Translating Shogi-3(3号、1996.11.1)
相撲と将棋
私は将棋以外にも日本の伝統スポーツである相撲に興味があります。茨城県在住なので当然
武双山に注目していますが、皆さんがこの記事を読む頃には魁皇が大関に昇進して、二子山勢
の独走を打破してくれると期待しています。(Reijer Grimbergen ライエル グリンベルゲン)
相撲と将棋はある意味で似ています。どちらも最近まで日本人だけのものでしたし、海外に向けての普及にも力を入れています。用語の翻訳方法も似ているだろうと思えますが、実際には相撲と将棋では全く違う戦略をとってきました。
相撲の場合、ヨコヅナ、バンヅケ、ヘヤといったおなじみの単語だけでなく、リキシ、ヨリキリ、ドヒョウ、トリクミなどといった外人にとってあまり耳慣れない単語も英語の文章にそのまま使われています。これらの単語を英語に直すと、相撲にとって大事な要素である日本文化の一部が失われるかもしれないと恐れてきたためだと思います。
この方法の不便な点は、相撲に興味を感じ始めた外人たちにとって、その単語の意味を理解することが非常に難しいということです。それは日本語の後ろに英語で説明を入れても大差ありません。
将棋の場合、初期の段階から、別の方法がとられてきました。青野9段の著書 "Better Moves for Better Shogi" と、"A Guide to Shogi Openings"ではできるだけ多くの日本語を英語に直す努力がされました。例外はあるものの、このとき使われた単語が依然海外で使われていて、ヨコフトリのような一般的な用語さえほとんどの外人選手にはサイドポーンと訳さないと通じないほどです。
今回は良く使われる将棋用語とその訳語をみましょう。同時に、訳されずに残った用語にも触れます。それは英語に適当な言いかえが無かったケースもありますし、外人にとっても日本語の方が使いやすかったケースもあります。例を挙げるとプロモーテッド・ポーンよりもトキンの方がよく使われるということは連載の中で触れた通りです。
ルールの翻訳
駒の名前は既に紹介済みですので、ルールに移りましょう。将棋はブラック(先手)とホワイト(後手)が交互に指します。ここには日本文化への譲歩が見られます。というのはチェスの場合最初に動かすほうをホワイトと呼ぶからです。
どちらが先手かはフリゴマによって決められます。これは当てはまる言葉がチェスになく、そのまま使われる例のひとつでもあります。海外でも普通に使われていますが、たまにポーン・トスも使われることがあります。2人のプレーヤー(選手)は王がメイト(詰み)になるかリザイン(投了)するまで交互にムーヴ(手)を指します。ゲーム(対局)は、二フ(ダブルポーンとも言います)のようなイリーガルムーヴ(反則)によって終了することもあります。玉にチェック(王手)が掛かっている時、何らかのディフェンス(防御)が必要で、それが不可能ならゲームは終了です。
他の終わり方としては、ジショウギつまり両方がエンタリングキング(入玉)した時か、センニチテの時があります。持将棋はインパス、千日手はレピティッション・ムーヴとも訳されますが、日本語のほうが普通です。チェスにもいわゆる持ち時間制度はありますが、いわゆる切れ負け制なので秒読みはありません。そのためビョウヨミという言葉もそのまま使われています。またヨーロッパやアメリカにも持ち点によるレーティング制度がありますが、ダンやキュウによるグレード(段級位)分けも行われています。
戦法の翻訳
もっとも普及している将棋用語はオープニング(序盤)のものでしょう。将棋の序盤は大きく分けてスタティック・ルーク(居飛車)とレインジング・ルーク(振飛車)に分かれます。
居飛車にはサイド・ポーン(横歩取り)、ビショップ・エクスチェンジ(角換わり)、ツイスティング・ルーク(ヒネリ飛車)、アイガカリ、ヤグラなどがあります。相掛かりはダブル・ウィング・アタック、矢倉はフォートレスと訳すこともまれにあります。矢倉の序盤ではクライミング・シルバー(棒銀)、スピアリング・ザ・スパロウ(雀刺し)などのストラテジー(戦法が)あります。角換わりでは棒銀の他にはリクライニング・シルバー(腰掛銀)を忘れることはできません。
振り飛車にはセントラル・ルーク(中飛車)、フォース・ファイル・ルーク(四間飛車)、サードファイル・ルーク(三間飛車)、オポウジング・ルーク(向い飛車)があります。振り飛車では玉の囲いはミノ・キャッスル(美濃囲い)が普通で、それからハイ・ミノ・キャッスル(高美濃囲い)やシルバークラウン(銀冠)に変化できます。対振飛車の囲いはボート・キャッスル(船囲い)ですが、ベア・イン・ザ・ホール(穴熊)もよく採用されます。(大半の外人はアナグマと呼ぶことのほうを好みます)
対振飛車ではキングズ・ヘッド・ヴァンガード・ポーン(玉頭位取り)やセントラル・ヴァンガード・ポーン(5筋位取り)にすることもあります。
手筋の翻訳
ジョウセキも大事ですが、何か狙いを持った上級者や全くの初心者はシッティング・キング(居玉)で指すこともあります。しかし、シッティング・キング・イズ・シッティング・ダック(居玉は避けよ)ということわざも覚えておくといいでしょう。
対局がミドルゲームに(中盤)に差し掛かると多くのテスジ(または英語でコンビネーション)が役に立ちます。例えばジョイニング・ポーン・アタック(継ぎ歩)攻め、タングリング・ポーン(垂れ歩)、エッジ・アタック(端攻め)などです。フォーカルポイント(焦点)を攻めること、玉と飛車がビショップス・ダイアゴナル(角筋)に入らないこと、オウテビシャを狙うことなどには常に注意を払うべきでしょう。ムーヴ・ウィズ・グッド。アジ(味のいい手)やメイジャーピース(大駒)のサバキを狙いましょう。王手飛車はファミリー・チェックということもありますが、サバキやアジはうまく英語に訳すことができません。
一局の将棋がエンドゲームに(終盤)に近づいた時、ツメ(詰み)が一番いいのは確かですが、ヒッシを掛けることも役に立ちます。ツメの代わりにメイトという言葉もよく使いますが、大半の外人選手はチェスはメイト、将棋はツメと使い分けているようです。
将棋においてもっとも恐ろしく、また、嬉しい言葉はギャクテンという言葉ではないでしょうか。(優劣どちらかを持っているかで評価は変わりますが)。これもまた英語に訳すことが難しい単語です。面白いことに、適当な英訳もないにもかかわらず、日本語をよく知らない外人選手にとってもギャクテンという言葉の感触だけは感じ取ることができるようです。翻訳のミステリーというものでしょうか。
ではこの辺で終わりにしましょう。今回出てきた単語のつづりは次号でまとめることにします。
(翻訳 山田禎一)
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