当会理事ジャック・ピノーのパネルトーク(10月9日、於、東京工業大学くらまえホール)
このシンポジウム、お忙しい中、皆さん来ていただきありがとうございます。
眞田さん、ISPSの15周年記念、おめでとうございます。個人的な事ですが、ちょうと12年前に眞田さんに私の両親を鎌倉に案内していただきました。その親切な厚遇は今でも忘れていません。この場で感謝の気持ちを言わせてもらいます。
さて、チェスプレーヤーである私は3つの点について語りたい
1、将棋の世界との最初の出会いについて
2、チェスと将棋の違い、そして、お互いにどんな協力が可能なのでしょうか?
3、チェスプレーヤーとしてどのように将棋の未来を見るのか?
では、まず
1、将棋の世界との最初の出会い
フランス人である私がどのように将棋の世界に入っていったのか?
25年ほど前のことですが、日本にきたばかりのときです。私がチェスをできるということを知り、妻のおとうさんが将棋を教えてくれました。当時将棋のことは名前しか知りませんでした。漢字もよくわからなかった。銀と金の区別ができずとても苦労しました。
チェスではなるべく中央を狙い、遠慮なく駒を交換し、最終的にキングは勝負するところへ向かいます。その考え方で最初の将棋を指しました。妻のおとうさんは妙な事に、価値のある自分の駒と価値があまりない私の駒と交換しました。そして、取った駒を丁寧に並べました。突然、その駒を将棋盤に戻しました。驚きました。「これは冗談でしょう?」(場内笑い)と言いました。妻のお父さんにとっては、取った駒を自分用に使えるのは、あまりにも自然な事だったので、私に教えていなかったのでした。もちろんぼろぼろに負けました。そういう苦い思い出のおかげで今はもう少し強くなったかもしれません。どうでしょうか、眞田さん?
2点目、チェスと将棋との違い、そしてお互いにどんな協力は可能なのでしょうか。
確か2000年ほど前にインドでチェスと将棋の先祖が誕生しましたが兄弟であってもそれぞれのゲームが育った文化は違います。イタリアのルネサンス、14-16世紀の間、チェスは現在の形になりました。まず恐るべき力をもつクイーンが誕生しました。将棋でいえば飛車と角が合わさったものです。
現在のチェスでは、駒が一個ずつ大変な力を持ちます。一番弱い駒、ポーンでも、何も邪魔をしなければ5手で、化け物クイーンになれます。8x8の狭い盤で、こういう駒がおとなしく協力し合うのは奇跡です。チェスの場合は取った駒が使えないというのはよかったといえるでしょう。
チェスと将棋はお互いにどんな協力が可能なのでしょうか
20年ほど前に私は日本でチェスクラブを立ち上げました。そのとき大勢のメンバーは将棋の世界から来てくれました。同時に私の友人 Eric Cheymol さんは(皆さんはご存じかと思いますが、Ericさんはアマチュア五段の力を持つ、ヨーロッパのベスト将棋プレーヤーの一人です)。彼もパリで将棋クラブを立ち上げました。大勢のメンバーはチェスの世界から来ていました。将棋とチェスは似ているので、自然な流れだといえます。
12年ほど前に、フランスで一緒に旅していた森内九段に有名なチェス雑誌 Europe Echecs の社長 Bachar Kouatly さんを紹介しました。その後 Kouatly さんは彼の友人元世界チャンピオンの Anatoly Kapov に将棋の紹介をしてくれました。
1999年、最初の国際将棋フォーラムがきっかけでフランス大使館で、友人 Joel Lautier さんは将棋のトッププロ、羽生さん、森内さん、佐藤さんにチェスの同時対局をしました。Lautierさんは当時世界トップクラスのチェスプレーヤーでした。しかし、羽生さん、森内さん、佐藤さんはとんでもないチェスのレベルを見せてくれました。2002年2回目の国際フォーラムがきっかけで、NECとBiglobe のおかげで同じイベントを成功しました。そのとき、当時の世界チャンピオン Vladimir Kramnik さんから、羽生、森内、佐藤さん3人のサムライに励ましの手紙を送ってくれました。Lautier さんはそのイベントに感激してくれて、そのお返しにチェスの世界に将棋を紹介する約束をしてくれました。その後、彼から私に Cannes のゲームフェスティバルの主催者を紹介してくれました。そこから毎年、Cannes で行っているゲームフェスティバルでは将棋を紹介することができました。今日、いらっしゃる北尾まどかさんは、数ヶ月前に、パリでその友情関係で、Almira Skriphcenko さんと将棋とチェスのイベントをされました。そして今年の Cannes ゲームフェスティバルに参加され、フランスチェス連盟の会長 Jean-Claude Moingt 氏に将棋を教えてくれました。
Almira さんは Lautier さんの元夫人。1999年のフランス大使館のイベントに彼女もいらっしゃいました。当時、ヨーロッパ女流チャンピオンでした。彼女のお願いで、羽生さんとチェスの2試合を指しました。ですが、彼女は負けてしまいました。これで羽生さんのチェスの力は、皆さんがわかるでしょう。
10年ほど前に、Kyodo のジャーナリスト、石山さんが Kasparov のインタビューをされました。その時、もし私の記憶が確かならば、3段の石山さんは Kasparov の最初の将棋に負けそうだった。30手当たりに Kasparov が大変有利だったと思います。最初の将棋の試合にして驚くべきです。もちろん結果よりもチェスと将棋によい関係ができるのが目的です。しかし、Kasparov にしても羽生さんにしても、チャンピオンはお互いのゲームの理解がやはり早いです。イメージですが、育った文化が違いますので、ロシア語と日本語はかなり違います。しかし、ロシアの詩人と日本の詩人はおそらくその国の一般の方よりも、お互いに理解が深くできるのだと思います。いずれにしても、すでにチェスと将棋のトッププロはお互いに理解が始まったといえるでしょう。
チェスプレーヤーとしてどの様に将棋の未来を見るのか?
インターネットの時代です。私よりも、うまくその点を語るのは寺尾さんだと思いますが、ひとつだけ意見を言わせてもらいます。
今日はいらっしゃらないですが、数ヶ月前にベルギー大使館で Grimbergen さんは羽生さんに「5年後にはコンピューターはA級のプロに勝ちますよ」と言われました。簡単にはならないと思いますが、それは恐れるべきことなのか疑問です。チェスにおいて、インターネットとチェスソフトはかなり良い影響をもっています。
インターネットのおかげでチェスの伝統があまりない国でも、才能ある子供が育っているし、チェスソフトがあれば練習もできます。10年ほど前では考えられないことでしたが、現在19歳のノルウェー人 Magnus Carlsen は世界一になっています。ですが、ノルウェーは伝統的にチェスの強い国とは言えません。それはインターネット、コンピューターの時代だから可能になっているのです。
今日、いらっしゃっている羽生さんはよく「決断力」のコンセプトを使われます。私なりの解釈では行うアクションの中に彼はいらっしゃるからです。外から見ると「柔軟性」とも言えると思います。チェス、または将棋の勝負は考え方の違いをうまく受ける事は大事です。柔軟な考え方を持つことこそ、未来の可能性を開くことができます。
最後のことですが
先ほど申し上げたようにヨーロッパの文化では北の光の透明さ、水平線を越える精神、無限のコンセプトなどは日本人のそれとは違います。おそらく時間のコンセプトも違います。ユダヤ教とギリシア文明からの影響でキリスト教のヨーロッパ人の志向は過去から未来へ一直線。さあ前に!遠くまで、いつか幸せになります。日本の文化の場合は時間は一直線ではなく、マルに見えます。取った駒はまた生き返る。大きな無限に対して柔軟性がある無限を見せます。それはとても現代的です。数百年間にヨーロッパ文化の影響で技術は確実に進歩し、エネルギー資源は無限であると思われていました。
現在、地球に限界があることがますますわかってきています。それぞれの人間が、アフリカ、南米、北アメリカ、ヨーロッパ、アジアなど、どこに住んでいても現在ではすべての人間が関係して暮らしています。一方は幸せな生活、もう一方は不幸な生活、そんな不公平な時代は過去にしなければなりません。私にとって日本での生活の中では大事なキーワードがあります。謙遜、大きな幸せより、皆で分けられる幸せのほうがよいとずっと昔から日本人は分かっていらっしゃると感じます。最近坂本龍馬さんについてのテレビ番組を見ています。すばらしい方でしたね。日本の村または地方のプライドに対して彼は「日本人として」と言いました。ヨーロッパの文化で誕生した無限にはやっと限界があるのに気がつきました。今こそ、日本の文化で誕生した無限(限界の世界でいつでもうまく生活ができること)を伝えるべきではないか?ハイテク、エコロジーを考える日本の社会、その社会は将棋の伝統とシンボルとして取った駒、また使える日本の素晴らしい技術を伝えられるではないか、そもそも、広いビジョンで、宇宙に浮かんでいる地球というのは海に囲まれている島国です。坂本さんのように現在の日本人は「地球人として」と考えるべきではないでしょうか。
そうですね。わたしもそろそろ50歳に向かいます。25年間わたしは日本に住んでいます。そろそろ「日本人として」といえるかもしれません。皆さん、どうでしょうか。
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