3度のフランス遠征(6号,1997.10.5)
1995年に初めてフランスへ渡ったのは、チェスの国際大会に出るためだった。この大会はフランスを初め、近隣諸国の人が300人ほ ど参加するオープン戦で、家族的な温かさで人気がある。大会は1日1局で、時間が十分あり、合間には将棋の指導を行なった。(湯川博士)
1995年に初めてフランスへ渡ったのは、チェスの国際大会に出るためだった。この大会はフランスを初め、近隣諸国の人が300人ほ ど参加するオープン戦で、家族的な温かさで人気がある。大会は1日1局で、時間が十分あり、合間には将棋の指導を行なった。(湯川博士)
私は自称「さすらいのギャンブラー」と称する将棋好きの一弁護士です。10年位前から遊び兼仕事で豪州を訪問すること54回ですが、大内延介九段とブリスベーン在住の日本人弁護士との双方の筋からの紹介で、ゴールドコースト在住の作家、林秀彦先生(*注)と6、7年前に知遇を得ました。(佐藤利雄)
将棋を世界に広める会(ISPS)が発足したのは1995年5月です。日本の将棋を世界中に普及させたいと考えている将棋が大好きな人達9人が集まりました。それ以前は私一人でそんな会ができたらいいのにと考え、趣意書をこしらえてみたりしていただけでした。(代表 眞田尚裕)
2月2日、第一回国際将棋交流大会が将棋会館2Fで行われました。そこに着いてみるまでは、せいぜい20〜30くらいしか集まらないだろうし、参加する外人は私の知人だけだろうと思っていましたが、とんでもない間違いでした。(Reijer Grimbergen ライエル・グリムベルゲン)
1.支援をして下さった方々に感謝
中国から将棋の強い子供を日本に招こう、という話が持ち上がった時に、私は直感的にこれは政府や将棋連盟ではなく我々の会が主催でやると良い、と思いました。(将棋を世界に広める会
代表幹事 眞田尚裕)
かけはしを毎号楽しく読ませて頂いている。鈴木良尚さんのお誘いもあり、6月から会員になった。将棋の海外普及、女性普及には前々から関心があったので、二つ返事で入会した次第である。
本年還暦を迎えたので、何か記念になる企画をと考え、この程全文エスペラント語による将棋入門書"将棋への招待"(Invito al Japana Sako)70ページを自費出版した。これについては'96年9月11日付の読売新聞においても取り上げて頂いたが、以下簡単に紹介したい。(上田友彦)
◆話の始まり
96年7月30日、リコー将棋部の運営する『将棋のページ』に、西日本新聞社の方から、第37期王位戦第4局(羽生王位 × 深浦5段)をインターネットで速報したいので、リコー将棋部の協力を得たい旨の電子メールが投函された。話の内容は、現在、リコー将棋部で提供している『棋譜鑑賞のページ』の表現形式をそのまま利用し、速報を実現したいというものだ。
『将棋のページ』では、スクリプトという簡単なプログラムを利用して棋譜からホームページを自動的に変換できるようにしてある。この要望の内容であれば、当方の負荷は大したことはない。またインターネット上で、タイトル戦七番勝負を観戦できるというのは画期的なことなので、喜んで協力する旨を電子メールで返信した。(小川博義@リコー将棋のページ編集人)
ベルギーの将棋愛好者たちの将棋普及に関する意見・考え方をお伝えするための前置きとして、前回は自分の体験をもとに当時の状況について紹介してみた。(海宝明)
10月11日から十日間、野月四段とヨーロッパの将棋支部へ指導旅行に出かけて来ました。たくさんの熱心な外国人将棋ファンと出会うことができ、大変有意義な滞在となりました。(北島忠雄四段(段位は執筆当時のもの- Webmaster 註))
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