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「四月の雪」にしてはならない(34号,12月17日発行)

韓国での将棋の今、これから

 2005年9月。ソウル市内の映画館には、あのペ・ヨンジュンとソイ・イェジン主演の映画の垂れ幕がかかっていた。日本でのタイトルは「四月の雪」。美しく切ない男と女の叶わぬ愛を描いた映画だ。“どんなに舞い降りても積もることのない四月の雪のように……”。そんなコピーが頭をよぎった。
 韓国の地で、将棋は「四月の雪」になっていないか……。ぼくは、大きな垂れ幕を見上げながら、そんな心配をしていたのだった。(川北亮司

1、寂しさと嬉しさと

 今回の韓国行きは3泊4日。といっても、9月22日深夜に韓国入国、25日早朝出国だから、持ち時間は少ない。宿泊でお世話になったのは、昨年春まで韓国チャンギ協会付設団体の事務局長だった崔廷陣(チェ・ジョンジン)氏だ。
 昨年の1月から2月にかけて、ソウルで1期生を上田友彦さんが、1,2期生をぼくが担当して、将棋講師の養成にあたったことは、会報「かけはし」No.27に載っている。今回は、韓国チャンギ協会東京支部の宋正彬(ソン・ジョンビン)氏と川口宏氏に同行しての後追い取材だ。両氏は第1回日韓将棋チャンギ交流会の参加者でもある。
 取材日の23日。講師の人たちとの再会の場は、韓国チャンギ協会の副会長、朴光燮(パク・カンソプ)氏が経営するケーブルTV「BrainTV」の社内だった。このテレビ局はチャンギの専門チャンネルで、昨年10月に開局したもの。現在、全体のケーブルTV契約数は、1200万世帯だという。「BrainTV」との契約者が1%だとしても、将棋の放送が実現すれば、普及には大きな力になりそうだ。
 ところで、ぼくは1,2期生講師との再会に、胸をときめかせていた。1年半でどんな講師に成長しているのか。悩みもいろいろあるにちがいない。できるかぎり話を聞きたい。アドバイスできることがあれば精一杯話そう。そう思っていた。
 当日、平日の午後にもかかわらず集まってくれたのは、講師5人(内女性2人)。そして、昨年の第2回日韓将棋チャンギ交流会の時、韓国の小学生代表として来日した趙俊範(ジョ・ジョンポム 小5)、李正賢(イ・ジョンヒョン 小6)両君も同席してくれたのは、本当に嬉しかった。
 しかし、現在活動している講師は10人。その中で1,2期生は、たった2人しかいないことを知った。1,2期生で講師の資格を手にしたのは22人だったから、正直いって寂しかった。現在、講師をしている10人のうち8人は3期生だという。
 3期生の講師養成は、1,2期生の韓承晩(ハン・スンマン)氏と蔡昌昊(チェ・チョンホ)氏があたっていた。今後、講師が足らなくなれば、4期生の募集をして新しい講師を養成をしていくという。
 個人的な感情を別にして考えれば、ぼくが知らぬ間に“孫”ができていたということだ。これはとても嬉しい新しい動きだった。

2、夢と現実と

 ところで、講師たちには盤駒が十分に用意されている。子どもたち二人にワンセットの盤駒、大盤も30セットほどあり、要請があった学校に搬入するというから、用具の心配はない。ではなぜ、1,2期生の人たちのほとんどが、講師(将棋、チャンギ、チェス)の職を去ったのか。それは、なによりも経済的な理由からだ。
 講師は、学期ごとに学校の要請を受けて派遣されている。生徒1人から受け取れる講師料は学校によって異なるが、一ヶ月2500ウォン〜3000ウォン(約225円〜270円)。さらに、一学期は生徒が多いが、二学期になると子どもたちは別の講義を受講することが多いそうだ。ある講師は一学期は4校で50人を受け持っていたが、二学期は10人に激減。別の講師は20人から10人になったという。生徒の数によって決まる収入は、極めて低く不安定だ。
 韓国政府が2003年から導入した全国小学校での「特技適性教室」(週2回各1時間)の中で、講師は活動している。この教室では、サッカー、囲碁、演劇、音楽、アニメなど、さまざまな文化スポーツを教えている。「特技適性教室」の中で、将棋はひとつのジャンルにすぎない。
 ところで、講師がいなくても、将棋を覚えた子どもが、友だちにおしえて遊ぶこともあるという。また、来春から中学校でも「特技適性教室」がスタートするというから、将棋の普及は、わずかずつだが広がりつつあるのは間違いない。
 さて、講師たちの悩みは、経済的なことだけではない。もうひとつ深刻なのは将棋の棋力の問題だ。ぼくが予想したとおり、子どもの方が講師より強くなってしまって、それ以上の指導が困難になる場合があるようだ。
 聞くところによると、3学期になると講師が負けることが多くなるという。子どもが自慢して言いふらすので、講師の評判が落ちて困るらしい。ある講師は、負けそうになったときの秘策を話してくれた。「時間がないから、きょうはここまで」といって逃げるという哀しい秘策だ。
 そういえば、趙俊範君は、昨年の竜王戦第1局がソウルで開催された際に、富岡八段との4枚落ちの指導対局で勝ち、3級を認定されたという。将棋を覚えて半年でこの上達ぶりだから、講師の苦労が痛いほどわかる。
 しかし今回、ぼくが趙俊範、李正賢両君と二枚落ちで指しての感触だが、残念ながら一年前と同じくらいの棋力だった。両君がさらに強くなるためにも、講師の棋力向上のためにも、新たな対策が必要だろう。
 昨年、夏休みの日本行きをかけた将棋大会に、子どもたちは燃えたという。こうしたイベントは普及には欠かせない。また、プロ棋士が韓国に行くことは、将棋への興味や関心を広めることに役立つ。だが、このような企画だけでは、不十分なことがはっきりしている。簡単にいえば、ひとまわり将棋のすそ野を広げる活動と、棋力を高める活動の両方が、いま求められているようだ。

3、将棋とチャンギと

 そこで、ISPSでできそうな新しい活動を、いくつか提案をしてみたい。
 たとえば、講師陣の棋力向上を目ざす勉強会の実施を、呼びかけてはどうか。そのためには新しいテキストや、日本からの講師派遣が必要になるだろう。
 それから、対局した棋譜を郵送でもメールでもいいが送ってもらい、指導コメントをつけて返すというようなことができないだろうか。
 さらに、ISPS独自にネット将棋ができるホームページ(HP)を作れないものか。そんなHPができれば、日本にいながら韓国の講師や子どもたちと、マンツーマンの指導ができる。将棋の情報も、いまよりはるかに多く流せるし、世界各国の将棋のレベルアップにも役立つはずだが……。
 韓国での活動は、いま腰をすえて読みを入れる時だ。幸いにも、今年は日韓国交正常化40周年の「日韓友情年」。記念の年ということで、日本将棋連盟と韓国チャンギ協会が連携して、将棋普及のための新たな計画が進行中だそうだ。正式な発表があるまでここで書けないのが残念だが、その日を楽しみに待ちたい。
 取材を終えた翌24日。ソウル市内の公園の片隅で、男たちの人だかりを見つけた。のぞきこむと縁台チャンギだった。携帯電話を片手に、中年男たちの微笑ましい熱戦が展開されていた。
 今度、韓国に行くチャンスがあったら、この公園で将棋を指したいと、ぼくは思った。そして、ここまできた日本将棋を「四月の雪」にしてはならないと、あらためて思ったのだった。

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