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特別企画 羽生名人独占インタビュー「新たな発火点を目指して」(45号、2008年11月22日発行)

 本年の名人戦に勝利し、第十九世永世名人となられました羽生善治名人に、将棋を世界に広める意義や方法などについて、お尋ねしました。[独占インタビュー]と題して、報告します。(松岡信行
 尚、インタビューは、本年9月19日に行なわれました。

松岡 先ずは、第19世永世名人ご就位、おめでとうございます。就位式に参列させて頂きましたが、普段に比べ、随分と緊張されていたようにお見受けしました。

羽生 今期の名人戦は反響が大きかったのと、本当に大勢だったものですから。責任の重さを感じました。

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松岡 その緊張感が、今の快進撃を生んでいるのでしょうか。

羽生 それは私には分かりません。ただ、今度の竜王戦は楽しみにしています。何しろ、対戦者が互いに永世称号が絡むというのは、初めてのことですから。

松岡 第一戦は、パリですね。

羽生 久しぶりの滞在になります。

松岡 フランスには、現在、本間六段が普及のために滞在しています。将棋連盟としては、海外普及の拠点として、パリを考えているのでしょうか。

羽生 本間六段の場合は、滞在の拠点としてパリにいたようです。フランスは大変囲碁が盛んで、囲碁のサロンの横には将棋が置かれている状況と聞いています。その意味では、広がる可能性はあるでしょうね。

松岡 外国と言えば、今年、北京に行かれました。アジアの学生たちの集まりであるAISEPの会合に、昨年の夏に引き続いて参加されましたが、将棋を指されたのでしょうか。

羽生 将棋は全く指していません。将棋を指すというより、アジアの学生たちの交流を深めようということと、将棋の持つ文化的な背景を探ると言う趣旨で行われたものですから。

松岡 学生たちの動きを、どのように感じられましたか。

羽生 昨年の8月に第一回を開催して、もう今年の6月に第2回ですから、『動きが早い』と感じました。あれだけの準備期間でできたのは素晴らしいと思います。
 何しろ、オリンピックの前だったため、北京では、集まっての活動は制限されていました。その上、7月からは全ての文化活動は出来なくなるなど、学生たちにとっては相当に高いハードルがありましたから。
 しかしながら、参加者の意欲や能力が非常に高いこともありまして、携帯などを利用しながら、互いのコミュニケーションをスピーディにとっていくのには驚かされます。次々と決定し、先に進んで行くのです。実務能力にも長けているなと感じました。
 私が北京に着いた時には、既に、北京大学に留学している日本の学生たちの間にも、相当なネットワークができていましたし、また、誰もが非常に積極的に活動している。そのバイタリティが素晴らしい。コアになる人が次々と生まれて来る感じがします。
 また、棋士の中村太一君は早稲田の学生として参加しているのです。棋士であり学生である人もたくさん居るので、そうのようなネットワークが、新たにできてくる感じがしました。

松岡 北京と言う場所も良かったですね。中国は、将棋人口が爆発的に増えていますから。

羽生 そうですね。上海には許建東さんがおられ、北京には李民生さんがおられるなど、既に大きな基盤がありますし、いい意味での中国国内での競い合いもあります。互いに切磋琢磨して行く事は素晴らしいことです。また、豊田通商さんですとか、進出している日本企業の皆さんが協力してくれていることは、これからの将棋の普及のモデルとしての可能性も高いと思います。

松岡 聞いているこちらの方もワクワクするような、大きな収穫と発展性を感じますね。進出している企業の話も出てきましたが、現地の人々との交流のための、一つの媒介として、将棋の役割があるかとも思うのですが。

羽生 確かにそれもありますね。交流のきっかとして、将棋を活用する。それに、歴史の話ですとか、スポーツの話となると、エキサイトしやすいじゃないですか。将棋の話ぐらいでしたら、大きな刺激にはなりませんしね。話のきっかけとしても、いいものかなと思います。

松岡 中国を中心として、海外への普及が、急速に進んでいく可能性を感じますね。
 ところで、羽生先生にとりまして、海外普及の意義は、どのようなところにあると思われますか。

羽生 世界には、日本の文化とか日本人というものに対して、侍とか芸者とかに代表される、焼きついているイメージと言うものがあるんです。実像を知ってもらうという意味では、将棋はいいのではないかと思います。また、ことにアジアにおいては、国々にそれぞれの将棋があるわけです。ですから、日本からアジアという一方通行の交流というわけではなく、お互いに共通する文化を持っていることを知ることによって、民族の誇りとか互いの理解ということが生まれるのではないでしょうか。

松岡 将棋を通して、互いの文化の基盤や共通性を認識するということになる、ということですね。

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羽生 アジアの多様性、文化の交じり合いの様なものを、将棋を通して知ることになるのは間違いの無いことですね。

松岡 相互理解の一つとして将棋があり、将棋を広める意義があるということですか。素晴らしいですね。ところで、将棋連盟としては、将棋を世界に伝えることについては、どの様に考えているのでしょうか。

羽生 連盟としてのお答えはできませんが、将棋連盟としても、今年は第四回の世界将棋フォーラムを開きますし、将棋を世界に広めていこうと言うことは絶えず考えていることだと思います。また、将棋連盟は組織としてそれほど大きなものではありませんので、海外まで手が回らないというのが、実情でしょう。
 現在は、海外普及をされている人達に理解を示すとか、サポートするということとか、状況をしっかりと把握していることなどは、今後の展開を図る上で、大切ではないでしょうか。

松岡 将棋連盟の海外支部の位置づけなど、現在は微妙なところに来ているように思えるのですが。

羽生 先ずは国内をもっと充実させようというところだと思います。まだ、県の連合会が、全ての県で組織されているわけではないのです。足元をしっかり固めたいということでしょう。
 ですが、日本の国内に比べて、海外の方が圧倒的に人口が多いわけですから、世界の将棋人口がある一定数に達したり、普及の範囲や段階がある一点に達したときに、世界における将棋のあり方だとか、普及の方法だとか、将棋連盟の構成だとかが、大きく変わるのではないかと思います。

松岡 化学反応が起きる直前のような状態ですね。

羽生 そうですね。「将棋世界」が世界中で売れ出した、などという状態がもし起こったならば、それだけでも、大変ですよね。(笑)

松岡 世界マインドスポーツ大会などが企画されています。海外普及率が大きく影響する国際的な大会が次第に存在感を増す状況に来ているのですが、それらを見比べては、いかがでしょうか。
 また、世界的なチェスといえども、プロとして生きている人は60人程度、それに比べて、僅か一国で、200人のプロがいて、それぞれに給料を支払う組織を持っている日本の将棋界。この組織的な密度の濃さと、世界の中の孤立性が、今後の不安材料となっている気がするのですが。

羽生 マインドスポーツ大会というより、オリンピックがあると思うのです。これが、どの方向に進んで行くかを、長期的に見極めることによって、方針が決まるのではないでしょうか。

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 国を挙げてという意味では、中国がしっかりしていますね。チェスの場合は、FIDEというのですが、丁度、サッカーのFIFAと思ってもらえればいいのです。中心はあるのですが、全て、各地域に任せてしまっている。組織的にゆるいことが、普及に役立っている面があるのです。
 その代わり、プロといっても、ゴルフのレッスンプロのように、自分で生徒を開拓しなければならない。それが、逆に、広めていく力になる。組織的な基盤がしっかりしていることは、逆に外に向って行かないということになる面があるかもしれません。

松岡 将棋の普及にもチェスのような方向性やゴルフのレッスンプロのような方向が考えられるのではありませんか。

羽生 先ずは、とてもうまく行った一例が現れることだと思います。

松岡 将棋の海外普及についてはどのようなところに力点を置いたらよいでしょうか。

羽生 将棋のようなボードゲームというのは、あまり先進国では流行らないのです。

松岡 それはどうしてでしょう。

羽生 ある意味、事実が示しています。発展したところでは仕事が生活の中心で、時間の多くをそこに費やすことになってしまうのです。
 これから発展する途上の国に、流行っていく可能性が高いと思われます。生活は大変でしょうが余暇の時間も多いので、広がる下地があるのでしょう。普及対象を定めるときに考慮する必要があると思います。

松岡 インターネットは、将棋の普及と言う面ではいかがでしょうか。羽生先生が言われる意味では、まだ、コンピュータが持てない国の人々を普及の対象にするべきだと、言われたような気がするのですが。

羽生 日本の場合は、インターネットの環境がとてもいい国です。日本での普及には非常に有効であると思います。ですが、海外の場合は、やはり、初期の段階では人が動いた方がいいのではないでしょうか。 ただ、今年、北京に行ったときに、マレ−シアから一人の学生の参加があったのです。将棋の全く無い環境ですよね。彼はインターネットで将棋を覚えて、強くなり、参加してきたのです。全くの空白地域から将棋愛好家が生まれるというのは、インターネットの力ですね。想像もしないところから、生まれる可能性も秘めているということでもあります。

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松岡 マイクロソフト社でXボックス360という、日本を除く七ヶ国語に翻訳された将棋ソフトが発売されるらしいのです。将棋の普及にはいかがでしょうか。

羽生 ビル・ゲイツという人は、囲碁を打たれるのです。将棋にも理解を示しているのでしょう。今、日本系列の航空会社には、飛行機の中でできる将棋のゲームソフトがあります。様々なゲームソフトに世界中の多くの言語が入れば、興味を持つ人が増えてくる可能性が、益々増してくるのではないでしょうか。

松岡 最後になりましたが、ISPSと将棋連盟との連携を含め、ISPSの方向性はどのようにあるべきなのでしょうか。

羽生 個人で思っていることは、将棋が世界的に広まっていく、将棋を楽しむ人が増えていくことは非常に大事なことだと思うのです。是非そうなって行って欲しいと思っているのですけれども、一番大切なことは、ISPSをはじめとして、普及に携わる人々が、普及していくことが楽しいとか、やりがいがあるとか、もっと時間を費やしたいだとか、そういう気持ちで、取り組んでいって欲しいと思うのです。このことが一番大事な事なのです。その活動によって、あまり急速に将棋人口が増えなくてもいいのです。10年20年と永く続けていって頂けることが大事なのであって、続けるには、やりがいとか楽しさは必要不可欠なことでしょう。そのところに将棋連盟が一番サポートできるところではないかと思うのです。

松岡 永世名人就位式で羽生先生の言われた、マラソンランナーのようにですね。

羽生 ISPSは本当に人が揃っているという感じがします。普通のNPO法人には考えられない程、本当にいろんなことに拓けている人が山ほどいますね。その個性を生かして、眞田先生を中心として、是非、力を結集して行って欲しいと思います。
 情報を収集し、情報を共有していく、ということは、次の世代にとって非常に重要なことだと思います。現在でも既にそうなのでしょうけれども、ISPSが、海外普及を中心とした情報中枢センターのような役割を、より多く担ってくれることを期待しています。

松岡 とても示唆に富むお話の数々、有難うございました。今後のISPSにとって、また、将棋界の発展にとって、とても有意義な時間であったと思います。今後の更なる活躍を期待しています。

 インタビューを終えて

 分刻みの過密なスケジュールを割いて、インタビューに応じてくれた羽生名人。大変、微妙な問題に質問が及んでいるにも関わらず、一つ一つの質問に、淀みなく答えて行く姿に感動を覚えました。

 最初に、AISEP(アジア国際学生将棋交流企画)という東京大学の山内一馬氏を中心とするアジアの学生たちの、若く力強い活動の様子を生き生きと伝えてくれました。単に、「日本の将棋を世界に広める」というスタンスから一歩進んで、アジア一帯にある将棋の文化圏は、互いの文化的な共通基盤を持つことを認識し、それを通して、相互理解に役立たせていくという姿勢です。羽生名人は、このスタンスに同調するとともに、いわゆる相互乗り入れの中に、アジアの若者たちの活動網の中に、将棋の海外普及の意義と将棋普及の活路を見出しているのではないかと感じました。

 一方、ISPSに対しては、組織的な充実や人的資源の豊富さに言及しつつ、今後の将棋界にとって最も大切な、『情報の収集』と『情報の共有』のための『中枢センター』として役割の中に、今後の方向性があることを示唆すると同時に、気負わない、ゆとりと喜びのある運動であって欲しいとの気遣いも示してくれました。

 日本国内の組織的な充実を第一に据え、様々な方向に隈なく目を向けていく。インターネットやゲームソフトなど有効と思えるもの全てを活用しつつ、ある一点まで押し上げていく。やがて発火点に達した瞬間、現在の組織や体制は一気に変わらなければならない。そのための準備に入る必要を語ってくれました。

 最初のアポイントを、こちらの都合でキャンセルしたにも関わらず、快くインタビューに応じてくれた羽生名人。予定していた1時間は瞬く間に過ぎ、実りの多さと、改めて名人の人柄と聡明さに触れた部屋を後にしました。

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