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第2回国際フォーラム点描(22号、2002.12.21)

 10月18、19日の両日、東京都江東区のホテル・イースト21で第2回国際将棋フォーラムが開催された。前日の17日には前夜祭として国際交流パーティーが東京全日空ホテルで催された。国際将棋フォーラムの開催は、1999年6月の第1回以来3年振りで、今回のフォーラムのキャッチフレーズは、『将棋が結ぶ世界の「礼」「学」「技」「遊」』である。(山田彰)

 フォーラムの模様は、既に将棋専門誌などで紹介されていると思うが、まずメインの行事である国際将棋トーナメント戦の結果を簡単にご紹介しておく。
【団体戦と個人戦】
 団体戦は、8カ国が参加し、優勝日本、準優勝中国、3位スウェーデン及びブラジルという結果であった。他の参加国は、米国、ドイツ、オランダ、イギリスである。団体戦で優勝した日本代表のメンバーは、日将連天童支部の花輪四段、小幡二段、武田1級の3人である。この段位を見て分かるように、各国代表は無差別(実際は三段以上)、初〜三段、級位者といったような基準で選ばれたらしく、必ずしも各国が強い順番で3人の代表を選んだわけではない。この選考は、各国のレベルの差をある程度均等化するもので、現時点での国際選手権の方法としては賢明なものだと思う。
 個人戦は、団体戦の各国の大将8人とその他の国(オーストリア、フランス、イタリア、ノルウェー、タイ、ロシア、ウクライナ、パラグアイ)からの個人参加者8人の計16人が参加し、優勝はオーストリアのゲルト・シュナイダー氏、準優勝はドイツのボリス・ミルニック氏、3位は、フランスのエリック・シェイモル氏と米国のラリー・カウフマン氏であった。この4人は、4勝1敗で星を分けたが、スイス式トーナメントの計算でこの順位になった。また、第1回国際将棋フォーラムの際と同様に開催されたコンピューター将棋王者決定戦では、ISSとYS将棋がそれぞれ6勝1敗で同率優勝を飾った。
【会議のあり方】
 18日の午前には、「国際将棋会議」と題する将棋の海外普及に関する会議が開催された。会議に参加したのは、将棋の海外普及に熱心な青野九段、将棋連盟理事滝七段のほか、団体戦8チームの監督の方々である。今回は、団体戦の各チーム3人のほかに「監督」という名目で各国1名ずつ招待されていた。中国の許建東氏ら、監督たちは実力者ぞろいであるが選手権の方には参加しないので、対局以外にこのような出番が設けられたのかもしれない。
 各出席者は各地における将棋の普及の現状などを報告したが、英国のトニー・ホスキンス氏は「このconferenceの盤上には、ISPS(将棋を世界に広める会)と日本政府という重要なプレーヤーが欠けている。」旨発言された。
 「国際将棋会議」は、会議であってシンポジウムというタイトルはついておらず、将棋普及の現状報告を越える議論がされたわけではないのだが、このようなシンポジウムに日本政府が参加することについては、将棋という日本文化の普及の観点から本来は望ましいと思う。しかし、日本政府の方は、残念ながら現在ではホスキンス氏の思いに応えるだけの準備がない。筆者も行政府の一員なのでよくわかるのだが、(残念ながら)この点についてはそう考えざるを得ない。ただ、このような会合に政府関係者が参加することによって、将棋の関係者が政府のマインドを変えさせることができれば、喜ばしいことである。
 ISPSは、このシンポジウムにパネラーとして参加したいとの要望を主催者に提起していたのだが、残念ながら認められなかった。これまで将棋の国際普及のためにささやかながら7年間も具体的な活動を行ってきたISPSのような団体が、今回のようなテーマのシンポジウムに参加して、日本の将棋愛好者がどのように将棋の普及のために貢献できるか……将棋を世界に広めるという理念と普及のための具体的方策……について、海外の将棋愛好者やプロ棋士の方と論じることは極めて自然であり、シンポジウムの趣旨によく合致することであると考えていた。むろん、そのような役割を果たせるのがISPSしかないなどというつもりは全くないが、ISPSはそのための最もふさわしい組織ではなかろうか。
 以上の点は筆者の個人的見解に過ぎないことをお断りしておくが、せっかく国際将棋フォーラムという貴重な場を設けるのであれば、高い志と理念を持って、アマチュア将棋ファンを将棋の国際的普及に動員するという姿勢を今後は持っていただくことを期待したい。
【世界の将棋】 
 会場の一角には、世界の将棋コーナーという場所があり、このコーナーの運営はISPSが担当した。実質的には、ISPSの湯川理事が中心になり、チェスや中国、韓国、タイなどの世界各地の将棋の盤と駒を並べて展示するとともに、来場者にルールを教えて実戦対局をするというものだ。筆者もモンゴル将棋やミャンマー将棋について本で読んだことはあっても、盤や駒の実物を見るのは初めてだったので、興味深かった。このコーナーには、世界の将棋を指してみたいという人たちが常にかなり集まっていた。
 筆者は、韓国将棋のルールを教わって対局してみた。韓国将棋は、ルール全般が中国将棋(象棋)に似ているが、「包」という象棋の炮に似ているがもっと動きに制約の多い駒が特徴的で面白い。将棋を世界に広める会では、近い将来に韓国での将棋普及を計画しており、その際には現地の韓国将棋との交流も視野に入れているので、勉強してみたわけである。将棋を指す人ならば、世界各地の将棋のルールを覚えればすぐ対局できるようになるだろう。世界に将棋を広めるためには、世界の将棋について知ることも大事だと思う。
 この他、外国人選手と一般来場の方との親善対局コーナーやトップ・プロ棋士や女流棋士による豪華な席上対局、指導対局など盛沢山の行事が組まれ、来場した将棋ファンは大変満足したと思うのだが、今回の国際将棋フォーラムを見学するためには、一般の方は、かなり事前に申し込みを行って入場整理券を入手しておかなければならず、第1回のフォーラムより人出は少なかった。消防法の規制のためか、無制限にフォーラムの会場に人を入れるわけにはいかなかったので事前申し込み制度をとったらしいが、会場には余裕があり、申し込み制度でなければもっと大勢の人が楽しむことができたであろうと思うと、ちょっともったいない感じがした。
【選手の素顔】
 ここで、会場で取材した各国選手の声を少し紹介したい。
 スウェーデンのマーチン・ダネラッド監督は、チームが3位に入賞して大変嬉しそうだった。筆者は、ダネラッド氏とメールでのやり取りをしていたが、初対面である。スウェーデン将棋連盟会長でもある彼は、かって来日した折にISPSの理事会にも顔を出したことがあるらしい。
「負けたのは優勝の日本と準優勝の中国にだけだし、強豪のドイツ、アメリカに勝ったのだからすごい。日本からサトウさんに来てもらって、選手権に備えた強化対局をやった成果があがりましたよ。」
「サトウさん」については、かけはしの本号で報告記事が載っているが、ISPSがスウェーデンに派遣した佐藤啓さんのことである。チーム全員が3位入賞と佐藤さんとの再会を喜び、記念写真をとっていた。ダネラッドさんは、佐藤さんのスウェーデン訪問の記事が載ったスウェーデン将棋連盟の会報を筆者にくれた。スウェーデン語なので中味はよくわからないが、ISPSの活動が役に立ったことは嬉しかった。
 パラグアイのバーバラ・ウメヤマさんは、全参加者中のうら若き乙女であった。苗字から推測されるように、日系移民の血を引いているが顔立ちは完全なパラグアージャ(パラグアイ人女性)である。8歳の時にお父さんから将棋を習ったそうだ。パラグアイでは、将棋を指すのは日系移民やその子孫中心で、将棋人口はまだ80人くらいということである。パラグアイで中南米将棋選手権が開かれれば、すばらしいと思うと語ってくれた。
 オランダのキャプテンのマーク・テーウェンさんは、将棋の普及には将棋の盤駒がもっと手軽に手に入るようにすることと、ゲームソフトメーカーに外国人向けの将棋のコンピューターゲーム・ソフトを作らせるよう働きかけてはどうか、ということを提案していた。これまでオランダでは、将棋は友人間のいわば仲間内のネットワークで広まってきたが、これはもはや限界にある。チェスのプレーヤーは将棋に関心を示すと思うが、道具を入手するのが面倒だったり、対局相手が回りにいなければ、関心は長続きしない、というのがテーウェンさんの主張であった。
【3年後のフォーラム】
 国際将棋フォーラムの閉会式では、表彰式の後中原永世名人が日本将棋連盟理事として閉会の挨拶を行い、その中で3年後の2005年に第3回国際将棋フォーラムを開催する旨明言された。
 国際将棋フォーラムの開催が2年間隔などもう少し頻繁に開かれれば望ましいが、開催に際しては財政面も含め、関係者には多くの苦労があると推測される。1999年に始まったフォーラムが1回限りで終わらずに今後も継続されていくことは、大変嬉しいことであるが、3年後のフォーラムは将棋を世界に広めるという目的にさらに一層貢献できるようなフォーラムになることを将棋ファンとして期待したい。

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