてしまった。<br />
　以下、▲５五歩、△同銀、▲５六銀と先手は銀をぶつけ勝負に出る。この後△４六歩、▲５五銀、△同角、▲５八飛、△同金、▲３一角と進み、先手は飛車を切って角を打ち込み、その後も桂頭の拠点を生かして勝ちきった。<br />
<img alt="25_yamada_2.JPG" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/25_yamada_2.JPG" width="204" height="225" border="0" /><br />
　一方、３連勝の大内君は早川君と対戦し、相横歩取りで２図の局面になった。<br />
　当然、▲７四同飛、△同歩と進むと思われたが、大内君はいきなり▲３二飛成と飛車を切ってしまったので、びっくり。研究手順かと思って後で聞いたが、そうでもなかったようだ。△同銀、▲２二角、△２四飛、▲１一角成、△２九飛成と進んで、さすがに先手の無理がはっきりしてしまった。以下、いくばくも無く、後手早川君の勝利となり、大内君としては実力が出せないまま残念な一局となった。<br />
　全員の対局が終わり、結局優勝は４戦全勝の三枚堂君で、７名の３勝１敗の成績優秀者が出た。<br />
　閉会式では、成績優秀者への賞品の授与や記念撮影を行った。北京への将棋用品の送付はこれからの仕事である。北京の様子はすっかり元に戻っているが、ＳＡＲＳは、今年の冬も流行するかもしれず、まだまだ警戒が必要のようだ。日中の交流もいろいろなことを考えながら進めていかなければならない。<br />
　さて、今回は小学生の大会であるから、保護者の大人の方も大勢会場に見えたが、特にお母さんたちは何をするともなく手持ち無沙汰の様子であった。会場では、昨年の北京での小学生将棋大会の様子をビデオで流したりしていたのだが、説明を十分しなかったこともあり、あまり関心を引かなかった。子供たちの将棋大会についてくる保護者の人が将棋に関心を持ってもらう工夫も今後の運営の課題かもしれない。</p></div>
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        <title>「横浜上海将棋交流会」来春の夢(25号、2003.9.27)</title>
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        <published>2004-10-26T16:37:00+09:00</published>
        <updated>2009-07-02T11:22:47+09:00</updated>
        <summary>　横浜上海将棋交流会は2003年2月に上海の小･中学生代表8名を含む大勢の子供達...</summary>
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        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="中国・香港・台湾" />
        
        
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　横浜上海将棋交流会は2003年2月に上海の小･中学生代表8名を含む大勢の子供達を、
横浜に招いて第一回大会を行いました｡　トーナメント以外にも一人が一手ずつ指す日中対抗連将棋なども行い、姉妹都市である横浜と上海との親善友好の一助となる楽しい大会でした。又その後、横浜の慶応普通部と上海の甘泉中学校とが将棋姉妹校となってコンピューターによる将棋対抗戦を行うなど､継続的交流がなされています｡(<strong>眞田尚裕</strong>)</p><p>　この流れを更に発展させるため2004年には日本の小･中学生が上海を訪問して下記のとおり第二回横浜上海将棋交流会を行うことになりました。</p>

<p>記<br />1　期日　　　本戦　2004年3月28日（日）<br />　　　　　　　　予選　2003年8月21日<br />　　　　　　　　　　京急将棋まつり<br />2　場所　　　上海<br />3　参加者　　双方予選を行い代表若干名を選出する<br />　　　　　　　日本側は京急将棋まつりの小・中学生<br />　　　　　　　名人戦で2勝以上し、上海行きを希望<br />　　　　　　　する者<br />4&nbsp; &nbsp; 大会内容　トーナメント　他<br />5&nbsp; &nbsp; 経費分担　日本側　　大会賞品、旅行費用（参加者個人負担）<br />　　　　　　　中国側　　賞状、大会運営費（会場費･当日昼食代）通訳代<br />6　主催　　　将棋を世界に広める会　上海将棋学校<br />7　後援予定　在中国日本大使館　横浜市　日本将棋連盟<br />　　　　　　　上海市　上海棋院<br />8　協賛　　　㈱御蔵<br />9　助成　　　未定</p>

<p>大会日を挟んで3泊4日の「上海将棋親善交流の旅」を企画実施します。</p></div>
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        <title>ロシア将棋旅日記(25号、2003.9.27)</title>
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        <published>2004-10-26T16:34:32+09:00</published>
        <updated>2009-07-27T15:17:45+09:00</updated>
        <summary>　８月２５日(月)　午後５時キエフ発モスクワ行きフライトが６時間遅れて午後１１時...</summary>
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        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="東欧（ウクライナなど）" />
        
        
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　８月２５日(月)　午後５時キエフ発モスクワ行きフライトが６時間遅れて午後１１時発。実際には更にもう少し遅れて、モスクワ・シェレメチェボ空港第一に到着したのが午前２時だった。ロシア入国証明に８月２５日と書いてあったのを、係官が目ざとく見つけ８月２６日に訂正させられた。<br />
　空港出迎えのロシア人も真夜中までご苦労さん。尤も、この人は遅延情報を予め入手していた筈なので、空港でずっと待ちぼうけていたのではなく、遅延時間に合わせて現れたのだとは思うが。結局、就寝は午前４時。(<b>鈴木良尚</b>)</p><p>　８月２６日（火）　朝食カットで１１時起床を宣言していたので、池谷さん一人で朝食をとったらしい。将棋に勝つにはメシより睡眠だ。午後２時半に迎えに来てもらうことになっていたので丁度良かった。もしこれが午前１０時にでも迎えに来るなんて約束だったら、フラフラでどうしようもないところだった。迎えに来たアレクサンダー・ノソフスキー氏は希土類金属の輸出入を取り扱っている会社の社長さんで、モスクワ将棋協会の会長さんでもある。３年前に「将棋を世界に広める会」が、サンクト・ペテルブルグ・ツアーを催した際、ペテルブルグでお会いして名刺をもらっているのだが、顔までははっきりと覚えていない。それでも不思議なものでロビーに大勢いる中から、この人みたいだなという直感が働き近づいてゆくと、先方もこちらを覚えていたかどうかはわからないが日本人が近づいて来たということで、すぐ「ミスター・スズキ？」と問いかけてきた。<br />
　これからモスクワの将棋クラブを案内するという。正確には囲碁やチェスやオセローなどマインド・スポーツ一般クラブでオリンピスキークラブというそうだ。宿泊したホテル・コスモスは、クラブのある所まで地下鉄で一本（逆にそれを聞いてホテルを選んだのだが）。<br />
　　会長さんに連れられて地下鉄の入り口へと向かう。会長さんは名刺くらいの大きさのカードを持っていて、改札口でそれを差し込むとそれが別の口からヒョイと出てくる。そこで一人通れという指示。同じことをしてもう一人。最後に自分が通って、同じ一枚のカードで三人が乗れた。それから、古ぼけた黒いエスカレーターを下ってホームへ。ところが、このエスカレーターのスピードが速く、乗る時に体のバランスを失って転びそうになるのだ。そういえばウクライナでもそうだった。日本だったらたちまちクレームがつきそうな速さである。<br />
　ロシアの体操が優秀なのは普段の生活から体のバランスを鍛えられているからではないか、と思ったりした。そのエスカレーターが下まで長い長い。東京駅の横須賀線ホームへ下るエスカレーターも長いけれどそれよりも長い。あまり長すぎて時間がかかるためにスピードを速くしているのかも知れない（そうかな。本当かな）。こんなに地底深いのは冷戦時代に防空壕として使うことも考慮した結果だと聞いている。<br />
　電車に乗ると地下鉄路線図が窓に貼ってあった。ここからここまで行くのだと会長さんが教えてくれた。でも、駅の名前を覚えるのがタイヘン。スペイン語ペラペラの池谷さんもここでは覚えたてのロシア文字をたどって小学生の看板読みよろしく、声を出して発音するがすぐ忘れる。不肖私は第３語学にロシア語を選び優をとった昔の杵柄で池谷さんとここで差をつける。でも見たらすぐ読めるけど初めて聞いた駅名をすぐ忘れる点では池谷さんと同じ。結局、幾つ目の駅かということを覚えるのが一番早かった。<br />
　ホームの柱などに駅名が書いてない。トンネルの壁の方には行く先の駅名が黒字で次々に書いてあり、当駅は赤字になっているからそれを見られれば、やっとわかるけれどそれしかない。でも、この日から何回か地下鉄を利用したら、車内放送を聞いてわかるようになったのだから２人共たいしたものだ。</p>

<p><b>少年チャンピオン</b><br />
　オリンピック・スタジアムのあるプロスペクト・ミーラという駅で降りて１０分くらい歩く。守衛の居る大きな建物の２階に上がると幾つかの明るい部屋があり、その一つに入ると子供が３人将棋に興じており、その傍に頭の禿げた五十恰好の囲碁の先生ルスタム・サハブデイーノフさんが立っていてにこやかに迎え入れてくれた。ルスタムさんは将棋の方は初段とのこと。実はモスクワでトーナメントが出来ないか、と依頼していたのだが土曜日曜でないとやはり無理ということだった。池谷さんは早速子供たちとプレー開始。先ず男の子２人と二面指し。一人が平手で一人が２枚落ち。<br />
　平手の方はアレクサンダー・コゼルスキー君と言って１２歳以下部門のロシア・チャンピオンだった。池谷さんはいくら子供好きとはいえこの子に特別甘い顔を見せなかった模様。次の女の子のも勝たせなかったらしい。<br />
　一方、私の方はロシアの将棋事情などしばらく話していると、いつの間にかチョビ髭のパベル・マカロフさんというオジさんが現れて、モスクワで一番将棋の強い人だと紹介された。そこで１局親善試合。相振飛車になったが一方的に勝ってしまい、このオジさん自分でいいところがなかったと言ってしょげていた。なお、ウクライナでもそうだったが、飛車を振る人が多く、こちらが振ればどうしても相振飛車の将棋が多くなる。池谷さんは子供達を指導したあと会長さんと一戦を交える。<br />
　ところが、穴熊に囲った玉を上から雀刺しで攻められ、なんとか穴から這い出したものの結局討ち取られてしまった。池谷さんは悔しがり、どうしても勝つまでは日本に帰れないなどと言うから、それでは帰してあげましょう、などと言われている。<br />
　翌日の予定としてルスタムさんは是非自分のクラブへお招きしたいとのこと。かなり遠いらしいが会長さんがやはり午後から連れて行ってくれるとのこと。従って午前中は空き。池谷さんがお土産を買いたいというと、それならアルバート通りに良い店があるので地下鉄で行ったらどうかと、２回乗り換えるルートを教えてくれた。そして１０回分の地下鉄回数カードを買ってやるから５０ルーブル寄越せと言う。１ルーブルは約４円だから地下鉄料金は一回２０円で全線均一どこまでも乗れるということだった。<br />
　早速、帰りはこのカードを使う。ところがカードを入れて池谷さんがパーッと通ろうとするとガチャンとストッパーが飛び出て完全に通り抜けられずに引っ掛かってしまった。すぐ監視員と思しきオバサンがすっ飛んで来て、日本人がモタモタしているのを見て、すぐ行け行けとの合図。込み合っているので後ろがつかえているのだ。よく観察してみると挿入したカードが排出された時に緑色のランプが点灯し、それから一人が通ればよいのだが、カードが出きらないうちに通ろうとしたのが原因だとわかった。そういえば会長さんがカードを使わせてくれた時っはOKの合図をしてくれて（その時カードが出た）、それから通っていたのだ。一応無事にホテル帰着。</p>

<p><b>路線図を探す</b><br />
　８月27日(水）　今日は2人で地下鉄２回乗り換えのアルバート通りへチャレンジ。先ず、路線図を入手すべくホテルのフロントへ。でも、そんなもの無し。ニエットだ。２階の店で売っているとか言うので２階へ。でも、そこにも無し。ニエット。これでは中国で何でもメイヨー、メイヨーと言われたのとおんなじだ。更に、徹底的に見て廻ると、やっと路線図をプリントしたTシャツを見つけた。でも、地図の代わりにTシャツを広げて見ながら歩く姿は滑稽すぎるのでヤメ。あきらめて電車の車内で路線図を写すことにした。<br />
　一回目の乗り換えはツルゲネーフスカヤで降りて別のラインのチーステイエプルヂで乗る。都営地下鉄の江戸橋で降りて東西線の日本橋で乗るような具合だ。ところが、次の乗り換え駅ビブリオテーカ・イーメニ・レーニナで降りてアレクサンドロフスキー・サートで乗るべくホームに出ると、目指すアルバーツカヤはホームを突っ切った向こうと書いてある。（ロシアの仮名文字が多くてゴメン）。あれれ、もう１回電車に乗るんではなかったっけ、と思いつつ指示通りに歩くと出口へ。出口を出てから後ろを振り向くと確かにアルバーツカヤと書いてある。キツネにつままれた気持ちだったが、とにかく着いたのだから結果良しだ。<br />
　出口を出て右か左か町並みを見て判断、左へ行く。帰れなくならないように目印を覚えてしばらく行くと地図で見た通りのアルバーツカヤ広場へ出た。カンはピタリ、今日も将棋は勝てそうだ。ブラブラ歩いて良さそうな土産物店で適当に見て適当に購入。帰りは今来たすべての道を忠実にたどって無事ホテルに到着。<br />
　１回だけしか乗り換えないでアルバーツカヤに着いたことは日本に帰るまで不思議に思っていたことだが、資料をゆっくり調べてみたら、何とアルバーツカヤという駅は二つあり、一つは教えられたとおり地下鉄に乗って一つ目の駅。もう一つは乗らずに地下道を歩いて行ける別の線の駅で、我々は後者を利用したということが判明、納得がいった。これってロシア的非合理性とでもいうのかしら。<br />
　午後会長が迎えに来て再び地下鉄に。ここで会長に質問。モスクワの地下鉄の駅は宮殿のように天井や柱に見事な彫刻が施され、それがシャンデリアに輝いて目を見張る所だと聞いていたが、全然そうでもないみたい、と言うと、美しいのは昔に出来た駅、つまり環状線の駅の事で、郊外に延びる新しい駅はそうでもないのだ、というご返事。そしてそれを見せてあげようということになって、二つばかり駅を見せてもらった。すると確かにそう言われるような美しさが有るには有ったが、柱がきれいに磨かれてあるわけでもなく、大勢の乗客でごったがえしていたりすると、美しいという雰囲気はあまり感じられなかった。郊外終点のマリノ駅で下車。１０人乗り程度のワゴン車に一人１０ルーブル(４０円）払って乗り込むと先客が４人ほど。その後お客が一杯になると走り出した。どうやら市内循環の便利ミニバスみたい。<br />
　ルスタムさんのクラブはマリノ・クラブと云って大きな１０階建てアパートの１階にあった。男女２人ずつの子供が将棋や碁で遊んでいる。池谷さん１手詰の詰将棋の問題を幾つか大盤に出して子供たちに考えさせる。空き王手の問題は動く駒の行き場所がポイントで結構むつかし。９歳と１０歳の姉妹の上の子は集中力が有ってよく考えていた。更に、池谷さん男の子と将棋、もう一人とは１３路盤の囲碁へと進む。池谷さんその後昨日の雪辱とばかり会長さんと第２回戦。さすがに今日は圧勝、１手詰を逃すも９手詰に仕上げて晴れて日本へ帰れることになった。まさか会長さん手を抜いたんではないでしょうね。<br />
<img alt="25_suzuki_2.JPG" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/25_suzuki_2.JPG" width="204" height="225" border="0" /><br />
　私の方はルスタムさんと持ち時間２０分と３０秒の秒読みで公式戦。第２図が中途局面。実は私が後手なのだが、向きを逆にしてある。敵の角を引っ込ませて有利と認識。敵の▲４四銀の進出に対し何事やあらんと悠々と好点に△３四歩と打ったところ。ところがこのあと▲３六歩と桂頭に打たれてビックリ。△同飛と取ると▲４五銀△同桂▲同銀で飛角のどちらかを取られてしまう。<br />
　私が「エエーッ、イッポン？」とつい口走ると「ノー、ワザアーリ」とルスタムさんが答えたので、これには二人とも笑ってしまった。でもここは笑い事ではない。何とかこれを逆用すべく３筋に廻った飛車を幸便に利用して３三を急襲する順も考えたが玉砕になりかねない。仕方なくここはひとまず桂損に甘んじることにして△７九角▲３七歩成△同銀と進んだ。まあ、桂落くらいのハンデは十分ありそうと踏んで我慢したわけなのだ。すると敵は勝算ありと見てか勇躍ここぞと▲６五歩と突いて来る。確かに攻めるとしたらここだ。そこで△４六角と一旦引っ込んだ角を再び出る。<br />
　すると攻めあい勝ちとばかり▲６六歩と取り込んできた。仕方なく△７三角成▲６七歩成△同金左と進み銀損となる。ここで▲６六歩かなと思っていたらバッサリ▲６七飛成と切ってきた。間合いを心得ていてさすが勝負師らしい。でも△６七同金▲６六歩△６一飛に少考して固く▲５一金打△６六飛成となると一寸攻め駒不足か、それともいい勝負か。<br />
　ルスタムさんは６五にわたしの桂馬が効いているのをウッカリしていたとのこと。それでも▲３五銀△２八飛▲４五桂△８八飛▲３七桂成△同馬▲３六銀打△９一馬▲４七銀成△７九玉▲４六銀とヒタヒタ迫ってくる。このあとは敵の見落としもあり飛車も龍も取られずに入玉して何とか名誉を保つことが出来た。ルスタムさんには自分の角を働かせずに戦いに入るのは得策でないと助言して終了。<br />
　夕方になり子供たちが帰ったあと、軽く一杯。実は今日は池谷さんの誕生日だったのだ。池谷さんはウオッカを一本プレゼントされてご満悦。これは大切にして日本に持ち帰ったらしい。酒の肴には日本のイカの姿焼きみたいな同じ味のものが出た。</p>

<p><b>チェス倶楽部で対局</b><br />
　８月２８日(木）　モスクワからサンクト・ペテルブルグへ。朝ホテルから空港までタクシーを頼む。運チャンが池谷さんの大きな荷物を持ってあげようという素振りさえ見せないのでチップは無し。ペテルブルグのホテルは、３年前と同じプリバルチスカヤ。その時にお世話になったイゴール・アレクサンドロフさんに電話して到着を知らせる。明日会いたいと言うと今日の夕方６時半にホテルに来ると言う。実は、今日は木曜日でペテルブルグの将棋クラブの例会日。夜６時半から９時ころまでやっているそうだ。クラブの場所はウクライナで会ったペテルブルグ出身のダニール・クリンさんから地図付きで池谷さんがもらっている。イゴールさんに会うと彼はまだ行ったことが無い由で、早速イゴールさんの車で出掛けた。<br />
　このクラブはチェスのクラブでラヂヤ・クラブと呼ばれている。昔、海賊のバイキングが使ったボートの意味と、チェスの駒のカッスル、将棋で言えば飛車の意味とがある。建物の中庭に入り口があり、部屋に入ると女性１人を含む６〜７人が将棋のトーナメントをやっているところだった。世話役と思しきエフゲニー・フェドセイエフさんは３年前に「薔薇の学校」で将棋を教えていたチェスプレイヤーだ。我々が入って行くとトーナメントを中止して、日本からのゲストとの対戦が組まれた。<br />
　私の相手は鋭い顔をした１８歳以下ロシア・チャンピオンで、今年の３月に、全ロシア・チャンピオン、ウクライナ・チャンピオン、ベラルーシ・チャンピオン、との４強リーグ戦で予想を裏切って優勝し、東欧チャンピオン・カップを獲得した日の出の勢いの弱冠１６歳の天才児（前置き長くて失礼）ヴィクトル・ザパラ君。<br />
　一方、池谷さんの相手はユーリ・シピリョーフさんといって、少年ザパラ君が追いつけ追い越せと目標にした強豪で、当日はザパラ君を破ってトップの座はまだ渡さないと熱い戦いを繰り広げている人物。当たりは柔らかで丸顔の銀行マンだが（池谷さんはマルコポーロというあだ名をつけた）、将棋の当たりは堅実で度胸もある。<br />
　池谷さん大丈夫かなと心配になったけれど、私の方も他人の心配などしていられない。私の方は持ち時間各１５分（スクナーイ！）秒読み１分の条件でスタート。私としてはこんな早指しは不得意中の不得意だが、なにしろ国際親善なもんで条件闘争に及んで対局拒否なんて出来っこない。えーいままよ、とバタバタ指していたら、勝っていた将棋をクリンチに持ち込まれ、挙句の果てに敗戦の憂き目をみてしまった。少年の頭の回転は日本でもそうだけどロシアでも速いですね。一方、池谷さんの方も時間に追われて実力発揮とはいかなかったようでした。この日はロシア軍、道場破りを返り討ちに仕留めたような勢いに乗って、我々が夕刻便で帰国の途につく明後日土曜日の午前１０時、盤駒を携えてホテルに乗り込んで行くと意気盛ん。日本軍も望むところだ。</p>

<p>　８月２９日(金)　本日はフリーなので観光。午後からイゴールさんの案内でロシア美術館と海軍中央博物館、その後、知事公舎内でレーニンが大演説をぶったという大講堂で当方も壇上に立つ。但し、写真を撮るだけ、演説はなし。</p>

<p>　８月３０日(土）　今日は私がザパラ君に雪辱する日だ。ところが、この子、風邪を引いて頭が痛いとかで来られない由（さてはリベンジを恐れて仮病を使ったか！）。ザパラ君と同年齢の女の子ナターリャさんも喉が痛いとかでお休み。でも、シピリョーフさんが娘のガーリャさん１６歳を連れて来てくれて、華やいだ雰囲気になって良かった。彼女は日本語を勉強中でホンの片言だが話が出来る。将棋はお父さんから教わったとかでまだ弱いけれど、細いしなやかな指を使って静かに駒を盤上に置く仕草が実に優雅だ。背が高くスラリとしていて一見インド美人のような顔立ちの少女である。この子が早く日本語の通訳になってくれるのが待ち遠しい。<br />
　集まった５人と我々２人の計７人で持ち時間各３０分、秒読み３０秒のトーナメント。これを日本ロシア年の正式トーナメントとする。私の方はザパラ君が居ないので順調に、というわけでもなく結構食い付かれたが、３連勝。一方、池谷さんの方は一昨日返り討ちに遭ったシピリョーフさんとの雪辱の戦いが注目されたが、角で飛車を取られその角で竜取り銀取りを掛けて反撃したけれど、結局及ばなかったらしい。シピリョーフさんはよく考える人で、私との対局経験も踏まえ初段は確実にありそうだった。<br />
　かくして、ウクライナ・ロシアの将棋珍道中は終わったけれど、２人のうち１人が少しは相手に負けるくらいで丁度良かった。モチベーションの向上には十分役立ったと思う。残りの１人は本当なら誰にも負けないくらいの強さで、皆を感嘆させなくてはいけなかったが、旅の疲れを考慮して頂き、ウクライナ・チャンピオンとロシア１８歳以下チャンピオンに一つずつ星を献上して、これもモチベーションの向上に役立ったという結論にして頂きたい。お願い！<br />
　なお、ISPSより将棋の盤駒１５組（キエフ６、リフネ６、ペテルブルグ３）を寄贈、それに将棋の文献として、青野先生の日英両語併記「定跡のカギ」６冊、羽生先生のロシア語版「羽生の奥義」１１冊、詰将棋の文庫版書籍６冊、会員の方々より寄贈して頂いた「将棋世界」の付録１１冊、をそれぞれ大会用賞品又はキーパーソンへの贈り物として持参したことを付記する。</p></div>
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        <title>ウクライナ将棋旅日記(25号、2003.9.27)</title>
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        <published>2004-10-26T16:28:27+09:00</published>
        <updated>2009-07-27T15:17:45+09:00</updated>
        <summary>　かってのソ連邦構成国のウクライナ。ここでも日本の将棋の愛好家が増えつつあります...</summary>
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        <category scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" term="東欧（ウクライナなど）" />
        
        
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　かってのソ連邦構成国のウクライナ。ここでも日本の将棋の愛好家が増えつつあります。現状を把握し、一層の発展の方策を探る為に出かける事にしました。スリムな副理事長の鈴木さんとチビで小太りの私。ドンキホーテとサンチョパンサ現代版の二人づれの出発です。（<b>池谷孰</b>）</p><p><b>＜待機戦術＞</b><br />
　８月１５日（金）<br />
　アエロフロート機が定刻１２時に成田を発ちこれも定刻の１７時過ぎにモスクワに到着。日本との時差は５時間。ゆれもなく極めて順調なスタート。ところが乗り継ぎの部屋に行ったが待てど暮らせど案内がない。時たま現れる職員に聞いても、「ウエイト！」と言うだけ。こちとらは訓練を受けている犬ではないんだぞ。<br />
　だが、こちらはロシア語は話せず、あちらさんは英語が話せない。仕方がないか。ロシア語をすこしご存知の鈴木さんに挨拶の言葉を教えてもらう。<br />
　「ありがとう」は「スパシーボ」。<br />
　スパは英語で温泉。「温泉思慕」と覚えておこう。「さよなら」は「ダスビダーニャ」。これは「ナスビじゃないの」にしておこう。<br />
　ようやく国内線の空港にバスで移る。ウクライナは国内扱い。ところが出発便の表示がまったく無い。出口を旅客が出て行くたびに行くと、「待て！」「待て！」の繰り返し。二人は何度も犬になる。５時間半ほど待ってようやくキエフ行きアエロフロートに搭乗。ホテルキエフに着いたのは夜の２時頃。日本との時差が６時間なので徹夜した感じ。ホテルでトランクを開けたら物色された跡があった。モスクワでやられた様子。子供たちへのお土産のボールペンが３本だけなくなっていた。ご丁寧に将棋の駒の箱に、試し書きの跡があった。</p>

<p>　８月１６日（土）快晴　<br />
　時差でほとんど眠れず。１１時にウイクトル・チセンコ氏（５５歳）にホテルに来てもらう。日本将棋連盟の第１回国際将棋フォーラム以来の再会。ホテル周辺を散策。乾燥していてさわやか。ホテルの前は大きな公園。３０メートルはあろうかという大木の林。その先の国会議事堂・内閣の建物・サッカー場などを見る。地下鉄の入り口を覗くと体重計を置いて計るのを商売にしているおばさんがいた。１０時過ぎに打ち上げ花火。日本と違ってすぐに終わった。日本は贅沢と思った。ホテルの浴槽は大きく、熱いお湯がとうとうと出るので良かった。朝晩入浴し旅の疲れを癒す。出発前に左足にしびれが出始め、「阪神フアン片足しびれてハンシンフアン」などとダジャレていたが、お陰でしびれが影をひそめた。</p>

<p><b>＜将棋クラブ＞</b><br />
　８月１７日（日）晴　<br />
　チセンコ氏９時半ホテル出迎え。歩いて１５分の将棋クラブに行く。１８人いた。うち７名がリフネから来てくれていた。ウクライナチャンピオンのアルテム・コロミエツ氏（３８歳三段）が審判長を務めてくれた。同氏の指示に従い私はまずアンドレイ・クラベッツ君（１２歳）と対局。<br />
　色の白い品の良い少年。耳が大きかった。善戦した。負けて悔しそうな表情。強くなるだろう。次いで対戦したのは身長２メートル以上の髭面のウラジミール・ラティシェフスキー氏（３５歳）。序盤の棋譜を取りまじめに研究している様子。幸先良く２勝したが後がいけない。<br />
　コロミエツ三段には順当負け。<br />
　リフネ市の指導者のウイクトル・シェブチュック氏には序盤で飛車に只で成られてしまいどうにもならなかった。ついでセルジー・マリノフスキー君（１６歳）にも負けてしまった。対局参加者１６人中９位。中庸は徳の至り、大いに国際親善を果たしたと言うべきか。<br />
　鈴木四段は如何かというと、コロミエツ三段には勝利を贈呈されたが、大ポカを演じたための由。</p>

<p><img alt="25_iketani_1.JPG" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/25_iketani_1.JPG" width="204" height="225" border="0" /><br />
　鈴木さんによれば第１図▲６五桂を跳ねた時△６四歩と打ってくれると甘く見ていたところ△６八歩と打たれ、と金作りを見せられて、何を小癪な完封勝ちにしてやろうと、何も考えずに▲７九飛と引いたからたまらない。たちまち△９五歩と突かれて事件になってしまったとのこと。<br />
　公平に見て先手の６六銀が４八とか３九にいないと開戦すべきではなかったとか。それでも他の３局は順当に勝ち、最終局は持ち時間を残しながら大会の方の時間切れで引き分け。<br />
　負けの無い局面で２位になるところが３位になってしまった。クラブのアリストフ氏が準備してくれた賞品の授与があり、我々はクリスマスのローソクを貰った。<br />
　４時半クラブを出た。ホテルの部屋で一休み。薄紫に暮れて行く黄昏の空が美しかった。</p>

<p>　８月１８日（月）晴　<br />
　チセンコ氏の出迎えで将棋クラブに出かけたが昨日アリストフ氏がカギを部屋に入れたまま扉を閉めてしまいすぐには開けられないとの事。アリストフ氏の車でキエフ大学の前のシェブチェンコ公園に向かった。<br />
　公園の中に常設のテーブルがたくさん並んでいて、市民がチェスなどのゲームを楽しんでいた。時々見に来る人がいた。アルテム・グレチカ君（１４歳）に即詰めを逃して逆転負け。馬鹿だね、本当に。６級と言っていたが２級をあげたい。次いでアンドレイ・オチリメツ君（１８歳）と対戦。２級と言っていたが勝たせてもらった。残念そう。それから私はチセンコ氏に案内してもらい、大学の向かいにある美術館に行った。<br />
　２００年ほど前のロシア貴族の肖像画と１５０年ほど前の風景画。いずれも見事な写実力に感服。どの部屋にも貫禄充分の年配の婦人が見張り番をしていた。鈴木さんは将棋を続け６勝。２時頃に一同と別れてチセンコ氏と公園内のレストランで軽食。赤かぶスープの赤い色にびっくり。味は良かった。地下鉄でホテルに戻る。５０カペイカ、約１２円。エスカレーターの速いのとあまりにも深いのに驚く。戦時の対応との事。地下鉄も速い。</p>

<p>　８月１９日（火）晴　<br />
　チセンコ氏の手配でアルテム・グレチカ君とアレクシー・ショリク君（１３歳）が１０時半にホテルに迎えに来てくれた。タクシーで鉄道の駅に行く。３５グリブナ（約７ドル）。１２時４５分発の市内観光バスの切符を買う。一人約２ドル。タクシーは割高の様子。目抜き通りで音楽のテープを探す。観光バスは広場の銅像・由緒ある教会や建物の説明をしながら市内を巡回。説明はウクライナ語とロシア語。隣のアレクシー君が英訳してくれる。その合間を縫って教育制度を聞いた。６〜７歳で小学校入学。４年間で卒業。優秀だと３年で卒業出来る。中学は５年間。このあと５年の専門学校に行くコースと２年の高校を出た後５年の大学に行くコース別れる。９月から新学年が始まる。フロロフスキー修道院でバスを降り軍隊の展示広場で大砲や戦車の展示を見る。高台になっていて、眼下にドゥニプロ川（ドニエプルと習った記憶がある）が豊かに流れている。<br />
　川の向こうは振興のベッドタウンで高層マンション群が見える。地下街で鈴木さんが探していた、ウクライナで皆が知っているユーモラスな歌のテープがやっと見つかる。いずれ鈴木さん得意の現地語で歌う歌のレパートリーの一つになるだろう。３時半地下街で軽食。ホテルに戻る。</p>

<p><b>＜國際特急列車＞</b><br />
　８月２０日（水）薄曇　<br />
　１２時２５分キエフ発、６時４５分リフネ着のポーランド・ワルシャワ行きの國際特急列車に乗る。６人部屋。ウクライナのおばあさんと孫でベラルーシのミンスクに住んでいる２０歳と１４歳の兄・妹と同室になる。列車は大平原を西へ西へとひた走る。地平線の果てまでトウモロコシ畑が続く。牛がいる。馬がいる。アヒルが見える。安野光雅ののどかな水彩画の世界が果てしなく続く。２時半頃昼食。食堂車でホットドッグやピロシキそれにソフトドリンクを買ってくる。同室の３人に勧めたが遠慮してなかなか受け取らない。ようやく受け取ってくれた後、向こうからは持参のパンやブドウが出てきた。すっかり打ち解けおばあさんは自分のパスポートを見せた。私と同い年の６９歳。電気技師だったとの事。黒海沿岸のオデッサで泳いできたと皆日焼けしていて、黒海のちいさな貝殻を貰った。<br />
　鈴木さんが覚えようとしているユーモラスな歌の歌詞を聞いた。おばあさんと孫の妹が歌詞を書こうとするのだがなかなかうまく行かない。ついに大学生の兄さんの登場。月曜から一週間の歌で繰り返す歌詞があると整然と書き始める。書き終わったところで妹が名誉挽回と綺麗な声でベラルーシの歌を歌ってくれた。そこで鈴木さん得意のロシア語の歌を披露。では私めも歌わなくては。タイガースが今期は破竹の勢いなることを説明し、歌ったのは、そうです、「六甲おろし」。私は戦後のプロ野球再開以来のタイガースフアンなのであります。<br />
　かくしてワルシャワ行きの國際特急列車に「六甲おろし」が響き渡ったのでありました。列車は定刻にリフネに到着。なおリフネはロシア語ではロブノ。皆さんのお持ちの地図ではロブノになっているかも知れません。ウイクトル・シェブチュック氏とユリイ・エロシキン氏の出迎えを受けホテルでスケジュールの打ち合わせ。きちんと日程表を印刷して持ってきてくれた。感激。２２日（金）午後にマスコミのインタビューが予定されていた。急遽鈴木さんが理事長に連絡を取り将棋とＩＳＰＳの英文説明資料をホテルにFAXして貰うよう依頼した。</p>

<p><b>＜ゲームクラブ訪問＞</b><br />
　８月２１日（木）曇後晴　<br />
　９時４５分シェブチュック氏にホテルに迎えに来て貰う。まずゲームクラブを訪問。ここで子供たちが将棋始め様々なゲームを楽しんでいる。遊びではなく頭脳のトレーニングという感覚である。ゲームクラブは少年宮に属しているが、場所は少年宮の中ではなく近くに独立している。将棋の駒をプラスチックの板に両面印刷して作っているのを見て感激。なかなか立派な印刷。見本の贈呈を受ける。この後リフネ市内を案内してもらう。青空市に大勢の人出。衣類の店が多かった。ここにも立派な教会がある。友人から頼まれたウクライナ紙幣のピン札を２軒目の銀行で手に入れる。石の小粒を貼り付けて作った絵画を購入。<br />
　１２時少年宮を訪問。理事長のイリーナ・アレクサンドロフナさんに挨拶。堂々たる体格の婦人。挨拶に慣れておられるのだろう。立て板に水の趣。リフネをヨーロッパのゲームの中心地にしたいとの意欲満々の挨拶であった。２時から５時まで１７名の子供たちとの自由対局。鈴木さんは平手と２枚落ちの４面指し。私は２枚落ちの２面指しで勘弁して貰った。鈴木さんは１０勝１敗。実は筋の良い子に勝ちを一つ譲った。<br />
　私は７勝１敗。１敗は２枚落ちが格違いであったと思う。ドミトロ・ロパトック君（１１歳）に勝ったがなかなか強かった。後は次々と指して名前を控える余裕がなかった。２人が２局指した勘定。折よく６時から８時過ぎまで少年宮で民族舞踊音楽祭。出場国はブルガリア・デンマーク・マケドニア・モルドバ・ロシア・スロベニアそして最後にウクライナ。美しい民族衣装で踊り歌う。楽しく貴重な体験。誠にラッキー。</p>

<p>　８月２２日（金）晴　<br />
　朝ホテルで眞田理事長にFAXして貰った将棋とISPSに関する英文資料を受け取る。９時半から組み合わせ、ルールの説明。持ち時間４０分、以後３０秒の秒読み。タイマーは中国製。なかなか立派。ここでも躍進中国を感じる。<br />
　大会参加者は３３名。ちゃんと胸に付ける名札が用意されている。感激。１０時から１回戦。一時半から２回戦。４時からマスコミのインタビュー。４時半から３回戦。鈴木さんは３局いずれも順当勝ち。私は初戦シェブチュック先生と当てられ、キエフでの雪辱ならず、また負けてしまった。次いで対戦したのは、はるばるロシアのサンクトペテルブルグからやって来たダニール・クリン君。２年前にサンクトペテル大を卒業してこの９月から同市の日本文化会館に勤務する由。日本語がかなり話せて英語は流暢。後のマスコミのインタビューで我々の英語をロシア語に訳してくれた。長身で品の良い好男子。モスクワでトランクを開けられたことを話したら、レベルの低い兵隊がやることで仕方がないと言っていた。将棋はまだ強くなかった。紙の盤しかないのでプラスチックの盤が欲しいと頼まれ、送付を約束した。<br />
　<br />
<b>＜優しい黒忍者＞</b><br />
　３局目の対戦相手はキエフから来てくれたウイクトラ・リャスニャンスカヤさん。本職は画家。鈴木さんの資料によると芳紀まさに２８歳。小柄だががっちりしていてやわらちゃんの様。ところが服装は上から下まで黒ずくめ。ズッシリと重そうな大きなバッグも黒。そこで「黒ニンジャ」の愛称を謹呈。そもそもニンジャは黒ずくめかな。この黒忍者、なかなか心優しく、バッグには子供たちへの賞品のチョコレートがぎっしり詰まっていた。<br />
　我々はモスクワ空港を無事通過したボールペンを提供。対戦して驚いた。この黒忍者、ナント藤井システムで整然と攻めてくるではないか。飛車を切って角と換えざるを得なくなり大苦戦。もみ合いの後、目から火の出る王手竜取りの角を打ってやっと逆転。負けが決ると凄く残念そう。しかし深々と頭を下げてくれた。この人もきっと強くなる。<br />
　リャスニャンスカヤさんはウクライナ将棋連盟の会長さん。欧州将棋連盟に対応する為に３年前に連盟を作ったが現在休眠中で２年後には改選予定と言っていた。今後の活動に期待したい。因みに現在ウクライナで将棋の盛んな都市はキエフとリフネ。次いでリビフとオデッサ。さらにハリコフとニコラエフとのこと。<br />
　２局目と３局目の間にマスコミに対応。取材は新聞社３社。「リフネ・フェチルネ」「オゴ」「シム・ドゥニール」いずれも発行部数は２５，０００と。鈴木さんがまず将棋について、次いでISPSについて説明。時々私が合いの手で繋ぐ。<br />
　そうこうしているとこちらにも来てくれと呼ばれる。テレビ局「リフネ・ワン」。テレビカメラの前に立つ。「負けると悔しくないか。」と私に聞く。こいつめ、私が弱くて時々負けるのを知っているのか。<br />
　「勝つともちろんうれしい。しかし負けても国際親善に寄与しているのだからやはりハピー。」などと苦しい切り返しで応じた。<br />
　コンピューター専門家のエロシキン氏は対局には参加せず、持ち込んだノートパソコンで対局結果の整理。対局が終わると即座に結果表が出来る。またまた感激。</p>

<p><b>＜日本ファン＞</b><br />
 　８月２３日（土）晴　<br />
　１０時から第４局、１時半から第５局。セルフィー・マリノフスキー君には順当勝ち。しかしシェブチュック先生の長男のミハイロ君（１８歳以下のウクライナ囲碁チャンピオン）に負けてしまった。終盤何とか盛り返そうと紛れの手を指し続けたが、間違いのない対応を続けられた。それで私は３３名中６位になってしまった。鈴木さんはもちろん全勝優勝。シェブチュック親子のどちらかに勝っていたら私も２位の目があったのに残念。しかし日本人にも勝てると大いにやる気を起こさせたのでは？と、思っておきましょう。リフネの郊外のコストピル村から来た子供のお父さんからは、日本の詩の本が欲しいと頼まれ送付を約束した。キエフのチセンコ氏もそうだが、ここにも日本文化にあこがれている人がいる。<br />
　コストピル村からはもともとは英語の先生だが、今は少年宮でゲームの指導をしているというエドワルド・リトヴィネンコ氏も来ていて８級で参加。１０位に入った。この人にはこれから初心者向けの資料を送ろう。それから鈴木さんの将棋講座。対局の中から先方の希望の対局を解説。<br />
　私はNHK将棋講座８月号の勝又五段の「これがプロの手だ」から一場面を選び次の手を当てて貰う。最後に正解が出て拍手。持参した手作りの紙の大盤と裏にマグネットを貼った紙の駒が役に立った。それから表彰式。優勝の鈴木さんも私も、同じ大きなウクライナのチョコレートの箱を貰う。<br />
　それにリャスニャンスカヤさんから顔のスケッチを貰う。彼女も対局をしていたのに何時の間に我々を描いたのだろう。生き写しとはこの事。実に見事。それから二人は別室に招かれた。思いがけず夕食が準備されていた。シェブチュック夫妻とエロシキン夫妻に５歳くらいの男の子が同席。食事は両夫人作ってくれたとの事。<br />
　シェブチュック先生まず西瓜を取る。ヤ、ヤ！と思ったが我々も従う。次はケーキ。ヤ、ヤやのヤ！！先生甘いもの好きの様子。こちらも甘党なのでこれに従った。しかしさすがに手順前後であった。ウクライナはソ連時代にロシアに食糧を収奪されていた時期がありそれで満腹感を得る為に甘いものから食べる習慣が出来たのかななどと想像した。<br />
　いずれにせよ思わぬ心の篭ったおもてなしを有難く思った。このあと少年宮のマネージャー、イヴァン・クリャチコ氏から申し出を受けていた郊外のホテル施設に案内して貰う。先方は次は大勢での来訪を望んでおり、それには現在のリフネのホテルでは貧弱と気にしていた様子。帰りが遅くなるのは気になったが、折角の申し出なので見学に行く。片道約４５分。休暇をゆっくり過ごす施設でさすがに立派なホテルであった。また新しい大型バスも持っており、キエフ往復も引き受けると言っていた。</p>

<p><b>＜女性ガイドと観光＞</b><br />
　８月２４日（日）小雨後曇<br />
　７時シェブチュック氏と１７歳の通訳エカテリーナ・ヴォズネツカさん（愛称カーチャ）がホテルに迎えに来てくれ駅に向かう。駅で少年宮のマネージャー、イヴァン・クリャチコ氏が合流。観光のお勧めのリヴィフ市に向かう。４時間。その間シェブチュック先生からハンディキャップの付け方やどうすれば強くなれるかの質問が出る。<br />
　何局も指す事・詰め将棋を解く事・プロの指し手を研究する事が大事でその比率はレベルによって変わってくると鈴木さんが答える。アンドレイ・クラベッツ君は１２歳以下の碁のチンピオンで将棋はまだ４０局ぐらいしか指していない、将来有望との話も出た。今度来る時は子供を連れてきて欲しいとの要望もあった。汽車の切符代を払うと申し出たら、少年宮で手配したので心配要らぬとのこと。有難くお受けする。<br />
　立派なホテルに入り、昨晩のお返しに昼食にお招きする。ところがグループの観光客の昼食とも重なり、なかなか料理が出て来ず、観光の通訳を待たせるのではないかとやきもき。デザートの注文をあきらめようやく間に合わせる。<br />
　案内は流暢な英語を話す女性。昔栄えた街と見えて立派な建物や教会が多い。独立記念日との事で大勢の人出があり、道路はんどが歩行者天国になっていた。子供たちが小さな電気自動車を楽しそうに乗り回していた。広場にはたくさんの店が出ていて、小さな水彩画の額やユーモラスな粘土の民族衣装の人の額、それに細かい刺繍のテーブルセンターを買った。<br />
　すべての建物の間口が窓３つ分になっているが、一軒だけギリシャからやってきてブドウ酒を扱い大金持ちになった人の家だけが特別許可を得て窓６つ分になっているとの説明があった。しばらくしてシェブチュック氏とカーチャさんはリフネに戻るというので、再会を約して別れた。この後クリャチコ氏が昔のカジノの建物を案内してくれた。立派な部屋がいくつもあった。クリャチコ氏は普段は少年宮のマネージャーで教えていないが、依頼があればハリコフ市などに将棋も教えに行くと言っていた。この人にも初心者向けの資料が役に立つだろう。１０時半頃２０発ほど花火が上がった。</p>

<p>　８月２５日（月）曇　<br />
　クリャチコ氏に空港に送って貰う。８時２０分頃離陸。約５０人乗りの双発。キエフ着９時５０分。空港から見える木々は色づき始めていて急速に秋が訪れている気配であった。もともと乗り継ぎが不便で７時間待ちの予定であった。キエフの街に戻っても中途半端なので空港で待つ予定にしていた。ところがモスクワ行きがなんと６時間も遅れ、結局１３時間空港で待つ事になってしまった。スナックのテーブルを一つ占拠して、軽食や飲み物を取りながら粘った。その間鈴木さんが持参した詰め将棋と必至問題に取り組んだ。四段とISPS認定初段の差は歴然。<br />
　鈴木さんはすぐに解くがこちらは四苦八苦だった。そうこうするうちに隣に座って良いかと女性が現れた。ダブリンの新聞社から取材にやってきて３ヶ月あちこちホームステイをしていた、これからサンクトペテルブルグに向かうと。日本の将棋やISPSの説明をしたら、ダブリンの大学に将棋を紹介しようと言ってくれた。<br />
　次に隣にやってきたのはウクライナの女性。スイスのベルン大学でホテルのマネージメントを勉強していると。チェスに興味のある学生に将棋を紹介して欲しいと頼んだ待ちに待って、飛行機に乗ったら、僅か１時１０分でモスクワ到着であった。</p>

<p>　こうしてウクライナの旅は終わりましたが、多くの友人や可愛い孫が出来ました。また将棋の交流はリフネのシェブチュック氏を中心に考えようというのが二人の結論です。同氏には日本将棋連盟に支部の申請をするよう勧めました。モスクワからの行きの飛行機で日本人一人と会っただけで、後は日本人とまったく会いませんでした。<br />
　日本人にとって秘境ともいうべきウクライナに心温まる交流が待っています。今度は皆さんと一緒に大勢で近いうちに是非出かけたいものです。将棋旅日記ロシアの巻はドンキホーテさんにバトンタッチです。</p></div>
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