日本将棋指導者養成所に派遣されて(27号、2004.3.1)
『かけはし』26号(2003-12-20発行)で眞田理事長が「ISPS夢と計画」の中で述べられていたことの一部が早くも実現しました。(上田友彦)
韓国チャンギ協会の子会社である(株)ワールド将棋と「将棋を世界に広める会」との話し合いがまとまり、韓国で3月の新学期から各地の小学校(一部幼稚園を含む)で日本の将棋を教えるための「日本将棋指導者」を養成するため、ISPS会員2名が派遣されることになりました。日本将棋連盟普及指導員五段の私が1月4日から17日まで、将棋四段で子ども向きの将棋入門書の著書もある児童文学作家川北亮司さんが1月25日から2月11日までソウルに滞在し小学生に将棋を教えられるレベルに達するまで「指導者」を特訓することになりました。この計画には国際交流基金ソウル日本文化センター所長の久保和朗氏のご尽力、韓国チャンギ協会の粘り強い働きかけ、国際交流基金からの財政援助、日本将棋連盟の精神的支援があって実現に至ったものです。
私は昨年11月の日韓将棋チャンギ交流大会には参加しませんでしたが、2003年3月に定年退職して比較的自由時間があること、もともと海外普及には強い関心があったことなどから講師をお引き受けしました。冬の寒さが苦手で韓国語のまったくわからない私が一人で行くことに不安はありましたが、結果的には万事うまく運び、及ばずながらも韓国に日本の将棋の種を蒔くことに成功したのではないかと思います。これには2週間私を快くホームステイさせて下さったChoiさん、終始誠実、正確に通訳して下さった鄭さんの2人のお心遣いに負うところが大きかったと深く感謝しています。
当初申し込みは30名あったそうですが、出席者は20数名、ほぼ皆出席の受講生は19名でした。しかしその19名は実に熱心で、大部分はチャンギのプロかまたはアマ有段者とのことでした。年齢層は20代から60代まで様々でした。私の帰国の時点ではこれから新たに始めたいという超初心者の申し込みが15名でまだ増える見込みとのことで、継続の受講生用と超初心者用と二つのクラスを編成すると言っていましたから1月26日から2期を始められる川北さんは大変だったろうと思います。
私の場合は人数が少なかったせいで土、日を除いて毎日午前10時から2時間の講義、午後は希望者に指導対局をするというのが日課でした。テキストは川北さんの著された『楽しい日本の将棋入門』を使いました。受講生には全員韓国語訳のテキストが行き渡っていました。駒の動かし方からはじめて、ルール、棋譜(符号)、用語解説、手筋、玉の囲い、戦法、詰め将棋など順を追ってとてもわかりやすく書かれていました。
熱心な質問の理由
質問も活発でチャンギにはない角などの駒の動き、「成」、「持ち駒」、「禁じ手」などに集中しました。なぜかくも日本の将棋に熱心なのか、ここからは私の憶測ですが、韓国では囲碁に比べてチャンギの社会的評価がかなり低いようです。チャンギのプロは200人程いるそうですが、それだけで生活できる人はトップ5人くらいでお金を払ってまでチャンギを習う人はまれとのことです。ですからレッスンプロは成り立たずプロでありながら別に副業がある、正規の職業があってプロでもあるという人がほとんどのようです。この際日本の将棋をしっかり覚えて学校や小学生に教えて収入を得るという考えがあるのではないでしょうか。
もちろん受講生の中には大会社の重役さんで日本文化に興味があって来たという方もおられました。唯一20代後半とおぼしき女性が混じっていましたが、彼女はいつも途中10分間の休憩の際コーヒーをサービスしてくれました。動機は何であれ海外に日本の将棋が広まるのは好ましいことです。
会場は第1週の月曜から木曜までは都心の興国生命ビルという新しく立派な高層ビル3階にある国際交流基金ソウル日本文化センターでした。事務室には12、3名の職員がおりコピーは必要なだけ何枚でもできました。ここには日本紹介の充実した図書室もあり、教室、会議室もいくつかあってその一室で授業をしました。
磁石付きの将棋駒と大盤がありテキストに沿って授業を進めました。通訳は元高校の数学教師でチャンギプロ5段の資格も持っておられました。74歳ながらたいそうお元気でオーバーも羽織らずに来られるのには驚きました。毎回きちんと予習され的確に翻訳して下さいました。講義が終わり昼食はいつもご一緒しましたので、将棋以外のお話もすることができ今回最もお世話になった方の一人です。
第1週の金曜と第2週はすべて韓国チャンギ協会で授業をしました。韓国チャンギ協会はソウル駅から徒歩1分という至極便利な場所にありましたが、東京の将棋会館と比べるとはるかに狭いものです。古びた3階建ての建物で1階には携帯電話の販売会社が入っており、2階が30面程の盤とイン
ターネット用のデスクトップパソコン2台と事務用パソコンが置いてあるチャンギ道場、3階が2階の半分程のスペースの韓国チャンギ協会事務室になっています。チャンギ道場にはまだ昨年11月の「第一回韓日将棋交流展」の垂れ幕が掛かっていました。 指導対局は最初八枚落でも楽勝でしたが、講義が進むにつれて六枚落でも次第に苦しくなり、最終の授業では2時間を使って四枚落の多面指しをやりましたが、チャンギプロ九段にあっさり負かされ他の棋戦もいずれも接戦となりました。まったくゼロからスタートし、正味10日間の学習でこんなに早く上達されるのにはこちらも遣り甲斐があるというものです。やはりチャンギの下地があるからでしょう。これらの方たちが中核となり、小学生の間に将棋が広がれば素晴らしいことです。将来が楽しみです。
ネットが強い味方に
韓国はIT先進国で国内では盛んにインターネットチャンギ戦が行われていました。ホームステイ先のChoiさんに本会の寺尾学さんから手ほどきを受けた「将棋倶楽部24」のことを話したら、コンピュータの専門家である彼は早速自宅のパソコンを操作して、English versionからこのサイトに入り登録し、道場に入って実際に将棋を指すことに何の問題も無いことを証明してくれました。事実私は初めて韓国でネット将棋を体験しました。講習生にChoiさんから「将棋倶楽部24」の活用法をパソコンを使ってデモンストレーションをしてもらいました。これで相手が見つからないという悩みがかなり解消することでしょう。
日本語の話せる講習生から、偶然、市役所横のプレスセンターという大きなビルに「ソウルJapanClub」があることを聞き、その方と一緒に訪ねてみました。あいにく責任者不在で話はできませんでしたが、その日は5,6人の日本人主婦が韓国女性から刺繍を習っていました。ソウル在住の日本人の溜まり場のようでした。
ソウルには仕事や研究など様々な理由で相当数の日本人がいて、その中には将棋好きもいるはずです。彼らを引っ張り込んで将棋を通じて交流すれば日韓親善にも貢献できるし、有意義ではと副会長の朴大韓紅参社長に提案したところ、そのようなことは自分でも考えていて手を打ちつつあるとのことでした。
1月7日夜には日本文化センター所長久保和朗氏の肝いりで、チャンギ協会金会長、朴副会長、私、通訳の鄭さん、現チャンギ名人、研究院長、Choi事務局長が招待され、韓国料理のフルコースをご馳走になりました。そのあとも久保所長のお誘いで、Choiさんと私は超高級マンションのご自宅にお邪魔し、チャンギ、将棋、パソコン等で楽しいひとときを過ごしました。12時過ぎに運転手付きの公用車でChoiさんの家まで送っていただきました。偉い人に将棋の理解者がいると特に海外では活動しやすいと感じたことでした。
エスペラントで親善
ところで私はエスペランチストでエスペラント(ポーランドの眼科医ザメンホフが平等、友好、平和を願って1887年に創案した国際共通語)のおかげで今回20人以上の韓国人と友情を深めることができました。土、日は自由時間だったので、ソウルに隣接するBuchon市在住のエスペランチスト宅に一泊し、韓国料理に舌つづみをうちながら、地元の同志たちと歓談しました。
別の日ソウル随一の繁華街明洞(Myeongdong)にあるソウルエスペラント文化センターの中級講座に飛び入り参加し、8人の講習生から質問攻めにあいました。所長のLee Jung-keeさんから講座には大分時間があるからとすこぶるつきの美人を紹介され、彼女は2年前から学び始めたのでエスペラントを話さざるを得ない環境に置くと言って、われわれを二人きりにしてどこかへ行ってしまいました。両国の家庭生活、最近の流行、社会的風習、宗教、文化、共通の知人のことなど話題は尽きずあっという間に2時間が過ぎました。
やがて所長が戻り、彼女は教会の仕事があるからと帰って行きました。英語ではとてもこんなふうにはいかないでしょう。
2週間の実り多きソウル滞在の機会を与えてくださった眞田理事長さんはじめISPS理事さんたち、心温まる壮行会を開いてくださった方々にお礼申し上げ、2期目の川北さんにバトンタッチしたいと思います。ありがとうございました。
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