上海市将棋学校リポート(増刊号,1999.8.1)
シャンチーという自国の棋類をもっている中国の上海で、おそらく中国史上初の中国人による日本将棋の学校になるであろう上海市将棋学校が本年7月9日に開校した。現地へ飛んで開校式典に参加したので、その模様について報告する。(寺尾学)
上海入り
8日の昼過ぎ、秋から上海の華東師範大学へ留学する会員の中本さんと共に成田を中国東方航空で飛び立つ。将棋連盟から参加の勝浦理事、安食女流2級らは全日空で先発しているらしい。
上海は戸籍上1300万人が住んでいる大都会。人口は東京に匹敵する。短い滞在の間、タクシーばかりで移動した感覚で上海を東京都になぞらえると、市の中心から西に位置する上海国際空港は八王子あたり、上海市将棋学校が開校した婁山(ルーサン)はだいたい渋谷のあたり。上海将棋学校校長の許先生の自宅と、開校の式典への日本側参加者が泊まったトムソンホテルがある浦東地区は黄江の東側なので、隅田川の東、お台場のある臨海副都心のあたりになるだろうか。高架の高速道路がそれらをつなげている。
空港からトムソンホテルまでは、タクシーで40分位。高速が空いていれば八王子からお台場までもその位だろう。違うのはタクシー料金で、大体日本円で千円位で行ってしまう。高速料金込みだから日本の10分の1位の感じである。
トムソンホテルの上階の中華レストランで許先生、勝浦理事らと夕食。名古屋のジャンボ将棋連盟の長尾さんの顔も見える。長尾さんは盤と駒がカラフルで、通常より大きめのジャンボ将棋を試作しており、上海には2箇月に1度の割合で来ているという。
勝浦理事から今回連盟から人を派遣する経緯についても伺う。6月の国際将棋フォーラムまではその予定はなかったのだが、来日した許先生から詳しい状況がわかり、急転直下、二上会長のメッセージとともに勝浦理事が訪問することになったとのことで、やはり国際将棋フォーラムのようなイベントで人的交流が進むのは大事なことだと改めて感じる。
開校式典
翌9日朝。10時からの開校式に先立って婁山中学で中学生の将棋大会の準決勝、決勝が8時半から行なわれる。婁山中学は、きれいなレンガ作りの3階建ての建物で、その1階の隣り合わせの2教室を使い、一方は対局場、一方は大盤解説場に即席に仕立て上げられる。対局場では、アナログのチェスクロックを使って決勝戦が行なわれ、別の中学生が記録係もつとめている。大盤解説場では勝浦理事、安食女流2級、連盟手配の通訳の柴崎さんが壇上に立って、教室一杯に座った子供達に隣の部屋の将棋を解説している。テレビ局も4局来ていて、両方の教室にかわるがわるカメラを入れている。長廊下を挟んで向いの教室では英語の授業らしく、一斉に単語を読む声が聞こえる。同時に将棋のイベントが行なわれているのが日本ではありえない風景で微笑をさそう。
10時になり、2階の式場に仕立てられた会議室にあがる。将棋を指す中学生の親御さんを中心に50名位の人が席を埋める。前でこちらを向いて座っているのは5人。上海将棋学校の校長になる許先生、場所を提供する婁山中学の呉校長、勝浦理事、見知らぬ顔は上海市の偉い方と上海象棋協会の方であろうか。将棋大会の表彰式が始まる。4箇月前から上海に赴任してきたパイオニアの朝比奈さんが用意した賞品の DVD プレーヤーを、優勝の陶季銘くんに授与。この上なく嬉しそうな顔である。また、大会の参加者全員に長尾さんがジャンボ将棋の盤駒を1セットずつプレゼント。みんな満足そうだ。いよいよ開校式典。中国側来賓の挨拶の後、勝浦理事が二上会長の祝辞を代読。柴崎さんが通訳する。「単なる盤技にとどまらない将棋の考え方を導入されんことを願っている。それは国際的視野を持って欲しいからであります」が訳されると大きな拍手。最後に前列の真ん中にあった白い布が取り去られ、「上海市将棋学校」と銘が入った金看板が披露されテレビカメラが食い付く。これは掲牌といい、中国ではとても重要な儀式とのこと。放映されるのもこのシーンがメインとなるらしい。牌の横に立った許先生は、とても晴れがましい顔であったが、気のせいか目には光るものがあったような気がする。開校式は終わった。だが、すべてはまたこれから始まるのだ。
壮大なプラン
9日夜、許先生に今後についてインタビューした。中国では新学期は9月から。そこでまず8月の1箇月間で上海市の小中高校の先生から将棋の指導者になりたい人を募り、新学期が始まるまでに20〜30人の指導者を育成するところから始める。その指導者たちにそれぞれの学校で将棋を教えるようにしてもらい、全体で2000人の生徒からスタートしたいとのこと。正規の授業として週に一回行なう予定と聞いている。
中期的には市内の700校(小中学校がそれぞれ300校ずつ、高校が100校)で各校150人ずつ合計約10万人の生徒が将棋の授業を受けるところまでもっていくのが目標のようである。そんなに生徒が集まるのか、という私の質問には、「チェスや囲碁よりも安く学べるし、将棋を習うと頭が良くなり、数学にも強くなるというアプローチをとるので大丈夫」と自信ありの答えであった。8月、9月が上海市将棋学校がスタートダッシュできるかどうかのヤマ場である。11月に当会で会員向けに上海旅行を企画し、同学校訪問も日程に組んでいるので皆さんその成果をご自分の目で確かめに出掛けられてはいかがだろうか。その際、棋書で要らなくなったものがあれば持って行かれると喜ばれるはずだ。
前途有望
式典の後、9日午後は婁山中学で、10日午後はトムソンホテル2階のホールで小・中学生を相手に多面指しを行なった。トムソンホテルの方は、事前に参加の人数がわからず、許先生は不安顔だったが、蓋をあけてみると150人以上が集まり、勝浦先生は40面以上で指すほど盛況だった。私も総平手の10面指しで3回転ほど指したが、1本入れられてしまった。勝浦先生の感想では、アマ三段あるのが数人いるとのことで、今後の上海はますます楽しみになってきた。
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