香港将棋支部短訪記(3号,1996.11.1)
〜1996年9月6日〜
銅鑼灣(トンローワン;コーズウェイベイ)は香港島最大の繁華街といわれています。ここにはそごう、三越、大丸、松坂屋と日系のデパートも軒を連ねており、さすがにこの狭い国(?)に2万人からの日本人が暮らしているというだけのことはあります。その一角の瀟洒なビルの高層階に立派な日本人クラブがあり、香港将棋クラブもここの一室を会場に盛んに活動されています。(藤本信義)
聞けば週2回という頻度で例会を実施しているとのこと、日本でも月1回ほどしか道場にいかない私などよりよっぽど実戦経験を重ねた猛者たちが集っているようです。香港旅行での最後の夕刻、私は地下鉄銅鑼灣駅で香港将棋支部の石田さんと待ち合わせていました。
香港将棋支部には岩倉さんという方がおられて、将棋ペンクラブやインターネットで盛んに活動しています。その方から香港将棋支部では中国の方なども活動されていると聞いていたので、香港を訪ねる機会にぜひ訪問してみようと思ったのです。あいにく岩倉氏は出張で不在でしたが、幹事の石田さんが案内してくれることになりました。これらは事前に電子メールで大まかのことは段取りができました。インターネットの発達のおかげで、行く先々で将棋ファンとの交流が広がります。
まずは手始めにということで、早速石田さんと一番を戦うことになりました。先手石田さんの4間飛車に対して私はこれしか知らない右銀急戦。
第1図は △7五歩 まで
けれども「羽生の頭脳」を後で読んだら、後手番ではうまくないとちゃんと書いてありました。これを知らずに局面はこの後一気に苦しくなっていきました。
香港将棋支部には現在アクティブな会員が20名弱いるそうで、毎回の例会も賑わっているそうです。私の訪問した日には残念ながら少し少なく8名ほどが夕方7時頃から集まってきました。来る人毎に「初めまして」と挨拶していたのですが、香港人の方も参加されていて、「彼は広東語じゃないとだめだよ」聞けば今は師範格の方に飛車香落ちですが実力急上昇中とのこと、ゆっくりではありますが、将棋の広がりを見せていただき、感激でした。
香港といえばやっぱり中国象棋です。大内九段の香港での中国将棋の冒険旅行などを読んでわくわくしたこともあるので、是非街頭の縁台象棋を見物してあわよくば挑戦などと考え、ガイドブックに香港の人が将棋を指したりしている、と紹介されていた公園などを散策してみました。しかしながら、やっているのはドミノや何かの札を使ったギャンブルばかり、ちょっと観光客の風体では立ち寄りがたい物ばかりでした、やっと石の台の上で象棋を戦っているおばちゃんとおじいさんを見かけましたが、物憂げに終局近くの駒を動かしていました。ちょっとばかり心残りのまま、そこを立ち去ることにしました。
さて、将棋の方は私の中盤マジック(いわゆるごまかし)が功を奏し、いつの間にか逆転模様です。
第2図は △6五歩 まで
ついに勝利間近、しかしこの△6五歩と、続く△6六歩が秒読みの中とはいえ連続のココセ、△3三歩か△6八飛成だったでしょうか、勝利の女神は噂通り後ろ髪がありません。このスキを見逃す石田氏ではありません。見事に討ち取られてしまいました。この後、別の方と香落ち戦を楽しんで、名残を惜しみながらも、香港将棋クラブを後にしました。
投了図は ▲2三金 まで
香港は今とっても熱いです、返還前の不安のせいもあるでしょう。人々のテンションが恐ろしく高いのです。無人の岩山を巡る領土争いや、そのための犠牲者を出すなど、悲しい事件が起きてしまったのは、そういった環境にもよると思います。将棋は争いのゲームではありますがその本質はルールに則った上での対話であるとも言われます。お互い将棋と象棋、見かけは少し違いますが、同じような文化をはぐくんできたのですから、これらをとおしても理解を深めていきたいものです。
近くて遠い国香港は、来年に大きな変革を迎えます。でも香港に住む人はそう簡単には変わらないでしょう。香港を訪ねたならば、夕方のほんの二、三時間をさいてこのクラブを訪問することをお勧めします。きっと新しい出会いがあることでしょう。
なお、採譜は香港将棋部の方がしてくださり、後日電子メールで送っていただきました。
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