将棋塾の子供たち(北京にて)(2号,1996.7.7)
中国での将棋の普及については、将棋連盟の所司六段が三年ほど前より何回も中国に出掛けてたいへん努力されていますが、去年の竜王戦が北京で行われたことや、今年の五月に真田五段も中国を訪問されたこと等で、今や急速に将棋熱が高まってきたと言えます。(鈴木良尚)
ただ基本的に中国では中国固有のいわゆる象棋(シャンチー)が盛んに行われているために、日本の将棋を紹介するに当たって良くも悪くもシャンチーの影響を被ることになります。このことはアメリカやヨーロッパに将棋を普及するに当たって西洋将棋(チェス)との競合をどう克服して日本の将棋の面白さを理解してもらうか、ということと同じです。日本の将棋は取った駒の再使用というルールがあり、これが決め手で将棋が一番面白いという評判です。さて、むつかしい話はこの位にして、私が今年の四月に北京の将棋塾の子供たちと将棋を楽しんできたお話を書いてみましょう。 少年宮にて 中国では囲碁将棋のたぐいの室内頭脳ゲームはスポーツのカテゴリーに入っており、国家的に子供たちの教育に用いることが推奨されています。小学生は学校の授業が終わると少年宮という課外授業の施設へ出掛けて、体や頭脳を動かすスポーツをおこないます。少年宮という制度は日本にはありませんので、ここではあえて塾という表現をさせていただきました。 北京市内には沢山の少年宮がいくつかの学区ごとにあるようです。どこの少年宮でも室内ゲームとしては囲碁、シャンチー、チェスの3種類が行われているようで、それぞれ囲棋(字の間違いではありません。碁ではなく棋なのです。)、中国象棋、国際象棋、と呼ばれています。日本の将棋はまだ指導者不足のため全ての少年宮で行われているとは限りません。私の訪問した少年宮は北京市崇文区にある少年宮で、李(リー)先生という方が将棋の指導をしているところです。ここの少年宮には北京駐在の商社員である森本幸男さんが、昨年の暮れ頃から1~2ヶ月に1度ずつボランティアとして将棋の定跡などの説明をしているということでした。今回は森本さんと二人で子供たちと多面指しの実戦をしようという計画を実行に移したものです。 当日、約束の時間にこの少年宮を訪ねると、李先生が門まで迎えに来てくれて居り、早速子供たちの待っている教室に案内してくれました。教室に入ると机2列に将棋盤がズラリと並べられており、子供たちが一人ずつその前に座っていました。ところが、子供たちの後方には、お父さんやお母さんが全部付き添いで今や遅しと私たちの到着を待ち構えているのにはビックリしました。李先生の説明によると、将棋は家族みんなで楽しもうという方針で、子供たちに教えるだけでなく親にも協力してもらって一家で将棋を指すという雰囲気作りをしているとのことでした。これは大変良いやり方だと思います。特に現在中国では、人口増加抑制のため子供は一家に一人だけと制限されており、親の子供に対する思い入れが強く、何事も家族ぐるみでという絆が出来上がっているそうです。
対局開始
さて実戦の方ですが、集まった小学生は9才から12才まで全部で22名の子供たちで、そのうち李先生が12名を選び、私と森本さんとでそれぞれ6面指しを平手で行うことになりました。本当は子供たちの棋力に応じて駒を落とす方が良いのですが、とにかく日本人と将棋を指す機会など殆どないということで皆大変張り切っており、勝負はとにかく将棋の交流を楽しみましょうということが主旨でした。中国の諺には、ヨウイー・デイーイー、ピーサイ・デイーアル(友誼第一、比塞第二)友好第一、試合は二の次、という言葉があります。 そこで早速試合開始となりましたが、森本さんも私も多面指しの指導将棋など殆ど経験がありません。会場の雰囲気にも呑まれてしまって、森本さんの方はどうかわかりませんが、私の方はすっかりアガってしまいました。子供たちの指し手が大人に比べてとてつもなく早いことは古今東西同様で、こちらも早く指さなくてはと行ったり来たり、ロクに読まないで指すものですから、或る将棋など私が飛車先を破られそうになり、これは大変どうやって切り抜けるかと、思わず急に長考したりして迷惑を掛けました
鋭い王手飛車
子供たちの実力がどの位か、ということを知っていただくために、次に2局ほど将棋の内容をご紹介しましょう。
一つは11才の男の子、馮喆(フォン・チェー)君の将棋ですが、李先生が「この子は強いです。」と、教えてくれた子供の一人で私が相手をしました。1図は角交換の後私が棒銀で銀交換に成功し、角銀を打ち込んで馬を作ったのに対し、馮君が飛車を切って馬を消したため私がその飛車を打ち込んで、今2九の桂馬を取ったところです。
<第一図は後手2九飛車成まで。先手馮 後手鈴木>
1図以下馮君の次の一手は4六歩でした。1九の香を取るつもりがこれで取れなくなってしまいました。なかなか良い手です。そこで、8六歩、同歩、4九龍、7七金寄、4八成銀の後、馮君は次に3六歩と突いてきたのです。これは一見緩手としか見えませんでした。この歩を取るとすぐ3三歩の叩きや3四歩の垂らしが生じます。しかし取らなければ3五歩、3四歩と進んで来るのに時間が掛かります。そこで、私がそんな歩は取りませんよ、と5五銀で角を脅かしに行った時、今度は馮君5九銀と打ってきたのです。何だかヘンな手で損ではないか、角を逃げないなら有り難く頂戴するか、というわけで私が5六銀と取ったところが2図です。
<<第2図は後手5六銀まで。先手馮 後手鈴木>
すると馮君ここで5六歩と銀を取らずに4八銀と、こちらの成銀を取りました。なかなかシャレた指し方をするものだと思ってよく見ると、何と4八同龍とは取り返せないのです。1五角の王手飛車の筋があります。そうか、3六歩はその筋を開けた手だったのかとやっとここで気がついて3一玉と難を避けました。つまり王手飛車は馮君の狙い筋だったのです。全く油断がなりません。しかし王手飛車の筋にこだわり過ぎてその前に少し損をしたようです。それでも確かにこういう指し方をしていると子供たち同士の対局では勝つに違いありません。相手の子供はいつもアッと言わされているのではないでしょうか。
女流棋士の好技
次にもう一つ、今度は森本さんが相手をした12才になる女の子、李爽(リー・シュアン)さんの将棋をご紹介しましょう。先生と同じ名字です。この女の子は時間をよく使って考えるので、とうとう一人最後まで残ってしまった1局でしたが、何とそれまでに優勢な局面を築いていたのです。森本さんの振飛車、李さんの居飛車で始まりましたが、一瞬の隙を突いて李さんが馬を作り一旦引き上げたあと再び馬を使って攻めて来たので、森本さんが飛を切って馬を消し、角も切って桂香取り合いの乱戦になったのでした。結果的に飛車金交換の駒損に陥った森本さんが8四香から6九角と打ち込んで李さんの薄い玉を狙って猛攻を仕掛けたところが3図です。
<第3図は後手6九角まで、先手李 後手森本>
ここからの李さんの受けが強靭でした。先ず6七銀がピッタリの受けで、9五桂の攻めには7九桂と頑張ってなかなか寄らせません。仕方なく、5七歩成、同歩、3六角成、と一旦引き揚げさせたところで9六歩と催促し、8七桂成、同桂と桂を一本得してからの李さんの指し回しは巧妙でした。即ち4六馬(龍取り)には1五龍、3七馬(龍取り)には2五龍、5九馬には8五歩の香取り、3五金と龍に当てられたところで2九龍と馬取りの逆先、4八馬と逃げた後9七桂と跳び、4六金の喰いつきに応えて4九香の田楽刺し。5七馬、4六香、同馬、8四歩となった4図ではどうやら森本さんの指し切り模様になってしまったのでした。今度は李さんの攻める番、森本さんも懸命に粘ります。
<第4図は先手8四歩まで、先手李 後手森本>
李さんの将棋は予定した交流時間午後2時から4時までを大幅に越えてしまい、この最後に残った1局を囲んで皆が注目していたのですが、なにぶん中国では小学生の帰宅時間がかなり厳格に守られているらしく、李先生もやきもきしていたようです。結局176手まで進んだところで、残念ながら今日はもう遅いですから折角ですが対局打ち切りということになってしまいました。
日本の皆様へのお願い
皆が帰宅した後李先生と少し話をしました。将棋普及のため少年宮に盤と駒がもっと沢山欲しいということ(出来れば100セット、中古でも結構)と、それから中国内でのPRのために数人の子供たちを1週間位日本に派遣してモチベーションを高めたいのだが、渡航費用は中国側で用意できるが滞在費が出せないので何とかならないだろうか、という相談を受けました。前者については中古のビニール盤とプラスチック駒でも、寄贈できる方がありましたらお知らせください。遠くなければ取りに参ります。また、後者についてはすぐに実現できるかどうかはわかりませんが、夏休みに子供たちをホームステイさせることでもできれば、と思っていますので、もしご協力できる方がありましたら、今年は無理としても是非可能性だけでもお申し出頂ければ幸いです。
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