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    <title>かけはしアーカイブズ - 将棋を世界に広める会: イギリス</title>
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    <updated>2004-08-02T20:05:58+09:00</updated>
    
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        <title>国際郵便将棋、その後-８ヶ国・１０チーム団体対抗戦(11号,1999,11,16)</title>
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        <published>2004-08-02T20:05:58+09:00</published>
        <updated>2009-07-27T15:17:45+09:00</updated>
        <summary>〜駒落でも、東、西日本チーム１、２位〜 「かけはし」創刊号で、途中経過をご紹介し...</summary>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>〜駒落でも、東、西日本チーム１、２位〜<br />
「かけはし」創刊号で、途中経過をご紹介した国際郵便将棋・８ケ国・10チーム団体対抗戦の結果は、別表のように、東、西日本チームが１、２位を占めるという結果で幕が降りました。(<strong>鈴木良尚</strong>）</p><p>1993年の春から1995年の末まで３年間が当初の予定でしたが、開始がスムースにいかず、1996年の末まで１年間の延長は当然の成り行きでした。しかし、それでも未完の試合が多く残ったので更に１年間延長し、結局1997年末までの５年間の熱戦となりました。<br />
　1998年に入ってなお、特別延長の認められた試合もあったり（どちらかが、あと10手位で投了しそうな場合、なるべく途中判定で勝負をつけることのないように、試合を終了させたいという考え）、試合未完の場合は棋譜を元に判定を行わなければならいところ、その棋譜の提出が意外に遅く、判定が進まない部分が残りました。また、トーナメント・ディレクターとして各種トラブルの裁定をして頂いた、アメリカのビクトル・コントスキーさんの大切な御家族に不幸が起こり、1998年の夏頃にしばらく空白の時間が避けられず、結局、全成績を確定するのにトーナメント打切りから１年もかかってしまい、公式発表は1999年の１月ということになりました。<br />
　試合は８ケ国10チームで、各チーム５人の正選手に１番から５番まで番号をつけ、指定された相手６チームの同番号の選手と対戦する、という組合せで行われました。但し、５人以上の選手を登録したチームでは、、正選手１人６試合の代わりに、追加登録選手が適宜交代して入ることが出来、従って、正選手１人当たりは４〜５試合でよいことになりました。参加登録選手は別表のごとく全62名でした。登録選手の数はアメリカ・チームが最も多くて９名、日本チームは東日本、西日本共にそれぞれ７名でした。日本の選手は「週刊将棋」に出した広告（1992年２月５日号）を見て応募して来られた方々が大部分です。英語で書く棋譜の書き方も初めてという選手には、それを解説した紙をお配りして勉強して頂きました。タイの選手は全員現地に在住していた日本人で、またアメリカ・チームにも１人ニューヨーク在住の日本の方が第１番席で参加されました。<br />
　対戦組み合わせについては、参加登録選手の大体の強さを順に並べ、なるべく強いチームどうし、弱いチームどうしが当たるように、また、１ケ国で２チーム出しているところは、同じ国のチームどうしが当たらないように、という配慮がなされました。強い弱いといっても、ＰＳＬ（注）の基準による一定の駒落ちで指すわけですから、個々の対局はすべてバランスしている筈ではあります。ＰＳＬの会員は既にレーティングの点数を有していますが、初参加の選手は点数がありませんので、自己申告の段級位をＰＳＬのレーティングに照合して点数を与えその点数差で個人的な手合い割りを決めました。その結果、日本の２チームの選手に関しては、ほぼ３分の２の試合が、駒落ちの上手で対戦することになりました。香落、角落、飛車落、２枚落、４枚落、と様々です。しかし、逆に香落下手という組合せも出来ていました。<br />
　５人の選手が相手６チームの選手と戦うわけですから、１チームの試合数は30試合で、トーナメント全体では150試合が行われることになります。1997年の年末の時点で、なお勝敗のついていない試合が34試合残っていました。冒頭にも書きましたが、あと少しで勝負がつきそうな試合については1998年に入ってなお延長を認め、その他の試合は棋譜を提出してもらった上で、プロ棋士による判定で勝ち負け、或いは引き分けかを決めることになっていました。しかし、34局もの試合を判定するのは、プロ棋士の負担が大きすぎるので、トーナメント・ディレクターの指示により，日本チームの関与しない試合については、著者が判定することになりました。判定の基準としては、原則として引き分けとし、よほど差のある場合のみ勝敗を決めるという基準でしたが、結局棋譜が提出されたのは10局に満たず、そのうち日本チームの関与する分は３局で、この分についてだけ室岡克彦六段に判定をお願いしました。残りの試合は、打切りの時点で棋譜を提出せずに片方がギブアップした試合が幾つかあり、その他は、棋譜の提出未了を以て選手同志が勝負を決める意思なきものとみなし、引き分けとして処理しました。<br />
　成績の順位は、団体戦スタート時に、各チームの勝数によってそれを決めるという規定を実は作っていたとの事で、勝率のよいドイツ・チーム (.789) より、勝率は低いが(.759)勝数の多い東日本チームの優勝ということになりました。チェスの試合では、勝数を１点、引き分けを 0.5点として、点数を競う方法が一般的ですが、今回は未完の試合を引き分けにしましたので、それで点数が取れるというのでは不合理ですからチェス方式を採用しないで良かったと思います。<br />
　日本チームの成績は別表２のごとくです。日本選手の個人成績では、東日本チームの高橋、神田、鈴木の３名、及び西日本チームの岸田、中山が負け無しの好成績でした。日本チームが強いのは当然ではないか、と思われるかも知れませんが、駒落ちのハンデをつけていますので必ずしもそうはいかないのです。私が思うのは日本チームの出場者に忍耐強くて精緻な人が多かった、という性格的な勝利です。郵便将棋は長期にわたり細々と（表現が悪くてすみません）切れ目無く続けるものなので、よほど情熱を長く維持出来ないと、途中でダレて来ていい加減になって来ます。実際にあったケースでも、スタートしたものの途中で気力を失ってやめてしまうとか、参加登録はしたもののスタート以前にやっぱり止めたとギブアップを表明し、代わりの選手を探したが見つからなかった（外国の例）とか、理由は様々ですが、選手の性格的な面が郵便将棋の場合は特に勝敗に影響を与えます。平均して１チームに１名は脱落者が出て普通です。（今回オランダ・チームの不成績は脱落者３名に及んだためです。）今、全チーム５人のうち各１人が脱落したとすると、20〜40％の試合が没収試合（不戦勝）や放棄試合（不戦敗）になります。もし、それが各２名になると実に40〜80％がそうなる計算です。第３表でもそれが結構多く見られています。即ち、没収試合（□）や放棄試合（■）が日本の２チーム合わせて60試合中28試合と、半分近くあることからもよくわかります。トーナメント・ディレクターのコントスキーさんは国際郵便チェスの元チャンピオンですが、郵便チェスの場合でもこのようなことは数多くあり、特に今回将棋の場合に多過ぎるということではない、とのお話でした。また、どんな相手と組合わさったかでも運不運があります。例えば、手紙の返事がすぐ来なかったり、ムラのある相手に当たった場合、真面目に将棋を指す意志があるのかどうか疑いたくなって、つい自分の方までヤル気をなくすようなこともあります。<br />
　あまりにも短手数で終わった将棋には、見落としによるものが多くあります。そうでなくても不慣れな書き間違い（桂馬のつもりでナイトの頭文字Ｋを書いてしまい、キングと受け取られて玉がヘンな方向に１手動いてしまった）とか、或いは、王手をついウッカリして防がなかったので反則負けになったとか、一旦手紙に書いてしまったらもはや訂正出来ない、という郵便将棋独特のルールも成績に大きな影響を与えたようです。このようなことは、将棋を楽しむのか、それとも勝負をつける事に力点をおいているのか、によってルールの作り方が変わるということです。今回はそういう意味でやや中途半端であったかも知れません。外国チームどうしの試合で、片方がルールを悪用し、いつも相手から催促があるまで返事を出さずに相手をイライラさせたり、或いは少し不利になると不利が拡大しないように急に進行を遅くしたり、というようなトラブルが生じたように聞いています。日本の選手の場合は、皆さん余裕があって、どちらかというと勝負よりも将棋を楽しみたいと考えていたのではないでしょうか。或る選手の場合、相手は将棋が好きで将棋を指しているのではなく、日本に旅行に行きたいがために単に日本に拠点を作ろうとしているのではないか、と疑いたくなるような態度がみられ、文通をやめたくなって途中で投了したという報告を受けました。相手にめぐまれないと郵便将棋もなかなか楽しむことが出来ません。<br />
　そういう中から、150手を越す熱戦を４年５年と続けて勝敗を争った試合も散見され、相手に恵まれたとはいえ、大いにプレイを楽しむことが出来たことは大変喜ばしいことでした。また、せっかく信頼出来る相手だったのに、病気になって入院してしまい、残念なことに亡くなってしまった、という悲劇も１件起こり、何年もかかるような将棋をさしていると、諸行無常の世の中の移り変わりまで感じさせられます。<br />
　なお、チーム成績としての勝ち星の数は、相手が試合を放棄して勝ったのか（第３表の□印）、それとも実際に将棋を指した上で相手を投了に追い込んで勝ったのか（同じく○印）を、区別せずに同等に取扱っています。しかし、私としては、０〜20手以内の放棄による勝は１点、それ以上指して勝った時は投了でも放棄でも２点、と区別したらどうかと考えています。勝ち星の価値が違うように思えるのですが、始めにそのようなルールにしていなかったので、この際そういう区別はしていません。<br />
　外国の選手の中では、フランス・チームの Hall、Tran の両選手が共に５勝１引分の好成績でしたが、○印の勝は共に３個です。それよりもドイツ・チームの R,Soelter 選手の４勝２引分という成績は、○印の勝４個によるもので賞賛に値します。どなたか挑戦してみる方はいませんか？（勿論、公正な駒落ちで）<br />
　それから、この８ケ国による団体戦はイギリスのＰＳＬ（Ｐostal Ｓhogi Ｌeague）組織の管理下で行われましたが、その組織の長である P.Holland　会長は、自らイギリス西部チームの一員として参加して３勝３敗の成績を残しました。<br />
　さて、これで国際親善を旨とした第１回の国際郵便将棋の団体戦は終了しましたが、ここ数年の間に急速に広まったパソコン通信による、いわゆるＥメール将棋が今や古いポスタル将棋に取って変わろうとしています。第２回の団体戦を企画するに当たっては、郵便だけで何年もかかるやり方が果たして成功するかどうか疑問に思えてきました。個人間での郵便の遣り取りは、当事者が２人だけなので処理し易いのですが、団体戦ともなると何人も参画している中のたった１局が終わらなくても全体が終わることが出来ず、無駄な時間が多すぎます。それに引換え、Ｅメールでは通信時間が格段に速いだけでなく、発信時刻が明瞭で、翌々日付けの返事を義務付ければ（これを越える場合は、各自持ち時間30日の中で処理する等）時間切れ負けもハッキリして、試合の進行がダラダラせず管理し易くなります。どうやら、個人戦はともかく団体戦に関する限り郵便の時代はもはや過ぎ去ったのではないでしょうか。そうなると今回の団体戦は最初で最後という貴重なデータになるわけです。　　かけはし次号から日本選手の戦いの跡を御紹介していきます。紙面の都合で全棋譜の紹介が出来ないのは残念ですが、見応えのある攻防が随所に見られますので、一度並べてみて下さい。</p>

<p>注：Postal Shogi League,世界的に会員どうしの郵便将棋を斡旋している。最近ではＥメール可能な会員も増えてきた。詳細は「かけはし」創刊号参照のこと。興味のある方は、お申し出いただければ、その部分のコピーをお送り致します。</p>

<p>別表<br />
<a href="http://shogi-isps.org/photos/uncategorized/2009/07/05/postal_chart2.jpg"><img border="0" src="http://shogi-isps.org/photos/uncategorized/2009/07/05/postal_chart2.jpg" title="Postal_chart2" alt="Postal_chart2" class="image-full" /></a>


<br />
<a href="http://shogi-isps.org/photos/uncategorized/2009/07/05/postal_chart3.jpg"><img border="0" src="http://shogi-isps.org/photos/uncategorized/2009/07/05/postal_chart3.jpg" title="Postal_chart3" alt="Postal_chart3" class="image-full" /></a>


<br />
別表２<br />
<a href="http://shogi-isps.org/photos/uncategorized/2009/07/05/postal_chart4_1.jpg"><img border="0" src="http://shogi-isps.org/photos/uncategorized/2009/07/05/postal_chart4_1.jpg" title="Postal_chart4_1" alt="Postal_chart4_1" class="image-full" /></a>


<br />
<a href="http://shogi-isps.org/photos/uncategorized/2009/07/05/postal_chart4_2.jpg"><img border="0" src="http://shogi-isps.org/photos/uncategorized/2009/07/05/postal_chart4_2.jpg" title="Postal_chart4_2" alt="Postal_chart4_2" class="image-full" /></a>


</p></div>
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        <title>国際郵便将棋のすすめ(創刊号、1996.4.1)</title>
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        <published>2004-07-21T14:01:43+09:00</published>
        <updated>2009-07-27T15:17:46+09:00</updated>
        <summary>　イギリス人が組織を作った 　昔から西洋で盛んに行なわれている西洋将棋、いわゆる...</summary>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　<strong>イギリス人が組織を作った</strong><br />
　昔から西洋で盛んに行なわれている西洋将棋、いわゆるチェスは既に世界各国に普及され、アメリカ対ロシアというような世界選手権が争われている事は、皆様既にご承知かと思います。あの有名なデンマークの童話作家、アンデルセンも、チェスで世界選手権を取ったことがあります。(<strong>鈴木良尚</strong>）</p><p>　一方、わが国で発達した日本の将棋は、ここ２０〜３０年の間に急激に世界に知られはじめ、人数はまだ少ないものの、いまや外国人同士の間でヨーロッパ選手権などが争われるようにまでなっています。将棋を指す外国人の選手は、もともとチェスの選手だった人が比較的多く、日本の将棋はチェスよりも数倍おもしろいと全員が口を揃えます。それは終盤では使える駒が殆んどなくなるチェスに比　べ、持ち駒を駆使して目の覚めるような攻防戦がいつまでも続く日本の将棋の方が魅力的だ、ということではないかと思います。<br />
　ところで西洋では国際郵便チェスも古くから盛んに行なわれています。日本でも郵便将棋と言って、遠く離れたところにいる人同士、郵便で一手ずつ指す将棋を楽しんでいる人がいる事と同じです。ただチェスの方はもっと国際的で、アメリカ人対フランス人、ドイツ人対スペイン人という組み合わせが可能となり、楽しみが一回り大きいといえるでしょう。<br />
さあ、そこで将棋の方で国際郵便将棋を初めて大規模に展開した人がイギリスにいます。面白いことにそれは日本人ではありませんでした。その人の名前はフィリップ・ホランド（Ｐｈｉｌｉｐ　Ｈｏｌｌａｎｄ）。愛称フィルで元銀行マンです。名前から見て先祖がオランダ系の人なのかも知れません。現在ロンドン郊外に住んでおり、将棋の強さはまだ級位者ですが人や組織を束ねる事に優れ、一時期イギリス将棋連盟（ＢＳＦ，Ｂｒｉｔｉｓｈ　Ｓｈｏｇｉ　Ｆｅｄｅｒａｔｉｏｎ）の会長をしていたこともあります。従って、イギリス将棋連盟の機関紙「ＳＨＯＴＥＮ」（焦点）には今でも国際郵便将棋の運営状況が、毎号必ずと言ってよいくらい掲載されています。<br />
　フィルが友人と一緒に創設した組織はＰｏｓｔａｌ　Ｓｈｏｇｉ　Ｌｅａｇｕｅ（ＰＳＬ）と言い、国際（Ｉｎｔｅｒｎａｔｉｏｎａｌ）という字は入っていません。その理由は、イギリス人同士で将棋の技術を磨き研究しながら楽しもう、という発想があった事も確かでしょうが、もう一つ、これは日本人には少しわかりにくい事かも知れませんが、ヨーロッパには幾つもの国に分かれてはいるものの、各国間の往来は全く自由かつ容易であり、フランス人でもドイツ人でも勝手にイギリスに来て将棋を指し日帰りで帰る事もでき、ことさら国際などという名前をつけて気張らなくても、国際的である事が当たり前の状態なのです。但しこれはヨーロッパの中の話でして、距離的に遠いアメリカや日本の事を考えるときは自然に“Ｉｎｔｅｒｎａｔｉｏｎａｌ”という言葉が入ります。</p>

<p><strong>ＰＳＬは何をしてくれる？　</strong><br />
　ＰＳＬでは、日本人の場合１年分の会費２ポンド（約３００円）を支払ってメンバーになると、一年に２回のＰＳＬレポートが送られて来ます。そこには全メンバーの試合状況や最近半年間の試合結果、さらにメンバー同士の通信欄などがあり、楽しく読むことが出来ます。また、新しく国際郵便将棋をはじめたい人には希望（国籍、将棋の強さ）を聞いてメンバーの中から適当な人を斡旋してもらえます。勿論、強さには差のある場合が多いのでその場合は一定の駒落ちが定められていますが、本人同士でこれは自由に変えてもいい事になっています。この辺はレーティングの考え方が採用されており、細かい計算は省略しますが、対局結果を集積して自分の持ち点が上がったり下がったりするように出来ています。<br />
　１９９５年１２月時点での総会員数は６７名、このうち４８名が外国人で、やはり本家のイギリス人が最も多くなっています。日本人は、国内在住者以外の殆どは、現地日本人会が熱心に活動しているタイの在住者です。外国人の有段者はかってヨーロッパ選手権を取った事もあるイギリスのラムさん、オランダのグリムベルゲンさんを含めて１０名ほど居ります。</p>

<p><strong>８カ国団体対抗戦の開催</strong><br />
　１９９３年春より８カ国各５人の選手による国別団体対抗戦が開催されました。参加国はイギリス、アメリカ、フランス、イタリア、ドイツ、オランダ、タイ、日本の８カ国で、イギリスと日本は２チームずつ合計１０チームです。総当りにすると１選手当たりの試合数が多くなり過ぎ、また日本の２チーム同士で対戦することは本意では無いので、出来るだけ強いチーム同士、あるいは弱いチーム同士、６チームだけと対戦するよう調整する事になりました。その方が駒落ちの試合も少なくなります。<br />
　チームを編成してみて驚いた事には、オランダチームが最もレーティング点数が高く、元アマチュア王将である谷川さんを擁する東日本チームを上回っていた事でした。オランダチームは粒揃いです。しかし、試合の方は駒落ち方式で力のバランスをとりますので、勝負は何ともいえません。また出来るだけ多くの人に参加してもらうため、５人の正選手の試合数を減らして補欠の選手にも活躍してもらう事とし、アメリカチームは９名、日本チームは１４名（２チーム）でスタートしています。<br />
　試合期間は３年間を予定していましたが、何分初めての企画でもあり、対抗戦開催に際してＰＳＬに加入した選手が居て国際郵便将棋に慣れていなかったりして、開始より２年以上経過した１９９５年１２月現在でも勝負のついた試合数と、中盤から終盤にかけて大熱戦を繰り広げている試合数がほぼ同数という現状です。あと１年で終わらない試合は判定で勝負を決める事になるでしょう。判定は日本将棋連盟の室岡六段に引き受けて頂けることになっています。<br />
　１９９５年１２月現在ドイツチームがトップを走っています。得点数とは（勝数）×２＋(引分け＋残り試合数)×１の合計です。この方法では残り試合数を１/２の確率で勝つものとして計算することになるので、東日本チームは勝率６割2分５厘(１０勝６敗)でイギリス東チームの勝率６割６分６厘（６勝３敗)より低くても点数ではイギリス東チームを上回ります。こういう考え方もちょっと日本と違って面白いとは思いませんか？</p>

<p><strong>訪問の楽しみ</strong><br />
　国際郵便将棋はエアメールで行ないますので相手に届くのに５日位は掛かります。従って、国内の郵便将棋の２倍くらいの時間が掛かりますが、相手が外国人だけにペンパルのような文通の楽しみもあります。海外出張したときの土曜・日曜に相手を訪問すれば大歓迎される事も必定です。<br />
興味のある方や質問のある方は｢将棋を世界に広める会｣又は直接｢国際郵便将棋連盟日本支部｣（〒２３６横浜市金沢区釜利谷４−４１−８鈴木良尚）へどうぞ。<br />
<a href="http://shogi-isps.org/photos/uncategorized/2009/07/05/psl_wld.jpg"><img border="0" src="http://shogi-isps.org/photos/uncategorized/2009/07/05/psl_wld.jpg" title="Psl_wld" alt="Psl_wld" class="image-full" /></a>


</p></div>
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