第37期王位戦インターネット速報(4号,1997.3.3)

◆話の始まり
 96年7月30日、リコー将棋部の運営する『将棋のページ』に、西日本新聞社の方から、第37期王位戦第4局(羽生王位 × 深浦5段)をインターネットで速報したいので、リコー将棋部の協力を得たい旨の電子メールが投函された。話の内容は、現在、リコー将棋部で提供している『棋譜鑑賞のページ』の表現形式をそのまま利用し、速報を実現したいというものだ。
 『将棋のページ』では、スクリプトという簡単なプログラムを利用して棋譜からホームページを自動的に変換できるようにしてある。この要望の内容であれば、当方の負荷は大したことはない。またインターネット上で、タイトル戦七番勝負を観戦できるというのは画期的なことなので、喜んで協力する旨を電子メールで返信した。(小川博義@リコー将棋のページ編集人

 インターネット上で公開するページの構成は、西日本新聞の山下さんより次の提案があった。
▼最新の盤面のページ
対局中の現在の盤面をできる限りリアルタイムに再現。
▼棋譜・解説のページ
現在までの指し手、対局終了後には棋譜の解説を掲載。
▼写真グラフ特集のページ
前夜祭、対局初日、対局2日目の様子をデジタルカメラで撮影し、順次掲載。
▼新聞の特集記事のページ
王位戦関連の新聞記事の掲載。

 さらに、当方から以下の提案をし、快諾を頂いた。
▼英語版の最新盤面、棋譜解説のページ作成
▼下記媒体への広報
週刊将棋
国内将棋メールリスト
海外将棋メールリスト
ニフティサーブ(将棋フォーラム)

 英語版のページ作成は、海外の方にとっては特に意義があることだと思う。将棋の七番勝負の棋譜ですら入手が難しい中、インターネットを利用して速報に近い形で勝負の行く末を楽しむことができ、画期的なイベントになる。

どうやって、速報を実現したか
 今回の焦点は、如何に素早く最新の盤面を更新できるかである。そこで以下のような3ステップで最新の盤面へ更新するようにした。。
1、山下さんが対局場にパソコンを持参、対局場で指し手を入力し、それを電話回線を利用して電子メールで小川宛に送信。
2、小川は受信した電子メールに従い、最新の盤面・棋譜解説のページを作成。
3、作成したページ(HTMLファイル)を、ファイル転送プログラムにて、西日本新聞のWWWサーバーへ転送。
 実際更新に要した時間は、例えば、5手分程度の更新では、関連ファイル作成(5分)、ファイル転送(3分)、都合8分程度を要した。総じて、1時間に10分程度の仕事が、当方に発生した。

王位戦第4局
 第4局の対局日は、リコーの夏休み明けの8月19日、20日である。当方の準備作業としては、主に『将棋のページ』で利用している棋譜鑑賞のページを生成するスクリプトの修正のみであるが、、、
 最終的に、スクリプトが完成したのは、19日の午前8時30分。いつもながら、きわどい仕事をしている。あとは何も問題が出ないことを祈るだけ。。。
 今回指し手の送信間隔は、成りゆきにまかせた。つまり、対局室の記録係の方から記者室に連絡が入る指し手を、随時山下さんが、当方あてにメールで送ることとした。
 だが、最初の指し手が10時を過ぎても送られてこない。心配していたところ、いきなり1手目から11手目までの指し手分がファックスで送られてきた。電子メールが不調なそうだ。
 指し手を基に速報用のHTMLファイルを作成し、リコー社内のインターネットサービスを利用して、ファイル転送したのだが、これが非常に混雑している。十数個のファイルを送るのに、30分以上かかってしまった。夏休み明けということで、リコー社員のの皆さんやたらインターネットを利用しているようだ。そこで急遽、当方が契約している別のサービスを利用してインターネットに接続し、ファイル転送をするように切り替えた。こちらの方法だと、ファイル転送が、5分とかからない。リコーのネットワークの遅さを痛感する。
不調だった電子メールも直ぐに復帰でき、以降の指し手はうまく電子メールで送信されてきた。あとは、初日と言うこともあり、問題も起こらず、更新速度としては1時間に1回程度の作業となり、午後7時に終了となった。

 2日目も、夕方まで、1日目と同じペースで進んだ。山下さんより、
「終盤に入り両者時間が無くなり指し手が早くなりそうです。(18:44)」と言う旨のメールが入り、いよいよだと待機していた。
 局面は、解説が無いこともあり私には形勢が良く判らないが、1日目から、深浦五段がうまくさせているように見え、このメールの直前の▲3四銀の局面で、深浦五段が決め手を探して長考に入っているのかなぁ、と思っていた。

Oui_1.JPG

 しかし、このメールの後、指し手が一向に入らない。心配していたところ、最終手までの棋譜がファクシミリで送信(19:25)されてきた。なんと羽生勝ちとなっていた。。。強い!
 送られてきた棋譜によると、終局は、19:04だった。後の山下さんの話によれば、終局の場面の写真を撮影していて、指し手の送信ができなかったとのことだ。最終指し手を、このファクスを基に作成した。全てが終わったのは、8時30分頃であった。無事に終わって、ホッとしたと言うのが、正直なところだ。

そして第5局も
 第4局のインターネット速報が好評だった為、西日本新聞社の原田さんより、徳島新聞社の近藤さんに同様なイベントを引き続き実施したらどうかの提案をしたところ、快諾していただき、リコー将棋部も第4局と同様な協力をすることになった。
 話を始めたのが、8月22日、対局を6日後に控えてである。徳島新聞担当の河野さんと、準備する時間もないことから、ページの構成は、西日本新聞の構成を採用することにした。
 当方としては、前の環境をそのまま利用すれば良いが、以下の2点を追加することにした。
▼最新盤面の次回更新予定時間を表示。
▼現在まで両対局者の消費時間を表示。
 そのため、徳島新聞の担当者、河野さんへ以下の2点をお願いした。1つは、前回の西日本新聞の場合は、指し手の連絡は、成りゆきに任せたわけだが、指し手の送信時刻を、1日目、及び、2日目の17時ぐらいまでは、1時間に1回ということを、取り決めた。
 2つめは、指し手の送信形式は、消費時間の累計を取りたいので、ノータイムの指し手も含め送信してもらう。
PR活動は、第4局と同様に、以下へおこなった。
  週刊将棋
  国内将棋メールリスト
  海外将棋メールリスト
  ニフティサーブ(将棋フォーラム)

王位戦第5局
 8月28日9時、対局が開始された。今回は、前日までに準備作業も終わり、第4局も経験したこともあるので、わりと落ちついていることができた。ただ、指し手の送信経路は、前回と違い、対局場の徳島新聞の記者の方が、まず河野さん宛にファクスで指し手を送り、それを河野さんが電子メールへ書き換えて、当方に送ると言うものである。
 と言うことで、初回の送信がうまくできるか、心配であったが、9時30分ごろに指し手がうまく送られてきて、一安心。
 以降、第4局と同様に、1時間に10分程度ペースの作業で進んだ。。。進むはずだったのだが、午後2時頃河野さんから電話が入り、徳島地方に落雷があり、その影響でWWWサーバー、メールサーバーがダウンしてしまったそうだ。世の中、色々なことが起こるものだ。ただ、幸いにも、影響は軽微で、直ぐに正常に復帰できたそうだ。
 局面は、羽生王位が、△8五桂と跳ね出し、1日目で、決着がつきそうな急戦模様となったが、深浦五段が、二時間以上の長考で、一日目を封じた(第2図)。

Oui_2.JPG

 2日目の朝、河野さんから、インターネットユーザーの利用状況の概略がはいり、1日目だけで、7199ページ、400サーバーからアクセスがあったそうだ。 リコー将棋部のページの1日の最高アクセスページ数は、3000ページ程度であるから、かなりの好評のようだ。
 局面は羽生王位主導で動いていく。指し手の送信も、1時間に1回のペースがほぼ守れ、順調な運びだ。ただ、4時を過ぎた頃から、動きが早くなり、5時過ぎに、羽生王位が勝ってタイトル防衛の連絡が入った。
 前局といい、腰の重い深浦五段にはめずらしく、あっさり土俵を割ってしまった気がする。終盤が長いと、HTMLファイルを作成する立場からは厳しいのだが、やはり、ちょっと寂しい気がする。
 ただ、とにもかくにも、今回も、終わってほっとしたと言うのが、正直なところ。。。

読者として
 今回のページに関して、読者の立場から感想を言うと、おもしろいと思ったのは、、、
▼深浦五段の応援記事
▼写真特集
 深浦五段の応援記事は、実に、ローカルな話題で、地方新聞でしかお目にかかれない情報が、手軽に、おもしろく読めたのは楽しかった。
 また、第四局、第五局とも、前夜祭、対局風景などの写真が、時間を追って、それも簡単なコメント付きで閲覧でき、新聞、テレビなどのメディアとは、ひと味違った楽しみ方ができた。
 残念なことは、速報と謳っているが、やはり、盤面の配信には、多くの送信時間を要し、観戦する側はストレスがたまった気がする。しかし、これを解決するには、ネットワークインフラの整備が必要で、早く、日本国も、米国なみの環境を実現をして欲しいものではあるが。

今後の課題は
 今回の催し物を通して、感じたことを述べてみる。
 まず、感じたのは、簡単にできる、と言うことである。要した人間は、三人程度、それも、その中の一人は、1時間10分程度しか、束縛されない。実に、手軽である。
 人のふんどしで相撲を取る、と言うが、インフラが出来上がっているインターネットを利用すると言うのは、まさに、この言葉がぴったりする。さらに、簡単にやってしまったことが、世界へ広報できる仕組みの中にいると言うことは、つくづく、すごいことだと思う。
 また、深浦五段の応援記事の様にローカルな記事が、全国に流れると言う面白さも、なかなかなものである。
 反面、今回の催し物を、テレビの早指し将棋と比較すると、以下の2点が不満である。
▼現在の表示局面が、何時指されたものかが判らない。
▼現在の表示局面の形勢が、解説が無いので判らない。
 この方向で、今回のイベントを改善していく話も大切だとは思うのだが、、、ただ、インターネットでの催し物と言うことを考えるなら、新聞、テレビとは、違った方向への進み方も模索すべきだと思う。
 或いは、昨今のテレビ番組では、放映中にURLへ流している番組も見かけるようになった。違った方向でなく、各々メディアの特徴を生かしたメディアの融合と言う方向もある。
 たぶん、新聞社、テレビ局としても、インターネットと言う情報配信システムに於いて、どのようにすれば、情報配信の収入を得られる形になるかが、今後の進め方を決める上で、最大の関心事で有ると思うが、今回のイベントは、そのこと考える端緒に成ったのではと言う気がする。
 最後に、この様な楽しいイベントに参加させて頂く機会を与えていただいた、西日本新聞社、徳島新聞社の方々には、深く感謝します。
 どうも、ありがとうございました。

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