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    <title>かけはしアーカイブズ - 将棋を世界に広める会: 北米</title>
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        <title>ニューヨーク第３回将棋大会の報告（49号、2010年2月20日発行）</title>
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        <published>2011-01-08T15:35:00+09:00</published>
        <updated>2011-01-08T15:35:02+09:00</updated>
        <summary>　2008年11月天童の国際フェステイバルにはじまり、2009年8月の上海、そし...</summary>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　2008年11月天童の国際フェステイバルにはじまり、2009年8月の上海、そして11月のニューヨークとここのところ国際化をうたった将棋大会が連
続して開催されました。またLadies Holly Cup の決勝戦が11月5日に上海の「花園飯店」でおこなわれました。こうした国際化の流れは偶然とは言えず、最近の将棋界の動向を踏まえたものと思われます。<br />
　いずれにせよこうした情勢をISPSの立場から、この目で確かめたかった私は、11月13日全日空機でニューヨークへ向かいました（<strong>宇都宮靖彦</strong>）</p><p>　今回は第3回将棋世界大会（英文ではThe Third Shogi World Championship Tournament）と銘打っており、ラガーデイア空港のすぐ近くの瀟洒なホテルで11月14日~15日の両日世界各地からの選手や地元アメリカの各支部からあつまった総勢51名［子供大会は除く、また各地の予選大会を含めると総勢400人参加］が参加して行われました。顧みれば2000年に第１回世界将棋大会が成功裏に開催され、第２回大会を次年度に鋭意準備していた矢先に9月11日のテロリストの事件が起き、中止のやむなきに至りました。爾後中断していましたが、第１回の当事者であるニューヨークの将棋クラブ（日本将棋連盟ニューヨーク支部）の人たちが再びたちあがって今回大会を開催にこぎつけられたと聞いております。ただ今回もサブプライムローン問題やリーマンブラザースの破錠などの未曾有の経済問題が米国経済を直撃しており、その中で準備を進められた関係者の皆さまには深く敬意を表するものであります。</p>

<p>　さてこうした大イベントをとりしきるのは、ニューヨーク将棋クラブのトップ林稔さん同じく副会長の荻原茂孝さんです。古武士の風格のある林さんは大会の期間中ずうっと半纏風の上っ張りに身を固めて、お忙しいだろうに細かい相談にものっておられました。荻原さんはISPSの古くからの会員で本職は弁護士さんです。流暢な英語を駆使して、大会ではもっぱら司会、進行役を努めておられました。</p>

<p>　大会の方は1日目は招待選手以外の選手による予選がおこなわれており、招待選手はもっぱら日本からやってきたプロ棋士相手の指導将棋をうけていました（屋敷九段、石川七段、近藤六段、伊藤（真）四段、伊藤（明）野田沢女流）。ただ下馬評では、どうも今回は予選から勝ち抜いてくる選手が強そうだとの噂で、事実決勝はアメリカ国籍で日本からやってきた小木ポールさんとブラジルに将棋指導に渡ってから50年という烏山久夫さんの実力者同士（いずれも招待選手ではない）の戦いとなりました。</p>　<p>烏山さんは小野ゆかりさん（招待選手、アマ女流名人）カウフマンジュニアなどの強敵を倒しての決勝進出です。また小木ポールさんは準決勝で元奨で前回の優勝者江越克将さんを破っています。</p>　<p>小木さんは埼玉県代表として平成21年度アマ名人戦全国大会に出場し、なんと準々決勝まで勝ちすすんだという強豪で、将棋クラブ24でレーテイング2,700点以上というからいずれトップアマをめざす、いや既にその域にたっしつつある新進の一人といえましょう。<br />さすがのベテラン烏山さんもこうすべくも無く敗れましたが、最近の日本アマ棋界における序盤作戦の進歩に「今更穴熊を勉強する気にもならんしー」とぼやいていました。<br />話は変わりますが、ISPSからは最近では初めてアメリカを訪れたわけですが、我々の従来の認識では、アメリカには独特の日系社会があり、アメリカ各地に支部がありますが、大半が日系人中心であること、その運営も日系人が担っていると考えていました。したがってISPSの従来ヨーロッパ、中国など現地のヨーロッパ人や中国人を直接対象にした普及のやり方とは一味違ったものと受け止め、アメリカ将棋界はその歴史があり、それぞれ尊重しながら今日まで参りました。</p>　<p>ただ我々もHIDETCHIさんのYouTubeによる英語の将棋教室を中心に活動をしてゆくうちに、南部のアメリカの人たちの中にも共鳴する人が現れてきます。</p>　<p>たまたまミシシッピー州のメンフィスで将棋をしているグループから、ニューヨーク将棋クラブへ連絡が入り、荻原さんや石田さん（小生の滞在に関しお世話になりました）が出かけて、児童の指導にあたるなどの情報も入りました。（詳細は将棋世界１月号に記載されています。）<br />それでは今後は情報交換をみつにしましょうということになりました。またとりあえず、「かけはし」46号のHidetchiさんのYouTubeによる将棋教室に関する記事を10部ほどコピーして持参したので、参加者の中から日系人や日本語の読める外国人を選んで説明する機会を持ちました。</p>　<p>今回参加者の中で目立ったのは、ブラジルなどの南米勢でした。ブラジル将棋連盟はその昔大山名人が力を入れられて、現地から師範派遣の要請があった時、専門家に適当な人が見つからず、早稲田をでて地方銀行に勤めていた烏山さんに白羽の矢が立ったと聞いています。それから幾星霜　早稲田の烏山くんはブラジル代表ロベルト高島さんとともに我々の前に姿を現してくれました。<br />またブラジルから現在はチリに移住して学生、学童中心の将棋普及活動をつづけている江越さん（最近連盟のチリ支部を設立支部長に就任）は、HIDETCHIさんのYouTubeの将棋教室については南米ではスペイン語が全てですよとの意見でした。<br />その後帰国して調べてみると、HIDETCHIさんの将棋教室は、すでにスペイン語訳への翻訳が有志により進められており、なんと対応が可能ではないかという返事が返ってきました。<br />ニューヨーク将棋クラブ（日本将棋連盟ニューヨーク支部）といい、ブラジル将棋連盟（日本将棋連盟ブラジル支部）といい、いずれも日系人を中心に強固な地盤を持っています。これ等のかたがたのご協力によりさらに一層の普及が進めば嬉しいことです。<br />とくに昨年５月にはサンパウロに安恵八段石川七段が行かれたとき、ブラジル将棋連盟の斉藤専務理事のご好意で、ポートアレグレの大学で仲間に将棋を教えていた柳田真由美さんのグループを暖かく受け入れてくださったことがあり、こうした積み重ねが将来に続いて欲しいものです。</p>　<p>さてここまでは日系人の将棋について述べてきましたが、ここで非日系人の強豪について触れてみましょう。</p>　<p>ラリー　カウフマン、ランス　カウフマンの父子、アラン　ベイカー（天童で３位　大学準教授）の3人がいずれも出場し、ランス　カウフマンさんは４位に食い込みました。そのほかに小生が対局したことのある実力者に、ベッケルという長考派の米国人がいますが、今回は来ていませんでした。人材の宝庫というかアメリカはなんといってもいろんな能力のある人の多い国です。日系人以外に広がってゆけばそれはそれできっと強い選手が出てくるでしょう。<br />将来への夢が広がる旅でした。</p></div>
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        <title>Game CourierでShogiを指す(30号,2004.12.18発行)</title>
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        <published>2005-04-15T15:20:52+09:00</published>
        <updated>2009-07-01T20:43:33+09:00</updated>
        <summary>　インターネットを使って、海外の方と将棋を指す方法について、リアルタイム対局がで...</summary>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　インターネットを使って、海外の方と将棋を指す方法について、リアルタイム対局ができる<a href="http://www.shogidojo.com/">将棋倶楽部２４</a>と、Eメールで対局ができる <a href="http://www.gamerz.net/pbmserv/">Richard's PBeM server</a> を過去のかけはしで紹介した。(<b>寺尾　学</b>）</p><p>　リアルタイムでの対局が好きではない人や、まとまった時間が取れない人にとっては、Richard's PBeM server が対局の手段だったが、一手毎に自動的に作られる英語の盤面図が日本人にとっては見にくいため、最近ではあまり使われていなかった。かわりに紹介したいのが <a href="http://play.chessvariants.org/pbm/">Game Courier </a>だ。<br />
　Game Courier は世界の様々なチェスの変種を集めたサイト chessvariants.org のサブサイトで、１５０種類以上の様々なゲームを体験できるようになっている。将棋もそのひとつである。<br />
　実際の対局方法は、Chessvariants.org のユーザーIDを取得し（無料）、将棋の盤面を選んで、ユーザー全体から対局者を募るか、ユーザのなかから対局者を指名するかして、対局を始める。先手後手は振り駒ではなく、お互いが任意に決める方式。<br />
　指し手は、７六歩なら'7g-7f'のように「７七にある駒を７六に動かす」というコマンドを入力して進めていく。最初は英語なので抵抗があるが、一度覚えてしまえば何ということはない。盤面図は、Game Courierの方でなじんだ図面を自動的に作ってくれるので重宝する。<br />
　また、持ち時間の設定方法がユニークで、たとえば、最初の持ち時間が５日間で、相手が指してから24時間以内に指せば、その持ち時間は減らず、また、24時間以内に指せば、一手につき12時間のボーナスがもらえ持ち時間が増えていく、という設定ができる。このような仕組みで、持ち時間が減らないように、互いが一定のペースを守って指すことが促進されるようになっている。<br />
　今、筆者はイタリアとイギリスの棋友とこのサイトを通じて一日二手（双方一手ずつ）くらいのペースで対局している。皆様も、このサイトで海外の方と将棋を指してみてはいかがだろうか。（ユーザー登録の仕方など不明な点は、かけはし編集部までご連絡いただければ、お教えいたします。）</p></div>
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        <title>素晴らしき世界大会参加レポート(14号,2000.12.25)</title>
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        <published>2004-09-29T15:54:39+09:00</published>
        <updated>2009-07-01T20:43:27+09:00</updated>
        <summary>　２０００年の将棋世界チャンピオンシップが行われました。たいへんな成功で私が今ま...</summary>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　２０００年の将棋世界チャンピオンシップが行われました。たいへんな成功で私が今までに参加したトーナメントでは最高のものでした。</p>

<p>　<b>＊最高の受付</b><br />
　私が金曜日に到着したとき、主催者の増井さん、井上さん、荻原さんの３人から大変丁寧なあいさつがありました。またそのときに、”合衆国中西部チャンピオン”と名入れしたバッジをもらい、うれしく思った反面、私の棋力は二段なので大丈夫だろうかと心配にもなりました。(<b>Doug Dysart</b>,  Ohio Shogi Club Founder　翻訳　かけはし編集部)</p><p>　このような素晴らしい受付はチェスの大会では経験がありません。もちろんスーパーGMクラスの人なら別でしょうが。私はすぐ、生涯ずっとつきあうであろう新しい友人と出会うことになったさけです。私のルームメートはインターネットで既に知りあっていたMarc Theeuwen（オランダチャンピオン）でした。<br />
　土曜日になり大会が始まりました。私はシードされていたので、予選はなく、プロに角落ちを教わりました。後になり、Larry が角落ちではハンデが低すぎると指摘してきましたが、ほとんどの対局で落ち着いて指せたと思います。<br />
　それから昼食へ出かけました。料金は前払いされています。これはとてもよいことです。食事の間中新しい友人との語らいを楽しむことができます。<br />
　昼食後に本当の動きが始まりました。私は２回戦に進むことはできましたが、そこでなんとルームメートに討ち取られてしまいました。ただ、彼が４位になったので私の気分は悪いものではありませんでした。<br />
　夜の帳がおり、T.　Asada とChiaki　Ito との信じられないような試合を観戦しました。Ito は偶然ですが私の最初の将棋友達です。この試合には千ドルがかかっていたので、熱戦が展開されましたが、最後に　Asada さんが入玉を果たして勝ちました。<br />
 <br />
　<b>＊英語でしゃべる棋士</b></p>

<p>　その晩、皆で一緒にディナーをとりました。スピーチがいくつかありました。私はもちろん、林さん、増井さん、日本将棋連盟、合衆国将棋連盟に対して、このようなすばらしいイベントを開催されたことに感謝の気持ちをのべました。<br />
　本当にすばらしかったことはプロ棋士が英語でしゃべろうとしてくれたことです。佐藤先生と近藤先生は特にそうです。両方ともたいへん親しみがあり気さくな人で、私はお二人の大ファンになってしまいました。<br />
　日曜日はまた、勝ち抜き戦の続きです。また、同時に、予選で１勝２敗だった人のＢクラス、０勝２敗だった人のＣクラスも同時に行われました。これらについても大きな賞品がかかっていたので皆真剣で熱心でした。<br />
　Ray Kaufumanが彼のセクションで賞品を獲得しました。マーク  同士の戦いとして、Mark Ono と Marc Theeuwenの対局が注目されました。Marcがマジックのような手順で逆転勝ちをしました。<br />
　Egoshiさんと私の友人Chiaki Itoとの決勝戦は接戦でした。賞金は3000ドルがかかっています。対局の進行とともにプロが分析し、すべてがインターネットで中継されます。将棋が観衆に訴えるスポーツであることを初めて知りました。<br />
　将棋世界チャンピオンの栄冠はMr.Egoshi の上に輝きました。チャンピオンフラッグをつくったらどうでしょうか。<br />
　月曜日は、団体戦でした。私は Ray Kaufman, Geroge Fernandezと一緒のアメリカチームで、よく貢献できました。二人はやさしいことに私がチームＭＶＰになることにうなずいてくれました。大変名誉なことです。<br />
　この日も、プロ棋士との素晴らしいステーキパーティで最後までもりあがった一日でした。Peter Luger's のステーキは今までに食べたなかで最高でした。他の食べ物やビールもおいしかったです。最後に、さよならを言い合いました。ロンドンのMSO で再会することを楽しみにしながら。</p>

<p>　<b>＊棋友たちとの出逢い</b></p>

<p>　今回の大会は賞金のかかった競技的要素が強いものでしたが、同時に楽しく社交的な集まりでもありました。増井さんはさながら　MC のようで、いつも彼のまわりには笑いがあり、皆が笑顔で話し掛けられるよう配慮されていました。<br />
　それから英語で話し掛けてくれた近藤先生を忘れてはいけません。先生の英語は完璧ではありませんでしたが、英語で話し掛けていただいたことはたいへん光栄なことでした。。近藤先生が今後の人生で活躍することを祈念します。<br />
　ヨーロッパの将棋友だちと会えたのもたいへんによいことでした。ブラジル人たちは、英語をよく知らないようでしたが、それでも私と話そうとしてくれてともに楽しい時をすごせました。　いまや有名な著作家となったTony Hoskingと会えたのもうれしいことでした。Marc Onoは常に一緒にいて楽しいひとでした。そして、もちろん、すでに旧知となっているWashinton DCとニューヨークの将棋友だちに再会できた機会でもありました。<br />
　この大会は非常にうまくいったと考えています。無事に終わり、問題も残りませんでした。来た人は皆ほほえみをたたえながら去り、次の機会にあいまみえることを心待ちにしています。多分、来年、おなじような条件で行われるのでしょうが。その機会がたいへん待ち遠しく思われます。</p></div>
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        <title>ニューヨーク第一回将棋世界大会レポート(13号、2000.9.15)</title>
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        <published>2004-09-29T11:31:11+09:00</published>
        <updated>2009-07-01T20:43:26+09:00</updated>
        <summary>　今年５月にニューヨークで行われた第１回将棋大会は、大成功のうちに幕を閉じた。世...</summary>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　今年５月にニューヨークで行われた第１回将棋大会は、大成功のうちに幕を閉じた。世界各国の予選優勝者を大会側が渡航費用をもって招待し、各レベルの入賞者に多額の賞金を出すというこの世界大会は、日本を除く全世界のアマ最強者を決定するというのがそもそもの趣旨であったが、最終的にはそれ以上の結果を生んだ。(<b>荻原茂孝</b>、ニューヨーク将棋クラブ幹事・将棋世界大会運営委員長)</p><p>　参加者の多くから頂いた、これまでにない素晴らしい大会だった、心に残る良い体験だったという賛辞が、今大会を企画し実行したニューヨーク将棋クラブのメンバーをねぎらった。準備は半年以上も前からあったが、まずは大会当日の模様から報告したい。</p>

<p><b>＊日本からプロも参加</b></p>

<p>　日本から特別ご参加いただいたプロの石川陽生六段（ニューヨーク支部特別顧問）と近藤正和四段が５月１５日（月）にニューヨーク着。１７日（水）には日本将棋連盟からの派遣棋士として、飯塚祐紀五段と佐藤伸哉四段のお二人が到着されて、その晩はマンハッタンの中華料理店でニューヨーク将棋クラブ員による歓迎会が行われた。飯塚、佐藤両先生はニューヨークは初めてとのことだったが、たちまちに楽しい雰囲気に飲まれて、二次会までお付き合いとなった。<br />
　大会の会場となったのは、ニューヨーク市郊外アーモンクにあるラマダ・イン・ホテル。５月１９日の金曜日の午後から、世界各国からの競技参加者および関係者が続々と集まってきた。ブラジルからの総勢８人（競技者でない者も含む）の選手団も、すでに投宿していた。この日の午後１０時までに登録手続きを済ませるという規定だ。<br />
　登録の際にはすべての人に、大会側が用意した１６ページのプログラム、各自の名前や国名が印刷されたネーム・バッジ、今大会に特別制作したＴシャツ、アルファベットで大会名が入った珍しい扇子、および棋書１冊が手渡された。事前の手配通り、参加者全員が同ホテルに部屋をとって明日に備える。大会主催者の担当者はこの晩、予選の組み合わせ表やアマプロ戦の対戦表を作って会場に貼り出した。<br />
　翌２０日（土）が競技の初日である。８時４５分から大ホールで開会式。プロの先生方や関係者の式辞と紹介、予選組み合わせ等の説明、競技ルールの確認などが一通り済んで、９時１５分に試合開始となった。この日はまず、予選参加者が９ブロックに分けられ、３回戦の結果によってＡクラスからＣクラスまで分けられた。</p>

<p><b>＊アマプロ角落ち戦</b></p>

<p>　一方各国（およびアメリカ各支部）予選の優勝者にヨーロッパ・チャンピオン、全米チャンピオンなどを加えた合計２０名の招待選手はシード選手として、予選に出るかわりにアマプロ戦を楽しんだ。<br />
　４人のプロ棋士がすべて角落ちで５面指し。世界から集まったそうそうたるアマ強豪２０人が３局ずつ指したが結果は合計してプロの５１勝６敗。角落ちという手合いで、さすがプロというべきか、アマが善戦したというべきか評価は分かれるところだ。<br />
　アマ側２０名のうち、１勝した者が２名、２勝したのが２名で、あとは全敗という結果だった。タイ代表の伊藤千顕さんとロサンゼルス支部代表の浅田拓史君（１５歳）がともに２勝して並んだため、優勝者決定戦が臨時に夕食後に大ホールで行われた。１５９手の大熱戦の末、浅田君が優勝して１，０００ドルの賞金を手にした（準優勝者は５００ドル）<br />
　この日の夕方までにＡクラスの第２回戦までが終了。午後、自分の競技が済んだ者は、プロの指導対局に参加したり、将棋道場で自由に対局したりと様々だ。この将棋道場とは、ホテルの２階の会議室を特別仮説道場にしたものだ。日本にある町の道場と同様、席主を置いて個々人の勝敗表にスタンプを押していく。２日間の最多勝者にも賞品が用意されていた。</p>

<p><b>＊盛り上がった夕食会</b><br />
　<br />
　夕食は、大ホールのとなりにあるホテル内のレストランで全員がビュッフェ・スタイルのディナーを楽しんだ。世界各国から集まった将棋仲間が、飲みながら自由に将棋を語らい合うだけで盛り上がるが、それだけではない。その場に用意されたマイクロフォンの前に各国の参加者が次々と立って、自由にスピーチをしたのだ。それぞれのお国なまりの英語で、自己紹介や抱負今大会に対する思いや感激を思いのままにしゃべってもらった。ついにはプロの先生方までが呼ばれてマイクの前に立ったが、特に、英語を交えて茶目っ気たっぷりに挨拶された近藤先生のスピーチには沸きに沸いた。<br />
　夕食後には、思いがけない余興が実現した。プロの４人の先生方が公開対局をしてくれることになったのだ。近藤四段と飯塚五段が対局し、佐藤四段が記録係、石川六段が大盤解説を担当して、即興のプロ対局が実現した。海外にいる将棋ファンにとって、プロの対局を目近に観戦できる機会はめったにないので、こんなに嬉しいことはない。まして、数少ない本を便りに将棋を勉強してきた外国人の多くにとっては、初めての体験だったに違いない。<br />
　対局の途中で５回ほど｢次の１手｣問題をやって大賑わいとなった。石川プロの楽しい解説と聞き手（兼通訳係）の話がすぐ近く対局者に聞こえるので、対局者も時々クスクス笑いながら指しているといった、終始和気藹々としたお好み対局となった。（勝負は飯塚五段の勝ち。）参加者を楽しませて頂いたプロの先生方に感謝したい。</p>

<p><b>＊ハプニング続出</b></p>

<p>　翌２１日（日）の朝は、Ａクラスの第３回戦、Ｂ，Ｃクラスの第１回戦、および前日Ａクラスの第２回戦までで敗退した者のため敗者戦リーグの第１回戦から始まった。<br />
　見ごたえのある熱戦が多かったが、こういった大会で特別のマッチでない限り棋譜を残せないのが残念。持ち時間はすべて20分と３０秒の秒読み。時間が短いのでハプニングも起こる。<br />
　本命の一人と思われたワシントンのラリー・カウフマンはニューヨークの鈴木さん（現全米チャンピオン）に敗れたが、その鈴木さんは４回戦でイギリス代表のトニー・ホスキング（英語で将棋の本を出版していることで知られる）に苦戦。ところが、際どい終盤戦でホスキング氏が二歩を指して、あっけない幕切れ。ふだんは物静かでクールなホスキング氏も、この時ばかりは頭をかかえていた。<br />
　ロサンゼルス代表選手であった１５才の浅田君の活躍も期待されたが、第３回戦でブラジルから参加された大原さんに敗れた。結局、ベスト８に勝ち残ったのは、Yoshihisa　Suzuki（全米チャンピオン／ニューヨーク）、MarcTheeuwen（オランダ）、Chiaki　Ito（タイ）、Chuichiro　Yamada（マレーシア）、Katsushige　Ohara（ブラジル）、Katsumasa　Egoshi（ブラジル）、Arendvan　Oosten（ヨーロッパ・チャンピオン／オランダ）、Kisao　Ichihara（香港）の各選手だ。<br />
　オランダ、ブラジルがそれぞれ２名をベスト８に送り込んだという点が注目を集めた。昼食をはさんで準決勝戦が行われ決勝戦に勝ち上がったのが、タイ代表の伊藤千顕さんとブラジル代表の江越克将さんの二人。決勝戦は３時半に予定されていた。<br />
　一方、Ｂクラス、Ｃクラス、敗者戦もそれぞれ決勝戦が行われ結果は以下の通り。Ｂクラス優勝：Ｍｏｔｏｈｉｋｏ　Ｓａｔｏ（シカゴ）、Ｃクラス優勝：Ｓｉｇｅｒｕ　Ｉｓｈｉｄａ（ニューヨーク）、敗者戦優勝：第１ブロック・Ｓｈｉｇｅｔａｋａ　Ｏｇｉｈａｒａ（ニューヨーク）、第２ブロック・ＴａｋｕｓｈｉＡｓａｄａ（ロサンゼルス）。</p>

<p><b>＊白熱の決勝戦</b></p>

<p>　さてＡクラスの決勝戦。特別対局室が２階の個室に設けられた。１階の大ホールでは、プロの先生方による大盤解説が行われ皆がそれに聞き入った。伊藤さんの先手で始まった戦いは、３手目でいきなり角交換から筋違い角の戦型に発展。試合後に聞いた話だが、江越さんは対局前、初対局の伊藤さんに勝つためにどの戦法にしようかとあれこれ考えたが、筋違い角はまったく予想外だったので、３手目の２ニ角成りを見て頭が真っ白になったという。しかしそこからがさすがの実力者だ。玉頭を盛り上げ、チャンスと見るや、端歩を突いた上で５五角と打ち下ろした。ここからは後手の攻勢、先手の防衛という流れとなり、そのまま一気に先手の玉を攻め落して、後手・江越さんの勝ちとなった。<br />
　アマ世界チャンピオン、江越克将さんの誕生である。<br />
　江越さんは、２７才。奨励会に在籍した経験があるそうだが、現在ブラジル在住。サンパウロから４００キロも離れたアマゾンの奥地で、現地の孤児のための施設を作ることを目指した活動に従事している。生活を支えるためにマッサージ師をしているという。孤児院設立の夢に向ける情熱も旺盛で、福祉国家として知られるノルウェーの選手などと、協力者を捜す手がかりなどについて話し合っている姿が見られた。ラップトップのコンピューターを買って帰りたいと言っていたが、大会本部席でたまたま見かけたものが約２，６００ドルだと聞いて｢それはぼくのブラジルでの１年間の生活費ですよ！｣と言って舌を巻いた。こんな真摯な青年が３，０００ドルの優勝賞金を勝ち取ったことを喜びたい。ブラジル選手団がわがことのように喜んでいたのが印象的だった。<br />
　ちなみにこの決勝戦は、インターネットによる実況中継によって世界中に同時発信された。<br />
　日本のインターネット将棋道場｢将棋倶楽部２４｣との連携プレーによって、世界初の試みが成功したのだ。　｢将棋倶楽部２４｣主宰の久米さんの報告によると、決勝中継の観戦者数が２０４人だったということで、これは日本の明け方の時間帯だったことを考えると過去最高数に匹敵するという。<br />
　また、ニューヨーク将棋クラブのホームページ（www.nyshogi.com）へのアクセス数が、決勝戦のあった２１日には６，６００に達したという。信じられないような数字だ。</p>

<p><b>＊楽しい表彰式</b></p>

<p>　決勝戦の後に行われた表彰式では、たくさんのトロフィーと賞金が手渡され、賞品が参加者全員に贈られた。賞金は、Ａクラスは１位（＄３，０００）から４位まで、Ｂクラスも１位（＄１，５００）から４位まで、Ｃクラスは１位（＄３００）と２位にそれぞれ、プロアマ戦の優勝者と準優勝者にも賞金が渡された。敗者戦優勝者や、将棋道場での成績優秀者にもトロフィーが贈られた。<br />
　そればかりではない。プロ指導対局の場におけるＭＶＰ賞が、近藤プロのご推薦でノルウェーから参加したAntje　Rapmund女史に贈られた。唯一の女性選手だった彼女は、指導対局においても非常に熱心に質問をし、棋力向上に対する姿勢が印象的だったという。<br />
　審判員賞（プロの先生方が選んだ入賞者意外の一人）にはブラジルの大原さんが選ばれ、また大会委員長賞（林会長が選ぶ）には、ニューヨーク将棋クラブの和島、藤原両氏が選ばれて大きなトロフィーが渡された。<br />
　コンピューター操作が得意な和島さんは、大会本部席のコンピューターの前に張り付いて、対局成績をまとめたり、大会の進行を着々とホームページに載せたり、インターネットの実況中継を担当したりと忙しく、対局はほとんどできなかったが、大会に対する貢献度は誰もが認めるところだ。<br />
　一方の藤原さんも大会のフォーマットを考案し、トーナメントの進行に沿って選手の組み合わせ表を作成して発表しスムーズな大会運営に貢献した。<br />
　最後に、トーナメントMVP賞というのが準備されていて、これは実行委員の総意によって石川先生に贈られた。ニューヨーク支部顧問としてここ数年毎年のようにニューヨークにお越し頂いて支部との交流を深め、また毎年の全米将棋大会の特別顧問も務めて頂く石川プロのそういった献身的なご指導が今回のニューヨークでの世界大会の礎となったことを思えば、トーナメントMVP賞のもっとも相応しい受賞者といえるだろう。</p>

<p><b>＊四大陸戦</b></p>

<p>　日曜日の晩は、希望者を募ってロングアイランドにあるPeter　Lugerという有名なステーキ・ハウスに食事にでかけた。海外からの参加者のほとんどが同行して総勢３０数名になったので大変な賑わいとなった。<br />
　２日間の正式行事が終了して帰途についた者も多かったが、翌月曜日は、非公式な番外企画として｢四大陸チーム・トーナメント｣が催された。<br />
　まだニューヨークに残れる人たちを集めてアジア･チーム、アメリカ･チーム、ブラジル･チーム、ヨーロッパ･チームの４つのチームを組み、団体対抗戦とした。和気藹々とた友好的な雰囲気の中にも真剣な勝負が続き、アジア.チームの優勝となった。</p>

<p><b>＊クラブの才能集結</b></p>

<p>　今回の世界大会は、ニューヨーク将棋クラブが企画し、主催し、実行したものである。このような大きなイベントを計画し運営した経験などまったくない、−将棋クラブがこれを成功させるまでには苦労があった。資金集めや世界各地に埋もれた将棋ファンとの連絡も大変だった。実行委員のメンバーを中心にミーティングを何度も重ねたり、打ち合わせや連絡の取り合いにEメールの交換も頻繁だった。<br />
　関係者間で電話連絡やEメールが毎日のように飛び交ったが、その総数はおそらく何百となるだろう。みな仕事に忙しい者ばかりである。その人たちが仕事の合間をぬって、あるいは仕事をある程度犠牲にして準備に奔走した。<br />
　ニューヨーク将棋クラブのメンバーの多才ぶりがこれほど発揮されたことはない。コンピューターのエキスパートである者がクラブのホームページを作って広報に効果をあげた。デザインを本業とする者が大会のロゴ･デザインを作りプログラムの作成から印刷までを担当した。<br />
　集金力のある者が資金調達をし、収支の管理は会計士であるクラブ員が担当した。日本将棋連盟と太いパイプを持つ者が、連盟およびプロ棋士との連絡や調整にあたった。英語の得意な者が渉外的事務をこなし、日本から受け取った石川先生や二上会長の挨拶文などを翻訳した。<br />
　ジャズが好きだというプロには、クラブ員の中のジャズ専門家が案内役となって接待した。日本にいた頃から各種の将棋トーナメントに出場した経験のあるというクラブ員が、数学的頭脳をもって今大会のフォーマットと時間配分を考案した。<br />
　競技ルールの作成とその英文化はこれに明るいクラブ員が担当した。中でも、時間的に比較的ゆとりのあった増井さんは、商社マン時代にビジネスの世界で鍛えた手腕を発揮して、世界各地との膨大な量の通信、全員の渡航とホテルの部屋の手配、予算の配分から大会運営の細部にいたるまで、すべてに渡って指導的役割を果たした。まさに今大会を成功裏に終わらせた原動力だったと言っていい。<br />
　このように、クラブ員がそれぞれに自分のできる部分をできる範囲において能力を発揮し合った結果、目を見張るような力となって、素晴らしい成果を生むことになった。このニューヨーク将棋クラブのチームワークの良さとそれによって大仕事をし遂げたという充実感は、今大会における思いがけない収穫であった。<br />
　今後の将棋の海外普及を考える上で思うところもいろいろとあったが、それについては別の機会を待ちたい。</p></div>
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        <title>ワシントン将棋クラブと国際化(3号、1996.11.1)</title>
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        <published>2004-07-25T15:20:09+09:00</published>
        <updated>2009-07-01T20:43:22+09:00</updated>
        <summary>「日本将棋のどこが面白いのか」 「取った駒が、そのままのグレード（階級）で使える...</summary>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>「日本将棋のどこが面白いのか」<br />
「取った駒が、そのままのグレード（階級）で使える事。それにプロモーション（成駒）だ。チェスより、かなり複雑だ。」<br />
「メンバーにはチェスをやっていた者が多いのか。」<br />
「全員がそうだ。それより一つ教えて欲しい。取った駒が再使用出来るのは日本将棋だけだが、どうして、そのようなルールになったのか。」<br />
（<b>東京新聞編集委員　林茂雄</b>(現名古屋外国語大学教授 - Webmaster 註))</p><p>「うーん、どうしてかな。多分日本人は平和愛好民族なので捕虜を殺さないからではないか。」<br />
「捕虜に自軍を攻撃させるのは捕虜虐待ではないのか。」<br />
「･･･････？」</p>

<p>　今から15年前の1981年（昭和56年）、私は中日新聞・東京新聞のワシントン支局長を勤めていた｡ある夜のパーティで「ワシントンにアメリカ人だけの日本将棋クラブがある」との話を聞いた｡<br />
　運営責任者はラリー・カウフマン氏で、有段者が2､3人いる、とのことだった。月に一回カウフマン氏宅で例会を開いているというので、取材に訪れた。その時の問答が珍妙ともいうべき前記のやり取りだ。<br />
　インドで生まれた将棋の原形が西に伝わってチェスになり、東に伝わって中国将棋になりった。中国将棋が遣唐使により日本に伝わり、幾度かの改革後に、現在の形（駒数が四十枚）ととった駒が使えるようにルール改正されたのは室町時代末期の後奈良天皇（在位1526-57年）の時だという。（平凡社・大百科事典）いずれにせよ、取った駒が同じ戦力で使えるのが日本将棋最大の特色であり、今後将棋を世界に広める上でのセールスポイントにすべきだと思う。</p>

<p><b>カウフマン氏の功績</b><br />
　ワシントン将棋クラブ・メンバーの実力は私が想像していたより、はるかに強かった｡これは全員にチェスの下地がある上に、カウフマン氏の熱心な指導があるからだ｡同氏は1947年生まれ。本職は証券会社に勤めるコンピュータ・プログラマー。チェスの最高位は全米ランキング25位。日本将棋に転じてからは長期休暇を取って来日。新宿将棋道場で研修した経歴があり、当時５段の免状を持っていた。以来ワシントン在勤中は時折例会に参加させていただいた。カウフマン５段には私の棋力（三段格・東京外語大将棋部主将）では平手では歯が立たず、角を落としてもらい指し分けの結果だった。同氏はロンドンで開かれた第一回将棋国際選手権で準優勝していたが、後日にロンドン国際トーナメントで優勝ね1988年のアマ竜王戦に招待選手として出場している。<br />
　私の好敵手はコナーズ三段、フェルナンデス二段（いずれも当時）らで、勝ったり負けたりの成績だった。カウフマン氏はメンバー全員の対戦成績をお得意のコンピュータにインプットし、ポイントの開き具合で手合いを駒落ち将棋にしていた。カウフマン五段はメリーランド大学チェス・クラブのメンバーに日本将棋の指し方をおしえていたが、「みんな興味を持ってくれる｣と話していた。<br />
　その後、カウフマン氏が職務の都合でフロリダ州パークランドに移住し、月例会がなくなったので私も足遠くなった。三年間の東京勤務を挟んで、1987年に再度ワシントン勤務になった。ワシントン将棋クラブはコナーズ氏を中心に活動を続けていた。時折「トーナメントを開くから出席しないか」と誘いがかかったが、何かと多忙で二、三回しか顔を出さなかった。1987、88年にワシントン将棋クラブとニューヨーク日本人会との将棋対抗戦を行った。大学先輩の米国日経新聞社長の大原進氏の”挑戦”を受けたものだが、二回ともワシントンが敗れた。カウフマン氏不在のワシントンで選手七人を揃えるのは容易ではなかったからだ。</p>

<p><b>国際化への提案</b><br />
　さて、将棋を世界に広める方策だが、やはり国際的な広がりを持っているチェス・クラブを基礎にするのが妥当だと思う。囲碁もそうだが、将棋はルールさえ知っていれば言葉を 発しなくても対局できるのは大きなメリットだ。そのためには、ワシントン将棋クラブのカウフマン氏のような外国人指導者の”核”を作るのが早道だと思う。具体的には、日本将棋に関心を持つ者を日本に集めて、混載将棋研修会を開催するのがよいのではないか。そして各国から参加した者を支部長に任命して、とにかく”核”になる将棋クラブを世界各地に発足させてしまうことだ。将棋のルールと初歩的な指し方だけは母国語で説明できる者がいなくては、国際化は無理だと思う。<br />
　私自身の経験で言えることだが、将棋の終局後の感想戦を外国語で行なうことほど難しいものはない。対局は無言であるが、指導・解説となればどうしても言葉は必要だ。ワシントン将棋クラブでアメリカ人と感想戦をしていて、どのように英語で説明すればよいのか言葉に詰まったことが何回もある。例えば、「桂馬のふんどし」「居玉」「ひねり飛車」「腰掛け銀」など、無理に英語にすると訳が判らないものになる。<br />
　カウフマン五段がどのようにアメリカ人に説明していたかというと、特殊な将棋専門用語はそのまま日本語を使用していた。例えば、「ヤグラ」「ミノ」「アナグマ」などの囲い方、「ボーギン」「フリビシャ」「ツギフ」などの攻め方はそのまま日本語だった。「ナリカク」「トキン」「スヌキ」なども、そのまま使っていた。私はこれは将棋を国際的に広める上でヒントになると思う。<br />
　考えてみれば、麻雀用語はすべて中国語そのままだ。結構難しい役の名前まで原語で覚えてしまう。柔道の技の名前も日本語のままで国際的に通用している。かけはしにオランダ人のグリムベルゲン四段が「英語で将棋（Translating Shogi)」を連載しているが、私は将棋用語を無理に英語に訳すのは国際普及の本筋ではないと思う。なぜならば麻雀が中国文化であるように、将棋は日本文化そのものであるからだ。<br />
　そこで提案だが、世界に広めるに際しては、駒の名前も含めて、専門用語はすべて日本語をそのまま使用することほ原則にすればどうだろうか。説明ではチェスのルールを比較・活用するが、チェスとは異なる日本独特の知的スポーツであることを強調するためにも専門用語は日本語を使用するべきだと思う。<br />
　真にナショナル（民俗的）なものがインターナショナル（国際的）になることが多い。将棋も例外ではないと思う。</p></div>
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        <title>ワシントンDC将棋クラブ(2号、1996.7.7)</title>
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        <published>2004-07-22T18:51:37+09:00</published>
        <updated>2009-07-01T20:43:22+09:00</updated>
        <summary>燃える東海岸 　ニューヨーク（以下NY)、ワシントンDC(以下DC)、フロリダと...</summary>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p><b>燃える東海岸</b><br />
　ニューヨーク（以下NY)、ワシントンDC(以下DC)、フロリダと言うとアメリカ東海岸の有名都市ですが、これらは将棋が強いプレイヤーが揃っている都市でもあります。(<b>編集長　山田禎一</b>)</p><p>　NYは日本人が主ですが、フロリダはラリー・カウフマンさん、DCはジョージ・フェルナンデスさんという現地の方が中心です。<br />
　今年、第１回全米将棋選手権の決勝はNYの渡辺さんとDCの三五さんとの間で争われ、またアメリカ人の最高成績はカウフマンさん、２位はフェルナンデスさんでした。今年に関して言えば、西海岸側は少し分が悪かったようです。フェルナンデスさんはかけはし創刊号の中で山田彰さんに紹介して頂いたので、覚えている方も多いはず。私もアトランタまで行くついでに、ちょっと足を伸ばしてDCを訪ねることにしました。<br />
　NY将棋クラブとDC将棋クラブは定期的に対抗戦を開いており、いいライバル関係にあります。さらにカウフマンさんはかってDCに住んでいたこともある、という具合に、東海岸は一体となって将棋を楽しんでいるのです。</p>

<p><b>駒落ち大会</b><br />
　DC将棋クラブには１５級から五段まで、３０名以上のメンバーがいます。一番下が１５級というのは段位認定が結構きついと思いますが、どんなレベルの人も楽しめるよう、いろいろな形のトーナメントを実施しています。私が行った時も、予定を合わせて駒落ちトーナメントを開いてくれました。ここの駒落ち手合いは上手にとってかなり厳しくなるように決めています。例えば、初段の私と四段の三五さんとの試合では何と２枚落ちです。これはフェルナンデスさんの哲学によるもので、「上手の勝率が５割になるのが正しい手合い。」ごもっともです。確かに、力の差がはっきりしている場合、少し駒を落としたくらいでは差が埋まらないことが多いものです。最後は力が強い方が勝つのでしょうが、そこを勝率５割に持ち込むために上手にたっぷり駒を落とさせる、これがDC流駒落ちの心得です。<br />
　その代わり、トーナメントでなくても勝負は真剣です。駒落ちだから指導対局なんてことは全くありません。ましてやトーナメント、私も２枚も落としてもらいながら、きっちり負かされてしまいました。</p>

<p><b>もう一つの楽しみ</b><br />
　いくら駒落ちでも下級者が上級者に真剣に指されて勝ちきるのは容易ではありません。優勝を争ったのはやはり三五さんとフェルナンデスさんの二人の四段でした。<br />
　でも下級者にも楽しみが残っています。総合優勝以外にもクラス優勝というのを用意してあるところがDC将棋クラブのいいところ。私もベスト初段というトロフィーを頂いてしまいました。</p>

<p><b>桜祭りに出店</b><br />
　自分たちで将棋を楽しむばかりでなく、新しく将棋ファンを増やす努力も欠かせません。ポトマックリバーの河畔に植えられた桜の木、これは日本からの贈り物です。これにちなんだ桜祭りがDCで毎年４月に催されています。桜祭りには観光客も大勢来ます。人で賑わう中にDC将棋クラブもコーナーを設けて、展示と勧誘をしています。今年はクラブのメンバーが３０秒将棋の実演をやって、観客の目を引き付け、クラブの行事予定表とパンフレットを数十部配布、そのうちの何人かはクラブに名前を登録して帰ったそうです。クラブメンバーは年間２５ドルの会費をはらってますが、たまにしか参加できない人は年会費を払わずに１日３ドルで遊ぶこともできます。また初めて参加した人からは何ももらいません。３回目からは１日３ドルですが、１回目と２回目はただで将棋を楽しむことができます。このようにして将棋に知り合うきっかけを増やそうとしているのもDC将棋クラブの特徴です。<br />
　こんな風にアメリカにしっかり将棋が根付いた姿を見て、気持ちを新たにして帰って来たのでした。</p></div>
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        <title>西海岸で出会った将棋(2号、1996.7.7)</title>
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        <published>2004-07-21T23:11:16+09:00</published>
        <updated>2009-07-27T15:17:46+09:00</updated>
        <summary>忘れえぬ局面 後手：藤本信義 先手：Mr.Jeff Mollett 33手目　先...</summary>
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<![CDATA[
<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p><b>忘れえぬ局面</b></p>

<p>後手：藤本信義<br />
先手：Mr.Jeff Mollett<br />
33手目　先手８六歩まで<br />
<img alt="33moves.gif" src="http://shogi-isps.org/kakehashi/images/33moves.gif" width="250" height="230" border="0" /><br />
「ううむ、これは困ったことになったぞ。」図の局面を前に、私は考え込んでしまいました。<br />
（<b>宇宙開発事業団　藤本信義</b>）</p><p>　このまま飛車をさばかれては一段金の先手陣は妙に固く、一方私の後手陣は矢倉の角金銀が壁になっていてとてもしのぎきれそうにありません。しかし、相手は将棋を始めて１週間というアメリカ人です。このままずるずると負かされるわけには、どうしてもいきません。何とか打開策を求めて私は長考に沈みました。・・・・<br />
　この将棋は去年の１０月１５日、私の帰国を惜しんでサンノゼの友枝さんが開いてくれた送別将棋大会で、飛び入り参加のアメリカ人青年、ＪｅｆｆＭｏｌｌｅｔｔ さんと指した一戦です。彼はインターネットの将棋メーリングリスト（電子メールで将棋の情報を交換し合うグループ）でこの会のことを知り、実戦を指すのは初めてといいながら参加してくれたのです。それも、何と１週間ほど前に　Shogi for Biginners　という英語の入門書を読んで将棋を覚えたばかりというのです。最初は指導将棋と甘く見ていた私も、この局面にいたっては青くなっておりました。彼は元々はチェスの強豪プレーヤーでアジアの将棋に興味を持ち、いろいろ調べているうちに将棋にも行き当たったのだそうです。</p>

<p><b>世界の将棋・日本の将棋</b><br />
　 カリフォルニア州サンノゼ近辺はシリコンバレーという呼び名で日本でもよく知られています。ここには日本からの駐在員、戦前からの移住者など多くの日本人が暮らしておりその数は万を数えるともいいます。また、日本だけでなく、韓国、中国、ベトナム等々アジアの国々からたくさんの人々がやってきており、アメリカの中でも最もアジアの文化が流れ込んでいるところといえます。そして、それらの人々が、それぞれの国の文化とともに、それぞれの「しょうぎ」を持ち込んできています。すなわち、韓国のチャンギ、中国のシャンチー、タイのマークルックそしてもちろん将棋とチェス。<br />
　遠く国を離れても、将棋ファンの情熱を遮るものはなく、チャイナタウンの一角では、まさに大阪新世界の雰囲気のシャンチークラブを目にしました。そのせいでしょう、日本では手に入れるのすら大変であった中国将棋、韓国将棋の盤駒や書籍がここでは簡単に手に入ります。シャンチーの本はもちろん中国語ですが、うれしいことに漢字で書かれているので、気合い（？）を入れれば何とか読みこなせます。もちろん日本将棋の盤駒、書籍も、日本からの輸入品で少し値ははりますが、手に入れることができます。どの将棋も知れば知るほど深く、おもしろいものです。お互いにそれぞれの将棋を楽しめたらどんなにすばらしいだろうと思いました。</p>

<p><b>将棋普及の夢</b><br />
　私が将棋の海外への普及に興味を持ったのは、数年前、会社の同僚が英語で書かれた将棋の本があるよといってSHOGI-Japan's Game of　Strategy; by Trevor Leggettという本を買ってくれてからです。当時スペースシャトルの打ち上げ準備でしばしばフロリダを訪れていた私は、この本を手にして、アメリカ人に将棋を教えてみたいなあという漠然とした想いを擁きました。そのころケネディスペースセンターで同じ仕事場にいた日本びいきのアメリカ人エンジニアが囲碁をやっており、日本から本を持ってきてくれるよう頼まれたのを機会に、この将棋の本も渡して何とか興味を持ってもらおうとしたのですが、あまり関心を持ってはもらえませんでした。<br />
　それでまず、チェスプレーヤーならばと思いチェスを少し勉強し直して、その後もアメリカに行くたびに、チェスクラプを探したりなどしてみていたのですが、行き先が田舎ばかりだったせいでしょうか、まったく成果がありませんでした。その私が１年間の予定で、カリフォルニア、ベイエリア（地図をご覧ください）に滞在することが決まったとき、偶然目にしたのがサンノゼの友枝氏が近代将棋の読者のページに投稿された記事でした。<br />
　「これから行く先に将棋の熱心なファンがいる！」そう思った私は矢も盾もたまらず、友枝氏に宛てた手紙の筆を取っていたのでした。その友枝氏から、「いつでも歓迎いたします、まずはお電話ください」との暖かいお返事をいただいたのが、日本を出発するほんの少し前でした。サンノゼの隣に落ち着いた私は早速友枝氏をたずねました。氏はもう長いことサンノゼ地区に住まわれており、たくさんの将棋ファンがたずねてこられるそうです。一時期は１０人ほどの在住ファンがおり、将棋連盟サンノゼ支部の結成間際まで行ったものの、転勤、帰国などで現在は人数もへり、現在は少し下火だとのお話を伺いました。それでも、短期滞在者や、近々来訪予定の幾人かの将棋ファンを紹介してくれるとのお話をいただき、１年間の滞米中は半ばあきらめていた将棋が指せるという嬉しさにこころ弾ませながら、私のアメリカ生活が始まったのでした。<br />
　この友枝氏の紹介で、まずは日本から３ヶ月ほどの予定できているコンピュータエンジニアの方やバークレー大学に短期研究にくる先生等にお会いしました。そしてそれらの方々の紹介で次々に将棋の輪が広がってゆきました。なかでも、バークレーにお住まいの GaryPicker さんは大変に熱心な方で、ほとんど独学ながら、日本人留学生との実戦で鍛えた力強い将棋を指されます。もう、日本ではあまり見かけない、形は悪いがくそ力のある将棋で実力は立派な二段はあったでしょう。盤駒からチェスクロックまでいく組みもそろえ、バークレー将棋クラブとして、不定期ながらも例会を開いています。</p>

<p><b>インターネットのおかげで</b><br />
　インターネットというのは、今大はやりですが、元々は大学や、軍関係を中心にアメリカで発達したコンピューターネットワークが基になっています。これが、私の渡米の前の年くらいから、商業利用の分野でも急速に発展しだし、ことコンピュータ利用ではアメリカに大きく遅れをとっている日本でもようやくコンピュータのネットワーク化が加速度的に進みはじめていました。私がパソコン通信を始めたのも、元はといえば、日本のニフティサーブという商業ネット上で将棋が指せる事を知ったからでした。しかし、日本とアメリカとの電話料金を考えれば、さすがにアメリカからこれを利用するのは無理だろうと思っていました。ところが、インターネットの急速な普及がそれを可能にしました。私の部屋のコンピューターが、まったく日本に居るのと同じ感覚（スピード、料金）で日本のニフティサーブなどにつながったのです。<br />
　さらには、友枝氏に紹介していただいた方の一人から、前述の国際将棋メーリングリストの存在を教えていただき、アメリカから、さらに世界の将棋ファンへの窓が大きく開きました。ここを通じてアメリカにいながらにして、世界の将棋ファンの意見を聞いたり、電子メールを使ってイギリス、ドイツ等ヨーロッパの将棋ファンやアメリカのほかの地区の将棋ファンとの郵便将棋が楽しめるようになりました。そして、これらの方々の実力や、熱心さに目をみはりました。ここで知り合った方々とは、帰国後も電子メールを通じて将棋を楽しんでいます。<br />
　また、冒頭でも書いたように Mollett 氏はネットワークを通じて将棋大会を知り、サンノゼ近郊（といっても車で１時間弱）から駆けつけてくれたのでした。また、インターネットは滞米中の私にもう一つの扉を開いてくれました。折りしも、リコーの将棋部が開いたホームページに接続し、感想の電子メールを出したところ、本会の谷川さんからお返事をいただき、また、「将棋を世界に広める会」のご紹介を受けたのです。それは、アメリカにいて私が求めていたもの、そのものでした。</p>

<p><b>神様のプレゼント</b><br />
　恐らくあの友枝さんの記事を目にしなかったら、アメリカでのたった１年の間に、これほど多くの人々に巡り合うこともなかったでしょう。アメリカで将棋を広めたいな、という考えてみれば途方もない夢、そんな思いをずっと擁いていたので、神様がちょっとプレゼントをしてくれたのかもしれません。<br />
　ところで、冒頭の将棋ですが、あのあと、 Mollett 氏に角が歩の頭にダイブするというチェス感覚（チェスのポーンは正面の駒は取れませんね）の一手ばったりがでてあっけなく終局となってしまいました。氏とはいま、電子メールを使って、どちらにとっても未知の将棋であるマークルック（タイ将棋）を戦っています。将棋を通じての世界の旅はまだまだ当分続きそうです。</p></div>
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        <title>海外で将棋を指そう！(2号、1996.7.7）</title>
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        <published>2004-07-21T15:26:57+09:00</published>
        <updated>2009-07-01T20:43:22+09:00</updated>
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<div xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml"><p>　今年の５月、休暇を取って個人旅行でアメリカに行って来ました。２週間という短めの間にアトランタ、ワシントンDC、シンシナティの３ヶ所を廻り、現地の方と将棋を指して来ました。もちろん、日本将棋です。(<b>山田禎一</b>)</p><p>   海外にも強い人はいますがそれ以上に、将棋に興味を持っていても指す機会がない人がたくさんいます。海外に旅行する時、現地の将棋ファンと会うことができれば旅行の楽しさがより深くなります。かけはし第2号は海外訪問記事特集です。</p>

<p><b>アトランタのイベント</b><br />
　今年の５月に、オリンピックと比べると規模はだいぶ小さいものの、記念すべきイベントがアトランタでありました。女流王将戦第一局です。女流プロの海外対局はなんとこれが初めてです。主催者サイドも手探り状態、準備万端のつもりでも、解説用の大盤がなくて駒だけだったとか、何かと手違いが発生して苦労が絶えなかったと思います。<br />
　女流王将戦は持ち時間各３時間の一日制タイトル戦、朝１０時に始まって夕方ころ終わります。試合が始まるころ、対局場となった料亭にアメリカ人も数人やってきました。こういう場では誰かしら盤駒を用意しているもので、暇が出来ると近くの人同士すぐに対局が始まります。外国の将棋プレイヤーはおおむね本で覚えた将棋で、形がきれいです。尤も、最新定跡までカバーしている人はほとんどいません。というわけで、不勉強な私でも気楽に指すことができます。<br />
　今年７０才になるフロリダのハロルドさんは、朝早くアトランタに着いたとかで眠そうでしたが、折角のチャンス、次々に相手を捕まえて実戦を重ねます。解説で来られていた関根紀代子女流四段に２枚落ちで指導を受けていました。その横で、将棋は指せないんです、と言いながらずっと一緒に観ていた友達のリンさんに、主催者から将棋の本（もちろん英語）のプレゼントがありました。これからも二人一緒に将棋を楽しんで欲しいものです。</p>

<p><b>UCボーイ</b>　<br />
　シンシナティではチェスから将棋に興味を持ったという大学生、ダグ君に会いました。彼はUCことシンシナティ大学の２回生で、大学のチェス部の中に将棋部を作ろうとしていました。彼は今４級くらいの強さですが、当地では当然の如く最強で、指導的な立場にあります。実戦不足ですがよく勉強していて、油断していると私も時々やられてしまいます。彼に案内してもらってチェス部の集まりに参加しました。チェスはルールを知っているだけなのでそちらに参加できなかったのは残念です。<br />
　なるほどダグ君が頑張っているらしく、将棋のコーナーにもまずまず人が集まって来ました。ポータブルセットやビニールの盤などを日本から持って行ったのが役に立ちます。ダグ君と私で２〜３面受け持って多面指しですが、やはりチェスが強い人は将棋もすぐ覚えます。彼らの特徴は<br />
・飛角＝大駒という感覚が乏しい。<br />
・逆に桂馬を大事にするし、使い方もうまい。<br />
・囲いは比較的薄め、攻撃重視の陣形。<br />
・解説書よりも実戦譜を好む。<br />
といったところでしょうか。</p>

<p><b>旅行会社の宣伝？！</b><br />
　海外ではこんな出会いが待っています。というとどこかで聞いたような宣伝文句ですが、たとえ短い訪問でも一味違う経験です。海外旅行の際はぜひ将棋ファンがいるところを選ぶことをお薦めします。</p></div>
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